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返り血と銀髪


 暗闇の中を突っ込んでくるあの銀髪の騎士との距離はもう600mだ。俺とエミリアに狙われているのを知っているかは分からないが、その接近してくる騎士は左右に動いて攻撃を回避しようとはせず、ただ俺たちの方へと真っ直ぐに突っ走ってきている。


 今撃てば、確実に12.7mm弾で彼女を粉砕することが出来る。彼女がこのアンチマテリアルライフルの威力を知らないから回避しようとしないのかもしれない。ならば、こちらの武器の破壊力を把握されるよりも先に攻撃し、早く決着をつけてしまった方が良い。俺はそう思いながらスコープの中に彼女の姿を捉えたけど、そこまでしかできなかった。


 彼女が狙撃できないほどの近距離に踏み込んできたわけじゃない。今の俺が撃とうとしているのは魔物ではなく、人だという現実が、まるで俺の右手の人差指に絡まって、トリガーを引けないようにしているかのようだった。


 この世界にやってきてから、俺が倒して来たのは魔物ばかりだ。ペレット・ブレードの散弾をジョシュアに放ったことはあったけど、あれはジョシュアを殺そうとしたわけではなくて威嚇のつもりだった。


 でも、今から俺は人を殺そうとしている。


 どうしても撃たなくちゃいけないのか? レーダーに映る反応が500mまで接近しているというのに、俺はバレットM82A3を撃たずに考えていた。


 もしかしたら彼女は敵ではないのかもしれないという可能性も思い浮かんだけど、あんなに帰り血まみれになって剣を手に構え、俺たちのいる方向を睨み付けながら突っ込んでくる人物が敵じゃない筈がなかった。


「力也、撃たないのか!?」


「…………!」


 そういえば、エミリアのバレットM82A2は暗視スコープに交換していない。暗くなってきても彼女はこのままで大丈夫だと言って暗視スコープには交換しようとしなかったため、間違いなく彼女が覗き込むスコープの向こう側は暗闇だ。


 俺が撃たなければ、彼女も敵の位置が分からない。


 俺は人差し指に力を込め直すと、スコープの中に映る銀髪の騎士を睨み付けながら引き金を引いた。猛烈な轟音が静かだった森の中に鉄槌を振り下ろし、暗闇の中でマズルフラッシュが輝く。


 一瞬だけ輝いたマズルフラッシュと俺が射撃した方向を頼りに、エミリアも構えたバレットM82A2から12.7mm弾を発射。2発の大型の弾丸が、既に360mにまで接近していた銀髪の騎士へと向かっていく。


 この狙撃で倒せればいい。でも、もし命中しなかった場合は最悪だ。あんなスピードで接近してきた騎士に接近戦を挑まなければならなくなるからな。距離ももうかなり詰められていて、もう一度アンチマテリアルライフルを使うわけにもいかない。


 2発の弾丸と銀髪の騎士がどうなるのか見届けるため、俺はスコープから目を離さなかった。彼女の身体が粉々になるか、命中せずにそのまま接近を許すか。スコープの向こうで繰り広げられる光景はその2つのうちどちらかだった。


 2発の弾丸が彼女に襲い掛かる。命中すると俺が思った瞬間、突然弾丸の前から銀髪の騎士の姿が消えてしまった。弾丸が命中する瞬間に彼女が横へと回避したんだ。そのまま脇にあった木を駆け上り、別の木へとジャンプして、今度は俺たちの頭上から襲い掛かってくる!


「くそッ! 攻撃が外れた!!」


「!!」


 アンチマテリアルライフルをその場に置き、俺はペレット・ブレードとペレット・ダガーを鞘から引き抜いた。隣でエミリアも同じく剣を鞘から引き抜き、襲い掛かってくるあの銀髪の騎士を迎撃するために構える。


 まだ俺には剣士が能力として装備されているけど、あの騎士のスピードは能力を装備している状態の俺よりも速いかもしれない。もし照準を合わせた時点で躊躇わず、セミオートマチック式のアンチマテリアルライフルで次々と狙撃していれば、接近を許さずに勝利できたかもしれないのに。


 俺の躊躇が、不利な戦いへと突入するきっかけになってしまった。


 もう、ここは俺の知っている世界ではない。魔物が人々を襲い、騎士団がその魔物たちと戦う異世界。あんなに平和な世界じゃないんだ。だから、当然殺意も向けられる。


 木の上から騎士が飛び降りてくる。狙いはエミリアではなく俺のようだ。


「!!」


「力也ッ!」


 エミリアがホルスターからHK45を引き抜き、上から襲い掛かってくる騎士に向けて連続で発砲する。でも、その騎士は手にした剣で次々に45口径の強烈な弾丸を弾き、俺へと向けて落下してきた。


