転生者がドラゴンを狙撃するとこうなる
僕が放り投げたスモークグレネードの白い煙が段々薄れ始めた。煙の中から聞こえる魔物たちの断末魔も徐々に小さくなってきている。
目の前の煙の中で7.62mm弾の餌食になっているのは、ミラの音響魔術と僕のスーパーナンブタイムから生き延びた魔物の群れの1割だけだ。この煙が消えてもまだ生き残っていたとしても、倒すのは簡単だろう。
僕はSaritch308PDWの空になったマガジンを取り外すと、隣でセミオート射撃で煙の中の魔物たちを次々に射抜くミラの銃声を聞きながら、次のマガジンを装着して再装填を終える。そのままドットサイトを覗き込み、まだ生き残っている魔物たちに止めを刺してやるためにトリガーを引こうとした瞬間、煙の中の魔物たちの断末魔とミラの銃声を、いきなり観客席で轟いた強烈な銃声が飲み込んだ。
「!?」
(きゃっ!?)
慌ててドットサイトから目を離し、僕はその轟音が聞こえてきた観客席を見上げた。いきなり響き渡った轟音に驚く観客たちの中から、先端部にT字型のマズルブレーキが装着された長大な漆黒のライフルが天空へと向けられているのが見える。
銃身の長さは間違いなく1m以上だろう。しかも、7.62mm弾を放つSaritch308PDWの銃声を飲み込んでしまうほどの轟音を発するということは、明らかに使用する弾丸は7.62mm弾以上だ。おそらくあの銃が使用する弾丸は、アンチマテリアルライフルで使用される12.7mm弾だろう。
長い銃身の下にはロシア製ロケットランチャーのRPG-7が装着されていて、ロケットランチャーと銃身の間には長いバイボットが折り畳まれているのが見える。ライフルの上にはマークスマンライフルの物よりも大きなスコープとキャリングハンドルが装着されていて、ライフル本体の左側には、レーザーサイトを大きくしたようなセンサーとモニターのようなパーツが装備されているようだった。銃床はサムホールストックに変更されているようだ。
観客席でいきなり天空に向けて轟音を発したそのライフルは、ロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96だった。確か、僕がこの世界で初めて兄さんと出会った時に背中に背負っていたような気がする。
「兄さん・・・・・・?」
やっぱり、そのアンチマテリアルライフルを持っていたのは兄さんだった。銃口を空に向け、まだスコープを覗き込んでいる。
何を狙撃したんだ?
僕は銃を構えながら、兄さんが銃口を向けている空を見上げ―――すぐに兄さんが狙撃したターゲットを見つけた。
兄さんが観客席からいきなり狙撃したのは、天空からこの闘技場に向かって急降下してくるドラゴンだったんだ。僕とミラは初めて出会った森の中でドラゴンを倒しているけど、今急降下してくるドラゴンはあの時倒したドラゴンとは種類が違うようだった。
青紫色の棘だらけの外殻を纏っていて、背中からは赤紫色のクリスタルのようなものが無数に突き出ている。口の中に並んでいる牙たちも、背中に生えている赤紫色のクリスタルのようだった。
間違いなく、あの時森の中で倒したドラゴンよりも強敵だろう。
でも、さっき兄さんが放った狙撃は急降下してくるドラゴンの首に命中していたらしい。首を覆っている青紫色の外殻の破片を落としながら、そのドラゴンは咆哮を上げて急降下してくる。
アンチマテリアルライフルの12.7mm弾はかなり強力だ。命中すれば、ドラゴンでも間違いなく致命傷になるだろう。
もしかしたら、Saritch308PDWの7.62mm弾で止めを刺せるかもしれない。僕はそう思いながらフォアグリップを握って銃口を天空へと向けると、ドットサイトを覗き込む。
「信也、逃げろッ!!」
「!?」
トリガーを引こうとした瞬間、スコープから目を離した兄さんが僕に向かって怒鳴ったのが聞こえた。びっくりして兄さんの方を見てから再びドラゴンを見上げた僕は、すぐに銃を背中に背負うと、僕と同じようにドラゴンを撃とうとしていたミラに「逃げるよ!」と叫んでから巨大な石の扉に向かって走り出した。
きっと、兄さんは僕とミラではあのドラゴンには勝てないと判断したんだろう。明らかにあのドラゴンは闘技場の戦いのために用意された魔物ではない。王都の防壁を突破して入り込んできたんだろうか?
