97.貴椿千歳、とりあえず自己紹介を終える
「もういいですか?」
じーっと、瞬きすら忘れてじーっと俺を見ている刻道の横から、これぞ横槍という見事な横槍が入った。
蒼桜花学園の生徒は3人。
一人は雨傘、もう一人はこの刻道、そして三人目は――
「蒼桜花学園中等部3年、式嶋護です。……今後あまり接点はないかもしれませんが」
まあ……確かにそうかもな。
俺がここに来たのは招待状が届いたからで、今後招待状が来なければこれっきりである。
学校も違えば学年も違うわけだし、更に言うなら高校生と中学生だし、接点らしい接点がない。雨傘だってあれ以来会ってなかったくらいだしな。
「縁があったらまた会えるかもよ。名前くらいは憶えとけばいいんじゃないか?」
「そういう根拠のない理由付けは好きではないですね」
あ、そう。……気難しそうな奴だな。
「お互い、気が向いたらあとで話してみれば?」
生じた沈黙にすかさず切り込み、場を仕切っている日々野先輩が次のメンバーを呼んだ。
見覚えのない、白い制服の2人だ。
刻道、式嶋と擦れ違うようにして、彼女たちはやってきた。
「白滝高校2年、防宗峰竜華です」
す、すげえ……名前もなんだかすごいが、それより髪型がすげえ!
なにがすごいって、巻いているのだ。
縦ロールというやつなのだ。
まるで絵に描いたかのような縦ロールである。縦ロールはお嬢様の証と言われているが……
そんな先入観があるものが、しかし実際その通りなんだと思う。
彼女のむやみやたらに自信に満ちた表情や優雅な所作は、一般人のそれとはまるで違う。
「防宗峰……?」
縦ロールの衝撃に固まっている俺に、そんな呟きが耳に入る。
乱刃、もしかしてこのお嬢様知ってるのか?
「まさか、『竜閃』か?」
りゅうせん?
「あら。未熟者の『点拳』伝承者候補なのに、『竜閃』の名は知っているのね?」
な、なんだ? なんだか急に険悪になってきたぞ。
「フン。点をなぞるだけの拳に何ができる」
「お生憎様。線の通過点でしかない未完成の拳なんて眼中にないわ」
「……我が流派を馬鹿にしたな?」
「怒ったの? ああ、もしかして図星だった?」
おいおい……なんだよこれ。勘弁してくれよ。
この集会で、そしてこの場所でやり合うなんて、悪夢でしかない。
ヴァルプルギスに睨まれるのも嫌だし、何か壊したら弁償しきれないぞ。
今すぐにでも始めてしまいそうな二人の間に、俺が止めるより早く、日々野先輩が割って入った。
「ケンカなら後日二人きりでして。今ここでやると言うなら九王院学園生徒会が容赦しないわよ」
それはそれは冷たい声と眼差しで、乱刃とお嬢様を見る。
睨まない辺りに品を感じるが、しかし感情が見えない分だけ睨まれるよりもっと怖いかもしれない。どんなことでも即座にやりかねない、底の見えない恐怖のようなものがある。
「失礼いたしました」
お嬢様の後ろに控えていたもう一人が、更に間に入った。
「慣れない場なので少々気が立っているようです。ご無礼をお許し下さい」
深々と頭を下げるその人の頭には、…………二つの尖ったモノが生えていた。
いや、魔力の可視化で生えているように見えるだけだ。
――猫耳だ。たぶん。
「おまえも『竜閃』か?」
「いいえ。防宗峰の守人……ボディガードのようなもの。獲物はこれです」
逆手に持っていた木刀を見せる。剣術か。
「お嬢様、いけませんよ。ここで揉めたらお嬢様も私も無事に帰れません」
「私が魔女ごときに負けるとでも?」
「ええ」
明らかに不機嫌そうなお嬢様に、猫耳はにこやかに頷いてみせた。
「ここは九王院の学園長のホテルです。何かあればあの方が飛んできますよ? どうあがいてもあの方には勝てません」
あ、やっぱりこのホテルって学園長関係のものなのか! じゃあたぶん乗ってきた車も同じ車種だったんだな!