 落下しながら振り下ろしてきた剣を何とか左手のペレット・ダガーで受け止める。剣がダガーに叩きつけられた瞬間に凄まじい音がしたけど、ペレット・ダガーは折れていない。亀裂も入っていないことに安心した俺は、俺のダガーに受け止められた剣を押し込んでくる銀髪の騎士を睨み付けた。


 顔中が紅い。原因は、顔中についている血だろう。彼女の血ではなく、明らかにそれらは返り血だった。


 返り血が付いたままの顔で笑う女の騎士。ぞっとした俺は、彼女へと向かって右手のペレット・ブレードの切っ先を突き出す。


 さっきみたいに躊躇はしない。俺は彼女の喉めがけて剣を突き出していた。すぐに彼女の喉を剣が貫く感触がするんだろうと覚悟していたけど、その刃の全身は途中で止められた。


「!?」


「あはははぁっ!!」


 剣を俺に押し込んでいた状態から、わざと剣を右斜め下に滑らせ、そのまま俺の剣を弾いたんだ。向こうは剣1本でこっちは二刀流だから今の攻撃ならば対処できないだろうと思っていたんだけど、彼女はたった1本の剣で俺の攻撃を防いで見せた。


 猛烈な剣戟で弾かれ、ペレット・ブレードが俺の右手から弾き飛ばされる。俺は右手にまで伝わってきた衝撃と痛みに耐えながら、ペレット・ダガーについている散弾の発射スイッチを押し込んだ。


 逆手に持っていたダガーから小型の散弾が発射される。彼女はさすがに剣に仕込んであったこの散弾には対応できず、何発かの散弾に被弾した。恐らく顔のあたりを掠った程度だろう。でも、彼女から距離を取るには十分だ。


 俺は仰け反った彼女を突き飛ばすと、右手を伸ばしてペレット・ブレードを拾い上げ、エミリアの隣へと走った。


「何だこいつ!?」


「よりにもよってフランシスカが追撃して来るとは………ッ!」


 どうやらエミリアは彼女のことを知っているらしい。散弾で軽く引き裂かれた自分の頬を撫でながらこちらに視線を向けてきたフランシスカは、相変わらず不気味な笑みを浮かべたままだった。

 

「エミリアがさらわれたってジョシュア様が言ってたんだけど………何だか2人とも、仲が良いみたいねぇ」


「フランシスカ………! 貴様、遠征に行っていたのではなかったのか!?」


「あなたを連れ戻すために呼び戻されたのよ。エミリアを連れ戻せば、そっちの男は殺してもいいってジョシュア様が言ってたし」


 散弾で刻まれた頬の傷を左手でいじりながら彼女は言う。


 エミリアを連れ戻すために遠征から呼び戻されただって? ジョシュアはエミリアを取り戻すためにそんなことまでしていたのか。


 目の前に立っている彼女は、間違いなくジョシュアよりも手強いだろう。剣士の能力を装備した状態の俺でも、もしかしたら敵わないかもしれない。


「だから、そっちの男は殺すわ」


「…………やってみろよ」


 ペレット・ブレードを鞘に戻し、俺はホルスターからトーラス・レイジングブルを引き抜いた。照準をフランシスカへと向けた俺は、彼女の返り血で真っ赤に染まった顔を睨み付ける。


「――――この返り血はね、遠征の時に私に襲い掛かってきた山賊の血なの」


 銃を向けられているというのに、フランシスカは顔についた返り血に触れながら楽しそうに言った。


「楽しかったわ。襲い掛かってきた山賊を切り刻んで、返り血を浴びるの。私は血の臭いが大好きなのよ………。もちろん、殺すことも大好きよ」


 よく見ると、彼女の剣にはその遠征でついたと思われる返り血がまだ残っている。どうやら返り血は拭き取らなかったらしい。


 強い上に血の臭いが大好きという危険な少女だ。レベルが6に上がってステータスが強化されている上に、剣士の能力で更にステータスが上がっている筈の俺が殺されかけるほどの実力を持っている。いくらエミリアも戦ってくれるとはいえ、勝ち目がはっきりと見えない。


