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第五話 幸せの子ガラス、黒オオカミのために夫の「かいしょー」を見つける

ヴァル視点です。

 僕の名前はヴァルコイネン!


 ふわふわな立派な羽根と、立派なくちばしが自慢の鴉人だよ!

 そのうちにとっても大きくなって、お嫁さんを背中に乗せて空を飛ぶんだ!


 え? なんで《ヴァルコイネン(しろ)》という名前かって?

 いつもお母さんと兄ちゃんたちが、僕を指さして呼んでいたからだよ?

 だから名前で良いんだと思う! 

 

 うん!




『……いや、違うでしょう。それ。思い切り蔑んでいるから!』


 あきれ顔のゴンは、前足をびしりと指して怒る。

 そうかな? 僕はそう思わないな。


 星空のような黒い羽根の家族。

 ガラス玉のような目をした綺麗なお母さん。

 僕をおばかだって言ってあははと笑う、黒髪のにいちゃんたち。

 よく小突かれたけど、遊んでくれて楽しかったなあ。


 小さなあばら家。カラスの時は土蔵の中。

 街に鴉人は僕たちだけだって聞いた。


 僕は外を知らなかった。

 白い鴉は、みっともないから外に出ちゃいけないんだって。

 だから早く羽根が生え変わらないかなあと、ずっと窓辺で待っていたんだ。なのに黒いやつがまだ生えないんだよ……本当に困っちゃうよね!


 お母さんがごはんを手に入れてくるのをいつも、小さな部屋の隅で座って待っていた。




 険しい顔をしたゴンが、腕を組んで訊ねてくる。

 先日の騒動で汚れた服もすっかり綺麗になっていた。

  

『父親はどうしたのよ……私が言える立場じゃないけれど』

『お父さん?』


 お父さんは知らない。

 物心がついたころからいなかったよ?


 お母さんはいつもガラス玉のような目をしていたけれど、唯一、キラキラした黒い瞳になる時があった。

 星が瞬くように綺麗な瞳で語るんだ。僕らのお父さんのことを。


 夢みたいに幸せだったんだって!


『妻のいたあの人は、私の方を「妻」にしてくれると約束してくれたの。別れて私と一緒になってくれるって……本当に幸せだった』 


 妻……つまり【お嫁さん】というものは誰かの特別な存在なんだ。

 魂を寄り添わせる片割れなんだって!


 お母さんはずっと、ずっと。なりたかったのだ。

 お父さんの【お嫁さん】に。

 唯一の存在に。

 

 だから僕は――――お母さんを【お嫁さん】にしてあげたかった。




『でもね、ゴン。お母さんはお父さんにしか【お嫁さん】にしてもいたくないんだって。すごく残念だよね』

『……』

『……なあに? ゴン。なんで、そんな呆れた顔をしているの?』


 白い子ガラスは、柵の上で仲良く座っていた赤い子狐の顔をのぞき込む。

 眉間の皺がこれでもかと深くなった苦労性の子狐。

 渋い顔のまま子ガラスを斜めに見下ろす。


『あなたって、バカね』

『バカじゃないよ! 賢い鴉人だよ!』


 ゴンは完全に呆れているけど、僕はそうは思わない。

 だってお母さんを幸せにしたいと思うだけで、胸がぽかぽかするんだ。

 だから全然、問題ないよ!


 でもね。難しいんだ。

 お母さんにいつも幸せそうに笑ってもらえるには、どうすればいいのかなって――――。


 黒いくちばしを毛布に突っ込んで。

 白い羽根をぱたぱたせわしなく動かして。

 小さなテーブルの下をぐるぐる回って。

 兄ちゃんたちが捨てていった果物の芯に足を引っかけて、仰向けにころりと転がっても、全然良い案が思いつかなかった。

 



 そんな中。

 とつぜんお母さんが引っ越しを宣言した。

 着の身着のまま、家族全員で旅立つことになったんだ。

 そもそも何も着てもいないから、こちらは身軽だったけどね!


 僕は兄弟の中で一番小さい。

 外にも出たことがなくてうまく飛べなかったけれど、ふらふらと何とかついていった。


 これはお母さんが与えてくれた、もっと成長して立派な鴉人になれという試練だな!

 僕は必死に頑張った。


 でも……力尽きちゃって。

 池で休んだのを最後に、お母さんは、僕を置いて、先に行ってしまった。




 ――――でもね?




 僕は本当に幸運なんだ!