「学園長か……あれはもう人じゃないわ」
「それに関してはコメントを控えさせていただきます。……それはそうとお嬢様、防宗峰の名に恥じぬ礼を尽くしてください」
猫耳はやはりにこやかに、だがどこか凄味を感じる笑顔で言う。
そしてお嬢様は、
「不躾に失礼いたしました」
優雅に頭を下げると、そのまま向こうへ行ってしまった。
去り際、ずっと乱刃だけ見ていたお嬢様と、目が合った。
合った瞬間、緊張感で身が固まる。
俺は武道はよくわからないが……あれはきっと、めちゃくちゃ強いと思う。
……どう見ても、ただのお嬢様って感じじゃないな。あれはどうにも掴みづらいタイプだ。
「すみませんね。これだけ周りに強者がいるので、少々はしゃいでいるのです」
改めて乱刃に謝罪の言葉を述べ、乱刃は「気持ちはよくわかる」とそれを受け取った。
「私も悪かったと伝えておいてくれ」
――猫耳の人格者は、白滝高校2年生、早良睡蓮と名乗り、行ってしまった。
それにしても白滝か……この辺にそんな高校あるのか?
ちなみに、簡単に聞いたところによると、『竜閃』とは防宗峰という家系に伝わる秘拳の名前なんだそうだ。
過去、乱刃の師匠の師匠の……だいぶ遠い先人とやりあい、そこから互いの拳法の名前が知られた。
「『点拳』は、点の真理を目指す拳。『竜閃』は、線の極みを目指す拳。あの流派の拳は斬れるのだ」
もっとも極みに近づいたという『竜閃』の名を継いだ三代目は、刀と同じくらいの切れ味を放つことができたらしい。
……すごい話なんだとは思うが。
でも、俺には、「拳で斬れる」というそれがよくわからないので、すごいともすごくないとも、なんとも言えない話だった。
「「えっ!?」」
確かに……言われてみれば、似てる気はするが……
「……何?」
ものすごくツンツンしている、というより、これは半分ヤンキーなのではなかろうか。
一人だけ私服でいた、最後に挨拶に来た女子である。
名前は、久城夏凪。上はなんか緑のジャージに和柄の刺繍が入ったすごいのを着ていて、下は七部丈のカーゴパンツ。そしてサンダル。制服姿の連中ばかりなだけに、非常に目立つ。
いや……まあ、格好はいいだろう。
それより、もっと衝撃的なことがある。
「本当に管理人さん……久城さんの、妹?」
「そうだけど」
「久城って名前なんだ。俺たちの寮の管理人さんも久城っていうんだけど」なんて、俺がどうでもいい話を振った直後である。
――「それ、私の姉だけど」と。簡単に言ってくれたのだ。
マジかよ……あのいつも穏やかで俺たち寮生のことを気にかけてくれている、まさに良妻賢母という感じのあの管理人の妹が、こんなヤンキーか……
「おまえは不良か?」
おい乱刃さん! ストレートすぎる!
「不良? 私が? そういう意識ないけど」
憮然と答える管理人さん妹。そして乱刃はびしっと指を差した。
「そのジャージは不良が着るものではないのか」
「はあ?」
そりゃ「はあ?」って言いたくもなるだろうな。
この場で不良かそうじゃないかなんてどうでもいいだろ……気に障るかもしれないようなこと、ずけずけと言うなよ……
「……どこで買った? いくらだ?」
え、そういう意味!? そういう意味で言ってたの!?
「ダメだぞ乱刃! ああいうのは似合う奴と似合わない奴がいるんだ! おまえは似合わない!」
「いいではないか。私もあのかっこいいジャージが着たいのだ」
ああ面倒臭い!
最近髪の手入れだけじゃなくて、おしゃれまで気にしだしてやがる……! もっと他に気にするところがあるだろうが! 気遣いとか!
「あんた面倒臭い」
俺の代わりに、管理人さん妹はきっぱり言ってくれた。
ですよね! 面倒ですよね!
ヤンキーかもしれないが、俺この子とは気が合うかもしれない!