銃口を天空に向けたまま、兄さんが更にもう一度トリガーを引いた。またあの轟音が闘技場に響き渡り、12.7mm弾が急降下してくるドラゴンに放たれる。
急降下してくるドラゴンの巨体が空中でぐらりと揺れ、外殻の破片が散ったのが見えた。また命中したんだろう。おそらく、次に命中したのは翼の付け根の部分だ。
(す、すごい・・・・・・! 命中させた・・・・・・!)
高速で急降下してくるドラゴンに、兄さんは連続で弾丸を命中させたんだ。転生者には攻撃力と防御力とスピードの3つのステータスが与えられているんだけど、射撃の技術やスタミナなどは自分で訓練して身に付けなければならない。つまり、今の狙撃が連続で命中したのは転生者のステータスではなく、兄さんの狙撃の技術のおかげだったんだ。
そういえば、確か射撃訓練中にカレンさんが兄さんに遠距離狙撃ならば外さないって言ってたよね。
「!」
2発も強烈な12.7mm弾を撃ち込まれ、ドラゴンが咆哮を発しながら落ちてくる。あのまま急降下を続ければ、確実にそのまま魔物の死体の転がる闘技場の地面に墜落することになるだろう。
その時、客席でアンチマテリアルライフルを構えていた兄さんはそのOSV-96を2つに折り畳んで背中に背負うと、腰の鞘からブレイザーR93のような銃床の奇妙な形状の刀を引き抜き、落下してくるドラゴンに向かってジャンプした。
転生者に与えられているスピードのステータスの中にはジャンプ力も含まれている。今の兄さんのスピードのステータスは、なんと17900。今すぐにジャンプすれば、落下してくるドラゴンと同じ高さまで簡単に上昇する事が出来る。
重いアンチマテリアルライフルを背中に背負った状態でジャンプした兄さんは、青紫色の外殻の破片を散らしながら落下してくるドラゴンと同じ高度までジャンプすると、右手に持ったライフルのような形状の変わった刀を振り上げながら、左手で刀に装着されているキャリングハンドルを握り、刀に用意されていたトリガーを引きながら漆黒の刀身を落下していくドラゴンに向かって振り下ろした。
兄さんが持っているあの奇妙な刀は、93式対物刀という刀だ。真っ直ぐな漆黒の刀身を持つ長い刀なんだけど、1発だけアンチマテリアルライフルと同じ12.7mm弾を装填する事が出来る変わった刀だった。ボルトアクション式のライフルのように、ボルトハンドルまで搭載されている。
あの刀には1発だけ12.7mm弾を装填する事が出来るらしい。その装填した12.7mm弾を薬室の内部で爆発させ、その爆風を刀身の峰に用意されたスリットから噴射させることによって、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーであの刀身を敵に叩き付け、簡単に敵を一刀両断する事が出来るんだ。
ただし、爆風を噴射する際の加速で腕に非常に強い負荷がかかるため、攻撃力のステータスが800未満の転生者が使用すると危険だと説明文には表示されている。
でも、兄さんの攻撃力のステータスは18790だ。爆風を噴射した際の負荷は全く関係ない。
闘技場の上空に、さっき兄さんのOSV-96が12.7mm弾を放った時のような轟音が響き渡った。93式対物刀の薬室の内部で、アンチマテリアルライフル用の12.7mm弾が爆発したんだ。
漆黒の刀身が墜落してくるドラゴンの頭の部分を覆っている外殻に叩き付けられる。さっきの兄さんの狙撃は命中してあのドラゴンの外殻を貫通していたから、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーで叩き付けられた剣劇が弾き返される筈がなかった。漆黒の刀身はあっさりとドラゴンの頭を覆っていた青紫色の外殻を叩き割ると、そのままドラゴンの頭に喰らい付き、肉と骨を簡単に引き裂いた。漆黒の刀身はそのまま頭を両断してドラゴンの長い首を引き裂くと、ドラゴンの背中から生えている無数の赤紫色のクリスタルの棘をへし折りながら駆け抜ける。
ドラゴンの咆哮はもう聞こえなかった。上空を見上げながら驚く観客たちの声と、93式対物刀が発した銃声の残響しか聞こえない。
闘技場に向かって急降下していたドラゴンは、無数のクリスタルと外殻の破片と共に、鮮血を吹き上げながら闘技場の地面へそのまま叩き付けられた。地面に転がっていた魔物の死体が押し潰され、砂埃と肉片が舞い上がる。
「ゴホッ・・・・・・! ミラ、大丈夫!?」
(だ、大丈夫!)
