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第七話 ぼっちの黒オオカミ、白い子ガラスと戸惑い悩む

大晦日ネタです。

『え、鴉人? あいつらもうこの街にいませんよ?』

「はあ!?」

「えー!?」


 ようやくたどり着いた北の街で、思わぬ事実を告げられた。

 くちばしをカチカチ鳴らしながら、腕章をつけた大きなペンギンが「残念でしたね」と教えてくれる。


 街のはずれの小さな番所。

 氷を積み上げて作られた四角い家が特徴的だ。

 多くの家々も氷と土で作られ、荒れ狂う海から届く北風にも耐えている。


 ルミの胸まである大きなペンギン―――――――正しくは企鵝人きがびとが、首元の黄色い輪をぼりぼりと搔きながら、二人を気の毒そうな目で見ていた。






 彼はキング巡査と名乗った。

 この街では、番所に勤める者を「巡査」と呼ぶらしい。


「国の都合で住民大移動が行われましてね。この街は我々企鵝人が住むことになったのですよ。南の果て村は居心地がよかったんですがねえ。この辺りは白ヒグマーが出るから戦々恐々ですよ。これだから純人は。分かっていない。我々がいくら珍しいとはいえ、保護を名目に集めるなんて愚の極みですね。補助金が出るから我慢していますが」


 ブツブツ愚痴るキング巡査。

 石で作られた机には、落書きされた粘土板があちこち転がっている。


 風で前髪をあおられながら、ルミは焦っていた。

 その隣で、冷たい強風にもこもこの大きな帽子を吹き飛されそうになるヴァル。


 嫁に買ってもらった宝物を飛ばされないように必死に守る夫をよそに、ルミは警備ペンギンにヴァルの仲間の行方を聞く。


「彼らはどこへ行ったんだ」

『うーん』

 

 キングと名乗った彼は、まん丸い瞳を細めて腕を組――――もうとしたが、短くて足りなかった。

 なんとか組もうとしても、胸元をぺちぺちと叩くだけの、短く平たい腕。 

 だいぶ大人になったルミは、何も言わないでおいた。




『確か鴉人はねえ。この土地を収める王が「可愛くない」と言うからと、東に移動させられましたかねえ。まあ、あいつら性格もいささか賢しいといいますかね? まあ、純人からは人気がないので。特に渡りをする連中は、腰が定まらなくて信頼をされない』 

『鴉人は賢いんだよ! 人気がないはずないよ! お母さんも「私は殿方から人気だった」って言っていたもん!』


 ぴ! と足元で叫ぶ声。


 二人が見下ろすと、氷の道の上で、丸い白い羽毛に覆われた白い子ガラスが羽を広げて怒っていた。

 どうやら帽子が飛ばないよう、獣の姿でいることにしたようだ。

 

「お前なあ。街では基本的に人の姿でいろと、」

『ふおおおおおおおお!』

「は?」


 目の前のキング巡査が丸い目を怖いほど丸くさせて興奮している。

 視線の先は子ガラスのヴァル。


 幼鳥は首をひねって「ぴ?」と鳴いた。


『可愛い! なんて可愛いシマエナガなんだ!』

「いや、こいつはカラスですか『白くて可愛いぞ! みんなー! シマエナガ一族が来たぞー!』」


 キング巡査の掛け声に、ペタペタペタと大量の足音が聞こえてくる。

 番所の扉からたくさんのペンギンが顔を出した。


『おお! 可愛いぞ! シマエナガ一族が来たぞー!』

『なんだって?』

『めちゃくちゃ可愛い!』

『しかも全然、あざとくない! 性根が黒く見えない! 本物の可愛さだ!』

『究極のシマエナガだ! ありえない! 彼女に欲しい!』

 

 番所の扉から大量のペンギンが顔を出す。

 どうやらこの街では人の姿をあえてとる必要はないようだ。

 が、それよりも。


「僕は立派なカラスだよ! ほら見て、素敵な羽でしょう!? 立派なくちばしでしょう!?」

 

 羽根を広げて必死に言い募るヴァル。

 しかし彼女の言葉を一切無視したペンギンたちが、はあはあと興奮して囲んでくる。

 ヴァルは次第に「僕、僕、」と涙目になってきた。




 さすがにやばい。

 ルミはペンギン包囲網から、震える白い幼鳥を取り上げる。 


「押し付けるな! ヴァルは俺の大事な白いカラスだ。こいつがカラスといったら、カラスなんだよ!」 

 