 雪に埋もれてうとうとしていたら、最高の【お嫁さん】に会えたんだよ!


 すっごく綺麗で、優しいルミ。

 あんなに素敵な毛皮や黒髪を疎んでいる、いつも寂しそうなルミ。 

 彼はふかふかの腹毛で寝かせてくれて、ごはんと一緒に取ってくれて、おうちに連れて行ってくれると約束をしてくれたんだ。


 僕の【お嫁さん】!


 ずっと守ってあげたいんだ!!

 幸せにしたいんだ!


 早く大きくなって、空を覆うほどになりたいな。

 ごはんのもともたくさんとって、奥さんにたくさんごはんを作ってもらえて。

 誰からもルミを守れるんだけど……まだまだ小さい僕。力も全然ない。


 せめて今できることって、なんだろう。




『というわけで、僕は夫としての「かいしょー」を見せたいんだ! ねえ、ゴンは「かいしょー」って知ってる? ごはんのもとは一人で取れないしさ。自慢の羽根にルミを包み込めないし。おかねはここでは手に入らないんだ。エスメお姉さんはに聞いたんだけど、余った男が多い大きな街じゃないと僕は需要がないんだって。どういうことかな。仕方ないから、人の姿のルミに裸で温めてあげたら怒るんだ。昨日の夜なんて、顔を真っ赤にしてカンカンだよ。どうしよう……』


 ゴンは無言だった。


『ねーゴン』

『……』

『ゴン! ゴンゴン!』

『……うざい。あなたね……それが言いたくて、うっとおしくて長い身の上話を私に聞かせたの!?」

『だってさ、ゴンが全然ヒョー・ジューを【お嫁さん】にしないからだよ! 【お嫁さん】は素敵だよ? 早く【お嫁さん】にしちゃいなよ!』

『おバカ! あのねえ。私「が」! お嫁さん「に」!なりたいの。普通は逆でしょう!?』

『普通なんて誰が決めたの? 僕は、僕「が」! 夫になるって決めたんだ!』


 ぴいぴい!

 コンコン!


 子供同士の言い争い。

 赤い子狐が白い子ガラスにとびかかる。

 白い幼鳥は柵から転がり落ちた。ふかっと着地しころころころ。ふかふかの雪だからぜんぜん痛くない。


 ぴい! 


 雪まみれの羽毛を震わせて子カラスは大喜びだ。

 子狐も「これだからおこちゃまは……」と呆れながらも、久々の本当の遊びに上機嫌になっていった。


 ぴゃー!

 コーン!


 もふもふ、ころころ。

 ふわふわ、さくさく。

 ますますヒートアップする二人。

 ふわふわの白と、もふもふの赤が混じりあって、赤白の毛糸玉のようだ。

 あまりにも夢中になっていたものだから、肝心な話題がずれていく。 


 は、と我に返った幼鳥が、はひょこっと雪から顔を出した。


『は! それでゴン!「かいしょー」だよ!僕どうしよう……』

『仕方ないわね……とりあえず早く文字を覚えなさい』






 ルミは今、ベッド上のヒョー・ジューに、本と地図で僕のおうちの行き方を教わっている。

 早く移動しないとまずいからと、急いで準備をするって聞いた。


 何やら黒狼が暴れたから、「王」の兵がやってくるらしい。

 王ってなんだろう。よく分からない。

 とりあえず、暴れたヒョー・ジューの叔父さんは閉じ込めている。色々村のあり方不満を持っている若い人たちが村にはいて、この先についても相談するんだって。

 

 ……ちょっとだけ不満だ。

 僕の綺麗な奥さんは「どうせお前は文字読めないだろ」と言って、首根っこを掴んで外に放り出したんだ。


 きっと出来るよ! 僕はかしこい鴉人なんだ! 