 でも、彼女をここで倒すか、逃げ切らなければ国境へは向かえない。そして間違いなく、彼女から逃げきるのは不可能だ。


 つまりここで戦い、倒すしかなかった。







 フランシスカはナバウレアの駐屯地に所属する、ハーフエルフの騎士だ。私は8歳の頃から騎士団に入団して訓練を受けているが、私と同い年の彼女が入団してきたのは12歳の時のことだ。


 彼女はジョシュアに買われた奴隷だった。彼女は入団してから3ヶ月後には遠征にばかり行っていたため、一緒に訓練したことなど一度もない。


 だが、ナバウレアの誰もがフランシスカの実力と、その残虐な性格を知っていた。村人を人質に取った盗賊を人質ごと惨殺し、彼女の残虐な行動を咎めた上官もその場で切り殺した。その後に行われた盗賊団の殲滅作戦では、敵をたった1人で全滅させたにもかかわらず、物足りないと言い出して味方の騎士を惨殺し始めたのだ。


 だが、ジョシュアは彼女を騎士団から追放することはなかった。フランシスカは彼の言うことに必ず従っていたため、ジョシュアにとって彼女は切り札だったのだ。


 彼女に殺された者の死体は人間の姿をしている事などないと言われるほど敵を切り刻むような彼女が、力也を殺せと言われて彼の目の前に立ちはだかったのだ。


 力也が隣で銃を構える。確かに彼女に接近戦を挑むべきではない。私も腰のホルスターから、力也に作ってもらったHK45を引き抜いて構える。


 先ほどは剣で弾丸を弾いていたが、命中すれば間違いなく致命傷になるだろう。銃の使い方も、途中で戦った魔物を相手に何度も練習している。


 私の隣で力也がリボルバーのトリガーを引いた。大きな銃声が轟く中、私もHK45のトリガーを連続で引く。反動に耐えながらもすぐに狙いをつけ、何度もトリガーを引いたが、フランシスカは笑いながら横へと飛ぶと、私たちに接近してきた時のように木を駆け上がり、枝の上を走り回り始めた。


 私は枝の上を走るフランシスカに銃を向けるが、発砲はしない。弾丸を無駄に使うわけにはいかないからな。それにフランシスカの動きが素早過ぎるため、狙いもつかない。今撃てば間違いなく無駄弾になるだろう。


 力也に渡してもらったマガジンの数はあと2つ。今装填されているマガジンの中にある弾丸は残り少ない。もしこれを使い切ってしまったら剣で接近戦を挑まなければならなくなってしまう。


 私を連れ戻しに来たということは、フランシスカが最優先で攻撃するのは間違いなく力也の方だ。私を狙ってくるとは考えにくい。


 彼は大丈夫かと、私はHK45のドットサイトから目を離して彼の方をちらりと確認する。力也は私の傍らでリボルバーを構え、枝の上を駆け回るフランシスカを狙っているようだった。


 だが私と同じく狙いがつけられないらしい。何度かスコープから目を離し、先ほど地面に置いたアンチマテリアルライフルの方を見ている。


 まさかあれで狙撃しようとしているのか? 私がそう思って彼を見守っていると、力也は今度は私の方を見てにやりと笑った。


 何か作戦があるのか? 彼が先ほど見ていたのは、ナバウレアから脱出する時に使用したバレットM82A3のようだった。確かあの時は力也が空へ向けてミサイルを放ち、そのミサイルとワイヤーで繋がったランチャーに掴まって脱出したのだが…………まさか、またそれを利用して逃げるつもりか?


 確かにフランシスカから逃げるのも作戦の1つだが、彼女は間違いなく私たちがワイヤーに引っ張られるよりも前に襲い掛かってくるぞ。


「力也、さすがに逃げるのは無理だ」


「違う、エミリア。逃げるんじゃない」


「何?」


 では、彼が思いついた作戦は彼女を倒すためのものだとでも言うのか? 力也は再び地面に置かれた対戦車ミサイルランチャー付きのアンチマテリアルライフルに視線を向けながら、楽しそうに言った。


「―――ここでフランシスカを倒すぞ」


 いったいどうやって倒す? 彼女はジョシュアよりも手強いんだぞ? ジョシュアを圧倒した力也でさえ殺されかけるほどの実力を持っているというのに、どうやって倒すつもりだ?


 私は彼に頷くと、疑問を浮かべながらも再びHK45のドットサイトを覗き込むのだった。




 


 

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