ドラゴンの外殻とクリスタルの破片が降り注ぐ向こう側にいるミラも、無傷で済んだらしい。
「2人とも、無事か?」
「ああ、兄さん」
(大丈夫です。怪我はありません)
血まみれの93式対物刀を右手に持ちながら、兄さんは強烈な火薬の臭いと共に土埃の舞い上がる闘技場の地面に舞い降りた。
ドラゴンの外殻をあっさりと引き裂いた兄さんの刀の刀身は、全く傷がついていない。刃こぼれもしていないし、亀裂も入っていなかった。
兄さんは93式対物刀の返り血を拭き取らずにそのまま鞘に戻すと、僕とミラの安否を確認してから笑った。
「2人とも、頑張ったな。すごい戦いだったぞ」
(あの、力也さんのほうがすごいですよ・・・・・・)
「う、うん・・・・・・」
だって急降下してくるドラゴンに狙撃を命中させて、しかもそのドラゴンと同じ高さまでジャンプしてから一刀両断したんだ。
「そんなことはない。お前たちはちゃんと作戦を立てて協力して敵と戦ってたじゃないか。俺のはただの力押しだ。―――お前たちの方が、ずっと立派だよ」
「兄さん・・・・・・」
兄さんの戦い方は、力押しではない。
急降下してくるドラゴンに狙撃を命中させたのは、兄さんの狙撃の技術だ。そしてジャンプしてから刀で止めを刺したのは、転生してから半年も傭兵としてこの異世界で戦い続けていた兄さんの判断なんだ。
だから、兄さんの戦い方も立派だよ。きっと僕たちよりも立派だ。僕は兄さんにそう言おうとしたけど、兄さんは僕が言う前に「じゃあ、俺は客席に戻ってるぜ」と言ってジャンプすると、再びエミリアさんたちが待っている客席の方へと戻っていった。
(転生者のジャンプ力ってすごいんだね・・・・・・)
「に、兄さんのステータスは高いからね・・・・・・」
レベルを上げれば、僕もあんなにジャンプできるんだろうか。
僕は皆の所に戻った兄さんを見つめながら、メガネをかけ直した。
「2人とも、お疲れ様!」
「おい、信也! すごい作戦だったな! みんなで依頼を受ける時もすごい作戦立ててくれよ! ハハハッ!」
『信也さんはもう傭兵見習いを卒業してもいいんじゃないでしょうか?』
「立派だったぞ、2人とも」
闘技場の外に出ると、ギルドの皆が僕とミラの事を待ってくれていた。
戦いの最中にドラゴンが乱入したせいで滅茶苦茶になってしまったけど、兄さんがドラゴンを瞬殺したおかげで闘技場や観客に被害は全くなく、闘技場を警備していた騎士たちがドラゴンの死体を片付けるだけですぐに終わってしまった。
前半の騎士たちとの戦いでは睡眠ガスですぐ戦いを終わらせ、後半の魔物との戦いでは僕の作戦で魔物たちを次々に葬った上に、ミラが廃れてしまった筈の音響魔術を披露したことで、控室から出た瞬間に観戦していた観客の人たちに質問攻めにされてしまった。でも、この戦いのおかげで僕たちの訓練になったし、モリガンも更に有名になっただろう。
その時、仲間たちと合流した僕は、外で待ってくれていた仲間たちの中に兄さんがいない事に気が付いた。
「あれ? 兄さんは?」
「ああ、旦那なら用事があるらしくてな。先に防壁の出口で待っててくれってさ」
「用事?」
何の用事なんだろうか? まさか、何か依頼でも引き受けたのかな?
