孤立戦線
僕には、7歳年上の兄さんがいた。
小さい頃はよく遊び相手になってもらったし、僕が年上の男子に虐められると、兄さんはいつも必ず仕返しに行ってくれた。仕返しした相手が兄さんより年上の人を呼んできても関係なく、兄さんはその人たちに殴りかかっていった。
兄さんは小学校の頃からよく体を鍛えてたし、高校ではラグビー部に所属してたから体力があった。でも、僕は運動が苦手だったから、毎日本を読んだり、勉強して過ごしていた。
兄さんは高校の時、よく高校の友達と遊ぶ時は僕も一緒に誘ってくれた。兄さんの友達の中には銃や兵器に詳しい人がいて、よくその人から話を聞いたおかげで、兄さんと僕も銃や兵器には詳しくなった。
でも、その兄さんはもういない。
半年前に、仕事帰りに寄ったスーパーで車上荒らしに殺されてしまったんだ。兄さんを殺した車上荒らしも、そのスーパーの近くにある道路でバラバラになって発見されたらしい。
兄さんはお盆と正月には必ず実家に帰ってきていたし、毎月給料をいくらか送金してきた。それに、実家に帰ってきた時は必ず僕の遊び相手や話し相手にもなってくれた。さすがに勉強は教えてくれなかったけどね。
僕は学校へと向かうバスの座席に腰を下ろし、カバンの中から取り出した小説を読み始めた。
今、バスは山の中にある道を走っている。この先にあるトンネルを潜って橋を渡れば、次のバス停で僕は下りる予定だ。そのバス停の近くに、僕の通う高校がある。
「はぁ・・・・・・」
僕は進学するつもりだったんだけど、就職しようかって思い始めている。先生や友達には進学を奨められるんだけど、進学すれば母さんに無理をさせてしまう。
小説を読みながら、僕は右手でかけているメガネをかけ直した。
その時、突然バスの車体がぐらりと揺れたような気がした。読みかけの小説が僕の手から床に落ちてしまったけど、拾おうとする前に再びバスの車体が揺れ、外から何かが擦れるような音が聞こえてきた。
そして―――その擦れていたような音が聞こえなくなり、何かを突き破ったような大きな音が聞こえた。
「!?」
僕は慌てて窓の外を見た。窓の外には、谷の下に見える川が見えている。窓の左右には塗装が剥がれたガードレールの破片が舞っていた。
まさか、さっき聞こえてきた擦れる音と突き破ったような音は、バスがガードレールにぶつかり、そのまま突き破る音だったのか? もしそうだったら、このバスはこのまま谷底に落ちていくことになる。
バスの正面にある窓の外の景色も、傾いているようだった。
乗客たちが悲鳴を上げ、次々にバスの窓や床に叩き付けられ始める。僕も座っていた座席から転げ落ち、床に叩き付けられてしまったけど、何故か叫ぶことは出来なかった。
きっと、今から僕も兄さんと同じように死ぬんだ。
僕は窓や床に何度も叩き付けられながら、谷底を見つめていた。
「・・・・・・あれ?」
確か、僕はさっきまでバスに乗っていた筈だ。谷底へと落下するバスの中で、乗客たちの悲鳴を聞きながら僕は何度も床や窓に叩き付けられていたのをしっかりと覚えている。
でも、僕が今いるところはバスの中ではなかった。真っ暗な空間の中だ。もしかしたら病院の中なのかもしれないと思ったけれど、辺りは何も見えない。
そういえば、僕のカバンはどこだろうか? あれは高校の入学祝に兄さんが買ってくれたカバンなんだけど、僕の近くには見当たらない。
学校の制服姿のまま、僕は真っ暗な空間で突っ立っていた。
「ん?」
ズボンの右側のポケットに何かが入っている。携帯電話と財布はあのカバンの中に入れておいた筈なんだけど、なんでズボンのポケットに入ってるんだろうか? 僕は右手をズボンのポケットに突っ込むと、ポケットの中に入っていたものを取り出した。
「何これ?」
入っていたのは僕の携帯電話ではなく、携帯電話くらいの大きさの端末だった。明らかに僕の私物ではない。
画面の右側に電源らしきボタンがあったので、僕はそのボタンを押すことにした。
≪速河信也様、異世界へようこそ!≫
「えっ?」
電源のボタンを押すと、突然端末の画面に蒼白い文字が表示された。
え? 異世界へようこそってどういうこと?
≪この端末では様々な武器や能力を生み出し、それらを装備する事が出来るのですが、昨日実施されたアップデートにより、武器や能力だけでなく、必殺技や兵器なども生産することが可能になっております。なお、この端末のバッテリーが切れることはありませんのでご安心ください≫
バッテリーが切れない端末なのか? 凄い端末だな。どんな技術が使われてるんだろうか?
それよりも、武器や能力を自由に生み出す事が出来る端末だって? どういうことだ? こんな携帯電話くらいの大きさの端末で、銃とか戦車が生産できるってことなのかな?
