第40話 権能
「よう、弱虫。」
パルトが真っ暗な空間で1人佇んでいると、どこからともなく声が聞こえてきた。その声を聞いたパルトは、またかと思ってうんざりする。
「はぁ……また君か。何の用なの?毎回僕の夢に現れてさ。」
「ひひひ。そう言うなよ。俺とお前はもうマブダチじゃねぇか。」
パルトはその言葉に心底嫌気がさした。
正直、この声の主の正体は分からない。どこからか聞こえてくるかも分からない。それだけでも煩わしいというのに、こいつは毎晩のように夢に現れて話しかけてくる。もちろん、話しかけてくるだけならまだいいが、こいつはいつも小馬鹿にしたように笑い、そして、心の傷を抉ってくるのだ。
「僕はお前を友達と思ったことなんて、一度もない。」
「そんなつれないこと言うなよなぁ。ひひひ。」
この笑い方も本当に気に食わない。こちらを見下しているのが、すぐにわかる笑い方だ。本人はそうではないと言っているが、こちらからすれば、そんなのは嘘だとすぐにわかる。
だが、それを止めることは叶わないことはわかっている。こちらが何を言おうが、こいつが話を止めることはない。逃げたり、耳を塞いだりと、これまでずっといろいろと試してきたが、全て失敗に終わってきたからだ。
思い返してみれば、この声の主はダビドと出会った頃から夢に出てくるようになった。厳密に言えば、ダビドの家に連れて来られた後くらいか。その時は弱いだとか、自分の弱さを理解していないだとか、いろいろと酷いことを言われたことをよく覚えている。
そして、最後にこいつはこうも言った。
ーーー「力が欲しいと強く願え。」
と。
そこまで思い出して、パルトは大きくため息をついた。願ったところで、力や強さなんて簡単には手に入らないことなど、百も承知だ。そんなこと、子供の自分にでもわかる。だからこそ、強くなるためにあの人に弟子入りした。そして、怖かったけど、人間の国までついてきたのだ。それだけでも、強くなった気になってしまうが、そんな幻想に踊らされるほど、パルトは幼稚ではなかった。
(1人で人間世界へ足を踏み入れるなんて愚行、父さんたちが見てたら怒ってるだろうけど……)
そう思えば小さく笑みが溢れたが、その後に込み上げてきたのは虚無感だった。すでに、そう言ってくれるはずの家族はもういない。父も母も、弟や妹たちも、もうこの世界にはいないのだ。しかし、それを再び認識してしまうと、今度は虚無の中から生まれた絶望感が心を満たしていく。そして、その絶望は憤りに変わり、最後に自戒心へと変わっていくのだ。
パルトは今でも自分自身が一番憎い。確かに、家族を殺したのは、あの凶人であることは間違いない。悪いのは全部、あの白いフードの男で間違いない。だが、その最たる原因が、自分にあるのだとどうしても考えてしまう。弱い自分が許せない。何もできなかった自分が情けない。気を失ったまま、師匠に助けられた自分が恥ずかしくてたまらない。そうやって悩み、目を閉じれば、今度は息絶えた父や母、弟妹たちの姿が鮮明に浮かんでくる。そして、大きな絶望感が心を破裂させんばかりに膨れ上がっていく。それにもがき苦しんで、最後にはその絶望感が堰を破って溢れ始め、涙へと変わって流れ出す。それが、この悪夢のいつもの流れだった。
そのはずだったのだが……
今日はなんだか少し違う気がした。絶望感が再び怒りに変わり、同時に渇望が生まれてくる感覚。そんな不思議な感覚とともに、ある考えがふと頭をよぎる。
ーーー力が欲しい。強さが欲しい。あの人と……師匠と同じくらいの強さが……。
そう考えた瞬間、心が大きく震え始めた気がした。これまでも強くなりたいと願ったことはたくさんある。しかし、心のどこかで無理だと思っている自分がいたのだろう。だから、毎晩毎晩、怒り、絶望し、自戒して泣いていたのかもしれない。
だが、今は何かが違っていた。本気で強く在りたいと思っている自分がいる。それを明確に認識できている。涙ですら拭えない罪悪感が、いまだに心を斬りつけているにも関わらず。