 しーん。 


 黒髪の精悍な青年に怒鳴られ黙るペンギンたち。

 やがてキング巡査が「すみません」と謝り、とりあえず二人は彼の職場に案内されることになった。

 鴉人の行方を調べるためだ。


 なぜか、

 「ヴァルちゃん萌え」「白ふわふわ尊い」「愛しいに年の差は関係ない」

 とつぶやく、怪しげなオスペンギンの群れがついてきたのだが。


 


『僕、僕……カラスだもの』

「そうだな。お前は立派なカラスだ」

『お母さんにそっくりの目なんだよ?』

「そうだな。どう見たってカラスだ」


 珍しくナーバスになっているヴァル。カラスのままルミの懐に入り込んで、必死に甘えていた。


 お母さんのいるおうちに帰れると思った矢先に、引っ越されていた。

 そこに別種の白い鳥だと主張されて、ショックを受けたのだ。 


 親兄弟には散々な扱いを受けてきたらしいヴァルだが、同族であることまでは否定されなかった。みっともないカラスとは言われていたが、本人は「成長しろと期待されている」と気にしなかったようだ。


 ルミはぴいぴいと鳴く幼鳥をそっと抱きしめ、眠るまで大切に見守った。

 やがて丸く動かなくなった子を、柔らかい籠の中のベッドに置いた。




 すやすやと眠る子ガラス。

 様子を見ていたペンギンの連中が、輪郭をぼやかせて人の姿になる。

 黒い制服を着た彼らは、一様に頭を下げてきた。


「「申し訳ありませんでした」」

「すまんでした」

「ごめんっす」

「悪かった」


 キング巡査とその上司、そしてキング巡査の仲間たちが一様に謝った。

 ヴァルが起きた時用渡してほしいと、詫びの品々を積み上げる。ピンクのリボンに覆われた何か。怪しい。


 ルミは提供された木の椅子に座る。

 同じく木で作られた机を挟んで、鴉人の行方を訊ねた。


 警備の責任者であるエンペラー署長は恰幅のよい人物だった。

 大移動とキングが説明していた件と聞き、表情を曇らせる。せわしなく立派な髭をなでながら、子ガラスに聞こえないよう、そっと小声で教えてくれた。


「せっかく母親を求めてはるばる来たというのに……。同じ鳥人種として同情いたします。彼らの行先ですが、正直よくわからないのです。その、南に移動とキングは申しましたが……正しくは追放なのです」


 隣でキング巡査が申し訳なさそうに下を向いている。


「鴉人は賢い人々です。ゆえに幾人かは「国」に仕えていました。特にロキという鴉人は他国の外交をも担っており、この街では相当羽振りがよかったと聞きます。だが昨年、ロキは王の逆鱗に触れた。極刑が下され、処刑されました。それは……一族郎党同罪、という思い罰でした。王立騎士団がやってきてその場で次々と処刑され、羽毛をはぎとられていったのです」




 辛うじて運よく逃れた鴉人は南に去っていった。

 だが、ヴァルの母親や兄弟たちも逃れることができたかは分からないという。

 ルミは騎士団、という言葉に姉の姿を思い浮かべた。

 

 署長は同情の視線で眠る幼鳥を眺め、話を続けた。


「ヴァルちゃんでしたか。不思議なお名前ですな。母親の特徴と旅立った時期を聞く限りでは、恐らくそれはシエヴァでしょう。彼女はロキの知り合いだと言っていました」

「東へ行ったとして、どの辺りか見当はつきませんか?」

「私らはなにせ、この土地ですら不案内ですからな……移動してきた時には、すでに粛清が終わった後でした」 

 

 とりあえず街の人々に情報を集めてもらうと約束をもらい、ルミはしばらく定住することにした。

 





「参ったなあ……」


 ルミは次の目的地に歩く。

 さほど大きくない街。

 だけど、氷の道をブーツで踏みしめるたびに、滑りそうになり苦労する。特に薄く雪のかかったところは歩きづらい。

 風が強く吹き、粉雪を吹き上げた。視界がところどころ白くなる。

 あちこちでペチペチ歩くペンギンを細目に眺めつつ、嘆息する。



 

 詳細を聞いていないヴァルは、お留守番だ。

 署の中でキング巡査やエンペラー署長に「また引っ越したお母さん」たちの道筋をたどるため、東の地図を見せてもらっていた。


「国に王、なあ」


 ルミの世界は、ずっと村と【春を待つ街】だった。

 狭い人間関係しか知らないルミに、村ごと移動したり、一族を抹殺するような存在の脅威がぴんと来ない。しかし、鴉人は姉のような連中を手下にした王とやらに、命を狙われていると聞く。


 喧嘩や魔物以上に暴力的な存在である、「王」。 


「鴉人が狙われるとなると、ヴァルはむしろ同族に近づかないほうがいいんじゃないのか? そもそもあいつは白いだけで、疎まれてきたんだ」


 下手に鴉人たちに混じると、騎士団に狙われる。

 つまり姉に狙われる。

 そもそも家族に疎まれてきた白色を、一族が受け入れるとも限らない。


「はあ。さっさと母親に会わせて拒否られたら、そのままこいつをさらって終わりにするはずだったんだけどなあ」


 シマエナガショックから復活したヴァル。

 虐殺は伏せて説明したところ、さっそく「お母さんを見つけてあげなきゃ!」とやる気になっている。



 むしろ、一緒に【春を待つ街】に戻って、二人で一緒に暮らしたほうがいいのではないか? 