画面に表示されていた文字が消え、蒼白い背景の前に『生産』、『装備』、『ステータス』、『情報』の4つのメニューが表示された。
ステータスっていうのは、僕のステータスなのかな? 気になった僕は、まず最初にそのメニューをタッチしてみる。すると、蒼い背景の前に僕の名前とレベルとステータスの数値がずらりと表示された。
ステータスは攻撃力と防御力とスピードの3つ。僕のステータスは、攻撃力が90で、防御力が60になっている。スピードは80だ。確かに僕は運動が苦手だけど、防御力のステータスだけ低いね。
≪レベルが上がるとポイントを手に入れる事が出来ます。ポイントは武器などの生産に使用する事が出来ます≫
つまり、このポイントがあれば武器とか兵器を生産する事が出来るんだね。僕はその説明文が消えるのを待つと、下にあるボタンを押してさっきのメニューに戻り、今度は『生産』のメニューをタッチした。
「えっと、武器と能力とスキルと兵器が生産できるんだね。―――アップグレードもできるんだ」
僕がタッチしたのは、まず武器だ。武器をタッチすると、今度は画面に剣や斧などの様々な種類の武器がずらりと表示された。僕は下の方にあった銃の項目をすぐにタッチした。僕は体力がないから、剣を振り回すのは多分無理だろう。
銃の項目の下にパイルバンカーの項目があったけど、兄さんだったら作りそうな気がする。
≪現在、ポイントは2000ポイントあります。そのポイントで初期装備を決めてください≫
初期装備を自分で選ばないといけないんだね。最初からは決まってないみたいだ。
説明文が消えると、蒼い背景の前にハンドガンやアサルトライフルなどの武器の種類が表示される。僕はまず最初にハンドガンの項目をタッチすることにした。
「できるなら反動が小さい武器がいいなぁ・・・・・・・・・」
僕はずらりと並んだ武器の名前を見ながら、反動の小さい武器を探し始めた。上の方にはベレッタM92FやコルトM1911の名前がある。下の方にあるのは、ロシア製のMP443や中国製の92式手槍だ。
「ん? これって・・・・・・」
更に下の方にあったのは、旧日本軍で使用されていた南部大型自動拳銃だった。普通のハンドガンでは9mm弾を使用するんだけど、この南部大型自動拳銃が使用する弾丸は8mm弾。攻撃力が低い代わりに、反動が小さい。
多分、このハンドガンだったら扱えるかもしれない。それに使うポイントもたったの180ポイントだ。
僕は南部大型自動拳銃を生産することにした。南部大型自動拳銃をタッチすると、攻撃力や弾数などのパラメーターが表示される。僕が生産した南部大型自動拳銃は攻撃力のパラメーターがDだった。でも、反動はAになってたから問題ないと思う。
僕は生産のメニューをタッチした。
≪武器は生産するだけでなく、自由にカスタマイズすることもできます。また、アップグレードをすると武器の性能が上がります≫
カスタマイズまでできるんだね。でも、僕が生産した南部大型自動拳銃はこのままでいいかな。でも1丁だけじゃ攻撃力が低いかもしれないから、もう1丁生産しておこうかな。
2丁の南部大型自動拳銃を生産した僕は、下にあるボタンを押して武器の種類が表示されている画面に戻ると、今度はナイフの項目をタッチした。
「とりあえず、ブーツナイフかな」
小型のブーツナイフを2本生産しておく。残ったポイントは1860ポイントだ。
武器だけでも問題ないかもしれないけど、能力や兵器のほうも確認しておくべきかもしれない。僕は下のボタンを押して戻ると、今度は兵器の生産をタッチしてみる。
すると、今度は戦闘機や戦車などの兵器の種類がずらりと表示され始めた。下の方には戦艦の項目があるんだけど、生産したとしても乗組員はどうすればいいんだろう? でも、もし戦艦を生産するなら大和か金剛がいいな。
僕はまず戦車をタッチすることにした。兵器の中では戦車が一番好きなんだよね。
「あ、M4シャーマンがある。それにT-34も・・・・・・!」
第二次世界大戦の時に使用されていた戦車の名前がずらりと並んでいて、僕は少し興奮してしまった。下の方にはM60パットンやM1エイブラムスがある。
もしかすると、僕が一番好きな戦車もあるかもしれない。もし項目の中にその戦車の名前があったら、僕は真っ先にそれを生産するつもりだ。僕1人では多分操縦することくらいしかできないと思うけどね。
「あ、あった・・・・・・!」
ずらりと並んだ戦車の名前の中に、僕が一番好きなドイツ製主力戦車のレオパルト2の名前があった。僕はすぐにレオパルト2の名前をタッチすると、55口径120mm滑腔砲を装備したレオパルト2A6をタッチして生産することにする。
使うポイントは1600ポイント。生産したらたったの40ポイントしか残らなくなってしまうけど、この戦車は生産するべきだ。
「僕1人じゃ操縦しかできないけど・・・・・・!」
僕はニヤリと笑ってから、生産のメニューをタッチした。
一気にポイントが40ポイントまで減ってしまう。おそらく、これで新しいポイントを手に入れない限り、何も生産できないだろう。僕はボタンを押して一番最初の画面まで戻ると、今度は装備のメニューをタッチした。
さっき生産したばかりの2丁の南部大型自動拳銃と2本のブーツナイフを装備し、僕は再び一番最初の画面に戻る。
≪では、これより異世界に向かいます≫
「異世界って? どういうことなんだ? 僕1人だけなの?」
思わず、僕は画面に表示された文字に向かって聞いてしまう。でも当然ながら返事は返ってこなかった。
≪速河信也様、頑張ってください!≫
「頑張ってくださいじゃないよッ!!」
どういうことなんだ? 本当に僕を異世界に連れていくつもりなのか?
突然目の前に真っ白な光が広がり始める。その光は段々僕へと近付いて来ると、僕が浮かべた疑問もろとも僕を飲み込んでしまった。
兄さん、僕は本当に異世界に連れて行かれるんだろうか?
たった1人だけで?
白い光に飲み込まれながら、僕は半年前に死んでしまった兄さんの事を思い出した。