そのことに驚いている矢先のことだ。
「そうだ。欲しろ!」
声の主が、突然、そう言い放つ。まるで、こちらの心の内を見透かし、呼応するかのように。
「もっと欲しろ!常に欲しろ!どんな力でもいい!誰の力でもいい!欲しいと思えば、全部欲しろ!」
その声にはいつもの茶化した雰囲気は感じない。こちらを鼓舞するかのような物言いに、パルトは驚くも黙って耳を傾けてしまう。
「そうやって強く願うんだ。願いというものは、必ず力に変わる。その思いが強ければ強いほどに、な。」
「……それは……絶対に?」
「あぁ、絶対だ。なんなら、俺が保証してやろう。願えば願うほどお前は強くなる。だから、願え!欲しろ!自分が持たないものを全部だ!!」
「持たないものを全部……」
「そうだ。持ってる奴を妬め!そして、そいつの全部欲しがれ!これからは、それがお前の力に変わるんだ。」
声の主が最後に「きひひ。」と笑うと、同時に目の前にダビドの姿が現れた。杖を持ち、ゆったりと立つその姿は、本物かと思わせるほど精巧だ。
「師匠……?」
「そうだ。こいつは知ってのとおり、お前の師匠になる男だ。そして、このジジィは強い。なぜなら、ある権能を有しているからな。」
「権能……?」
その言葉を聞いて首を傾げると、声の主は小馬鹿にしたように笑い、今度はダビドの周りを飛び回る生き物が現れた。
「なんだ。もう忘れちまったのか?お前も見ただろ?あの変な生き物をよぉ。そして、奴の話を聞いていたはずだ。」
「変な生き物……あ!あのアヴァリディアってコウモリのこと?」
再び、声の主が「きひひ。」と笑えば、飛び回っていたコウモリがダビドの体に吸い込まれた。
「あいつはあのジジィの力の権能さ。そして、その力そのものを具現化した存在なのさ。お前もこの話は聞いただろ?」
確かにそう言われれば、アヴァリディアはダビドの力の権能だと言っていた気がする。あの時はよくわからなくて、聞き流していたけれど。
「まぁ、権能の話は具体的には話せないが……お前にもその力があるのさ。ここまでは伝えていいと言われているからな。それだけは言っておくぜ。」
「僕に……力が……ある?」
彼の話を聞いて、パルトはなんとも胡散臭い話だと思った。パルト自身、そんな力なんて今まで一度たりとも感じたことはないのだ。それなのに、得体の知れない者から「お前には力がある。」と言われても、おいそれと信用できるわけがない。それに、そんな力がもし自分にあるのなら……。
(それなら、なんであの時に発揮できなかったんだ……)
父や妹たちが殺される瞬間がフラッシュバックする。同時に、罪悪感と絶望感が再び押し寄せてくる。力があったのなら、使える時になぜ使えない。結局のところ、そんなものは使えなければ意味がないではないか、と。
だが、その反面、声の主の話を冷静に聞いている自分がいるのも確かだった。今は過去を悲しんでいる暇ではない。彼はダビドとアヴァリディアの話をなぜか知っていて、それの話は信用に値する。それならば、自分に力があるという話も……。そんな風に考えるもう1人の自分がいたのである。
「おっと……そろそろ終わりの時間だな。」
声の主が何かに気づいて、そう告げる。その瞬間、パルトは別れの時を悟る。
「ちょっと待ってよ。今の話を詳しく……」
「今は無理だ。」
声の主はパルトの言葉を遮った。そして、再び小馬鹿にしたように笑う。
「だが、いずれ会うことになる。お前にはその資格があるからな。いつ会えるかはお前次第だが、その時はまた仲良くしようぜ。きひひ。」
「ちょ……ちょっと!」
パルトは声がする方に手を伸ばした。彼を引き止めようとして。だが、どこにいるかもわからない声の主を、その手に掴むことはできるはずもなく、パルトの手は空を切る。
「……またな。」
そんなパルトを嘲笑うかのように、声の主はそう告げた。