(旅を続けるなら、いっそこのまま「シマエナガ」と偽って……いやいや、ヴァルは嫌がるな)

 悩める青年は歩き続ける。




『え? 鴉人? 面倒くさいから考えたくない』

『考えるなよ、兄ちゃん。可愛いシマエナガちゃんと二人、ここで暮らせばいい』

『そうだよ。あの丸っこフォルム。たまらん。もうヴァルちゃんはここのアイドルだ!』

『王は、賢しい獣が嫌いなんだ。何も考えずのんびりと暮らせば何もしない』

『騎士団と白ヒグマーだけが怖いけどな』




 ペンギンたちは次々と、田舎の青年と可愛らしい幼女に定住を勧めてくる。

 冬の寒さはあっても部屋は暖かい居住空間。魚がたくさん捕れる北海。近くには山もあり、燃料に困ることはない。

 

「どうせ再開しても母親はアレだしな……」


 モチベーションが下がり続けるルミ。ざくざくと割れた氷を踏みしめ歩く。

 そこにふと、魚のだしのきいた、良い匂いが鼻腔を刺激した。

 街の一角に張られた看板。


〈緑のたぬきのおそば屋さん〉


 地味目な店が多い中、それは緑の苔で飾り付けられて目立っている。

 店主は緑が好きらしい。


「腹が減ったな……メシ食うか」


 それにしても狸人とは珍しい。

 ルミが故郷の黒い森で見かけていた狸人の茶色いフォルムを思い出しながら、小さな扉を開けると――――木のカウンターに数人の客。


 彼は目を見開いた。

 そこにとんでもなく鮮やかな緑の毛皮があったのだ。


『へい、らっしゃい! 年越しはやっぱりそばでしょ!』


 白や黒というレベルではなく、自然にあり得ないほどの鮮やかさ。

 もふわ! とした緑の毛皮で体を大きくした、タヌキだった。 




 くりくりとした黒い目。ゆったりと振られる太いしっぽ。そして緑。

 彼はお盆を持ってやってくる。


『お客さん、うちは天ぷらそばしか出さないよ! それでいいね!』

「あ、ああ……」

『おかん! 天ぷらいっちょ!』

「あいよ!」


 カウンター越しに元気の良い女性の声がする。

 恐る恐る座る。すぐに出されたホカホカの麺に、黄金色の揚げ物が乗っている。

 

 ルミは二本の棒を出され戸惑った。


「あ、これは故郷の食べ方でね。慣れてない人はこっち」


 先が三つに分かれた棒を差し出されて、麺の山に刺す。

 湯気が顔全体にかかる。

 汁が飛ぶのを避けながら棒を回すと、麺が軽く絡まる。息を吹きかけながら口に入れる。


「あちっ」

「ほらほら兄ちゃん、気をつけな。うちのそばはめっちゃ熱いからね! その分体もぽかぽかさあ! 薬味もあるぜ!」

 

 緑のタヌキの店主に教わって食べる。つるりとのどを過ぎる美味。

 じんわりと体に染み渡る。濃いスープに絡んで癖になる味だ。これはヴァルにも食べさせてあげたい。


「旨い……」

「そりゃあそうだ。東の国々ではこれが日常食だからな! 数千年の歴史を築いた味は格別だ!」


 ――――東。

 ルミはずるずるとそばをすすっていた顔を上げる。


  


「店主。東と言ったな」

『おう。東のそばことならなんでも聞いておくんな。マルチャメという国では麺の太さが』

「頼む! 俺に教えてくれ!」

『なんだ! そんなにそばが気に入ったか! 任せておけ、そばのことならなんでも教えてやる! ただしニッシシ国のそばについてはノーコメントだぜ。あいつらは敵だ!』


 かみ合わない会話が続いたが、なんとかルミは鮮やかな緑の店主を説得し、この「国」を取り巻く情勢について知ることができた。




 少なくとも逃れた鴉人に、ヴァルの母親はいなかったそうだ。

 ……その事実がルミに重くのしかかる。

  



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