でも、もし依頼を引き受けていたのならば時間がかかる筈だ。それに、たった1人だけで依頼を引き受ける筈がない。
僕が兄さんが引き受けた用事について考察していると、隣を歩いていたミラが僕の腕を肘で突いてきた。
(お疲れさま、シン)
「うん。ミラもお疲れ様!」
(ふふふっ。・・・・・・力也さん、早く戻って来ないかなぁ。早くレオパルトを操縦したいのに)
「ほ、本当に戦車が好きになったんだね・・・・・・」
彼女が戦車を好きになったのは、絶対に僕のせいだ。昨日の夜も部屋で僕が端末で生産できる戦車を眺めていると、僕が生産したレオパルト2A6の他にもどんな戦車があるのか見せてと言って僕の端末でずっと戦車を眺めてたんだ。
笑いながら皆と歩いていると、ミラが静かに僕の右手を小さな手で握って来る。僕は少しだけ顔を赤くしてしまったけど、メガネをかけ直してからすぐにミラの手を握り返し、彼女と手を繋ぎながら防壁の出口へと向かった。
今まで俺は何度も依頼を受け、何人も人を殺してきた。最初に殺したのは、クガルプール要塞に向かう途中に戦ったジョシュアの部下のフランシスカ。そしてその後にクガルプール要塞で、ラトーニウス王国の騎士たちを何人も射殺している。
傭兵ギルドを始めてからは、カレンを護衛している最中に暗殺者を何人も銃で撃ち、ナパーム・モルフォで焼き殺した。
湿地帯での戦いでは、街を占領していた人間の兵士を何人も射殺しているし、そいつらのリーダーである転生者に重傷を負わせている。
そして、俺はピエールに情報を提供してもらいながら、人々を虐げていたあのブタ野郎のような転生者を狩り始めた。そのおかげで、俺のレベルは100を超えている。
「――――ムッシュ・フィリップ。なんで諦めなかったんだ・・・・・・?」
俺は右手の指先にナパーム・モルフォを止まらせながら、今まで焼き殺してきた敵と同じ臭いを放つ背後に横たわっている焼死体に向かって言った。
銃が武器が存在しないこの世界で銃を売れば、間違いなく高値で売れるだろう。だからフィリップは、何としても俺から銃を手に入れようとしていたんだ。
俺に断わられてもあの男たちに俺を襲撃させれば、銃は簡単に手に入ると思っていたんだろうな。だが、俺は転生者だ。身体能力は高いステータスで強化されているし、半年も魔物や他の転生者と戦いを続けていたから、あんな奴らでは俺を倒すことは間違いなく不可能だ。フィリップは俺のことをなめていたんだろう。
そして襲撃するように指示を出した男たちが返り討ちにあったことを知ったこいつは、あのドラゴンをなんと闘技場に送り込んだんだ。
ラガヴァンビウスは大国であるオルトバルカ王国の王都だ。王都を囲む防壁は分厚いし、駐留している騎士団も何度も戦いを経験している精鋭だ。厳重に守られている王都の防壁が、ドラゴン1体に突破されてしまうわけがない。高硬度から降下して来たとしてもすぐに魔術で探知し、飛竜に乗った騎士たちが迎撃に向かう筈だ。だがあのドラゴンが襲撃してきた時、騎士たちは迎撃に向かっていなかったし、闘技場の外も静かだった。防壁を警備している騎士たちや魔術に探知されずに進入することは不可能なんだ。
つまり、あのドラゴンは王都の内部から闘技場に向かって送り込まれたということになる。魔物に詳しいフィオナに聞いてみたが、あの襲い掛かってきたドラゴンはニーズヘッグというドラゴンで、オルトバルカ王国の近くには生息していないらしい。
あんな危険なドラゴンを防壁の中に連れ込む事が出来るのは騎士だけであるため、フィリップが国外からあのドラゴンを用意してくるのも不可能だ。おそらく、魔術で召喚したんだろう。
闘技場で信也たちが戦いを終えた後、俺は仲間たちに用事があると言ってフィリップを探し、彼に襲撃してきた男たちとドラゴンの事を話した。するとこの商人は、冷や汗を大量に流しながらいきなり命乞いを始めたんだ。
「・・・・・・ミラと信也の戦いを邪魔しやがって」
俺はため息をついてから呟くと、焼死体が転がる路地裏から王都の大通りに向かって歩き出した。この大通りを真っ直ぐに歩いて行けば、防壁の出口の近くで仲間たちが待っている筈だ。
指先にナパーム・モルフォを止まらせたまま俺は真紅の羽根の付いたフードをかぶると、口笛を吹きながら防壁の出口へと向かった。




