ひ
「ふぐっ」
あまりに突然の出来事であったため、部長は何も対応できず、もろにその蹴りを食らったようだ。
その反動で部長の手がいちから離れる。いちはその隙を見てすたっ、と地上に降り立った。
不謹慎かもしれないが、少し溜飲の下がる心地がした。しかし、安心してもいられない。先刻、詩織さんに送られたメールのこともある。
いちを止めなくては。
先程の着地点にはいちはもういない。私はぐるりと首を巡らす。
「ごめんなさい」
耳慣れた幼い女の子の声が耳元でした。私はぎょっとして更に後ろに振り向こうとして、視界の片隅にあるものを捉えた。
鈍く光る鉈に向かって、とてとてと歩く人形。
「待って、駄目!」
私はいちのしようとしていることを察し、駆け出した。だがそれはすぐに止められる。
どん、と何者かに後ろから薙ぎ払うように突き飛ばされたのだ。私は前のめりに転んでしまった。
どすどすと重そうな体で通り抜けていったのは、部長だった。
部長には周りなど全く見えていないようで、ただ真っ直ぐと鉈を目指していた。
身に纏う雰囲気には先程から発せられている狂気の他に、殺気も感じられる。
いちにも、部長にも鉈を手にさせてはいけない。
私は急いで立ち上がり、追いかける。足がもつれて上手く立てないのがもどかしい。
そう思いながらも立ち上がり、駆け出した私は、しかし、間に合わなかった。
そのときにはもう、いちが鉈を手にしていた。