 だから村はずれでゴンに文字を教わっていたんだ。

 そしたら、なんだか話がずれちゃった。




 人の姿になったゴンが、雪を払いながら木の棒を持って腰に手を当ててる。

 ゴン先生は赤い髪を払って、雪の上に座り込んだ僕を見下ろす。


「とりあえず書類を読めるようにならないと。あなたたちみたいな田舎者って、すぐに契約書で騙されるから。しかもあなた、文字すらほとんど知らないんですって?」

「うん」

「とりあえず、文字よ。こう書くの」


 雪をどかした地面に砂をまぶし、サラサラと字を描くゴン。

 すごいなあ、ぐるぐるうねうねしてる。 


「いい? これが【あ】よ」

「可愛い絵だねえ」

「造形なんてどうでもいいの!」

「あ、ルミ! ルミってどう描くの!?」

「落ち着きがないわね! こうよ! ついでにあなた、さっきから「描く」って言ってない? 文字は「書く」って言うのよ!」


 全然頭に入らない能天気な白い少女に腹を立てながら、がりがりと文字を書いていく。

 手には木簡の束。こっそりヒョー・ジューの書斎から持ってきたらしい。 

 木簡を触ると温かい。広げるととてもきれいな絵が並んでいる。


 まるっとしていて綺麗な絵だなあ。

 これが字かあ。昔、お母さんが木の板に隅で書いていたものによく似てる。


 一つ一つ意味が分かると、頭の中で、絵が形になっていく。

 あの絵は確か……。


「とりあえず、この文章はね、」

「もし耕作済の穀物あるいは胡椒の原を与えた時は、出来た穀物あるいは胡椒を原の主が正しく取って,銀とその利息分の穀物を商人に返す。もし返済する銀が無い時は、穀物または胡椒を王の価格標準表の文言に従って、商人より借りた彼の銀とその利息に相応する価格関係に従って商人に与える。もし耕作人が、原で穀物あるいは胡椒が出来なかった時は、商人は彼の契約を変更することがない。もし人が、原の土手を堅固にすることを投げ出して堅固にせず、その結果彼の土手の中に裂け目が出来て、水が田野を凌わした時は、彼は喪失させた穀物を賠償する。もし穀物を賠償することが出来ない時は、彼と彼の動産を銀の為に売却して、自分の穀物の売上代金を分配する」

「は?」  

「っていう絵だよね。これ」


 それにもう一つの木簡も――――絵が描いてあった。

 数学、哲学、建築、農業。

 絵を丸ごと眺めれば、なんとなく分かる。

 昔、お母さんの机で見た絵だもの。文字が分かればみんな意味が分かる。


 にいちゃんたちには「鴉人のくせにバカで生まれた」と言われてきた。

 知恵も足りないって。

 でもこれなら……。少しは「かいしょー」にならないかな?

  

 ゴンが信じられないものを見る目で、僕を木簡を抱える僕を、見下ろしていた。






 

「ヴァル、出発するぞ。狐と何をやってるんだ?」

『あ、ルミ!』

 

 木簡をゴンに渡し、向こうから歩いてきたルミに駆け寄り、ぽすんと抱き着いた。

 すりすりと胸元で甘えると、優しく抱き返して頭を撫でてくれる。


 大きな素敵なお嫁さん。

 もっともっと「かいしょー」を見つけて、楽をさせてあげたいな。

 だから、さっき見つけた僕の得意技。

 「文字を読む」ことで、ルミの地図読みの変わりにやってあげるんだ!


「文字を読むというか、ちょっと暗記力がおかしくない?」


 距離をとられたゴンに、突っ込みをもらう。

 ……頭はおかしくないよ! だって僕は鴉人だもの!


「ルミ! 僕が地図を読んであげる! ゴンに習ったんだ!」

「あーはいはい。ありがとな。とりあえず書き写した地図は絵だけだからお前の助けはいらないわ」


 がーん。

 僕の「かいしょー」は、まだ全然、役に立ちそうにない。

 





 ゴンに見送られながら、村を出る。

 さらに遠くに、戸口から顔をだしたヒョー・ジューの姿があった。ゴンは気づくと嬉しそうにヒョー・ジューのところに走っていった。

 

 あ!

 忘れてた。


「ゴンに「友達になってね」って、言いそびれちゃった……」


 ふっとルミが笑う。

 黒銀の瞳が優しく僕を映している。


「バカだなあ、ヴァルは」

「もう。ルミまで。僕は賢い鴉人なんだよ! そして「かいしょー」だって増えるんだ!」


 もう文字も読めるもんね!

 そう続けようとして、言葉が途切れた。




 ルミは雪原で僕をそっと抱きしめたのだ。


「お前が笑ってくれるのが最高の「甲斐性」だ。幸せにしてくれてありがとうな、ヴァル」

「え。でも僕はまだ何もしてないよ!?」

「お前はそう思っていなくても、俺「が」そう思っているからいいんだよ。俺は甲斐性のある「旦那」をもって幸せだ」


 ……僕は。

 本当に。


 世界で一番、幸せなカラスだ。

 


 

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