96.貴椿千歳、ついに遭遇する
我らが九王荘6号とは桁違いの部屋だった。
俺なんて六畳一間で充分なのに、このスイートルームは……なんだこれ。なんだこれっ。
とにかく広い。どれくらいなのか想像もつかないほど広い。
おまけに家具がおしゃれだ。
都会丸出しだ。
革張りのソファーだとかガラスのテーブルだとか、なんかバーのカウンターみたいな変なのがあるし。あれ確かホームバーって言うんだっけ? やっぱりバーのカウンターかよ。
部屋もそうだが、目に付くもの全てが、高級感に満ち溢れていた。備え付けっぽい食器やグラスなんかも高級品なんじゃなかろうか。うちの食器なんて100均なのに……
そして、この広いリビング……と言っていいのかわからないが、とにかくこのだだっ広い部屋には、10名ほどの女子がいた。
ヴァルプルギスは制服着用が義務なので、全員制服である。
九王院の生徒が3名。
蒼桜花が3名。
あとは……あの制服はどこだ? この辺では見たことがない、白い制服の生徒が2人。意外にも何人か見た顔がいるような気もするが……今は置いておくか。
それと、私服の女子が一人と……おっと。九王院学園初等部の制服を着た、小さな女の子もいる。あの子は小学生にしてヴァルプルギスなのだろう。
それぞれお茶を飲んだり話をしたりと、必要以上に警戒していた自分がバカバカしく思えるくらい和やかである。
見ていれば色々と見た目が変わっている人もいるのだが、もっとも変わっているのは、やはりあいつだ。
例のホームバーで、偉そうに足を組んでニヤニヤ笑いながらこちらを見ている、火周廻。
パッと見ではやはりこいつが一番目立つ。
今日もバリバリに黒い魔力が吹き出しているし。
「――ようこそ、ヴァルプルギスの夜へ」
ぞろぞろ顔を出した俺たちを見て、九王院の女子がこちらへやってきた。
――白い。それが第一印象だった。
とにかく肌が白い。髪も金髪を通り越して白に近い。瞳の色もやや青みがかっている。
九王院の制服は黒が基調なので、ことさら強調されて見えた。
「生徒会2年、日々野冥です。まずは来てくれてありがとう。どうしても貴方たちと話がしたくて」
あたたかな歓迎の言葉にしか聞こえないのに、なぜか冷たいものを感じた。
なんだろう? 敵意なんて微塵も感じないのに……
「冷気……か?」
感覚が鋭い乱刃と、俺と同じものを感じたらしい。いや、きっと俺より敏感に感じ取っている。
「ああ、ごめんなさい。私の魔力の可視化はこの髪の色なんだけど、それに加えて冷気が漏れる体質なの」
すっと差し出された手に、俺と乱刃は触れてみる。
……冷たい。
氷、というほどではないが、人体にはあるまじき冷たさだ。
そうか。言葉が寒かったんじゃなくて、物理的に冷たいものを感じただけか。
「ある程度抑えることもできるけれど、ここでは皆完全オフにしてくつろいでいるから。寒いのが苦手ならあまり近づかないでね」
なんというか、さすがは高レベル魔女って感じだな。こういう体質になる人もいるのか。
「あとよろしくー」
そう言いながら、アルルフェルはとっとと猫に戻って、俺たちを放ってどこかへ行ってしまった。自由だなぁ、猫は。
「日々野、私は付き添いできたんだが」
「ええ、聞いているわ」
「ならば説明は不要だな。貴椿、乱刃、あとは彼女がおまえたちの面倒を見るから、何かあれば呼べ。――おい火周、先日の件について話がある」
無理に付き合わせた華見月先輩も、さっさとヴァルプルギスの輪に混ざりこんだ。……まあここまで和やかな現物を見ている今、何を怖がる必要もないわけで。
「皆に紹介するわ。まず――」
「その前に」
高級感溢れる部屋に踏み込んだ、というより飲まれて萎縮している俺の隣で、ここまで来れば逆に肝が据わったらしき乱刃が堂々口を開いた。
「なぜ私たちを呼んだのか、要件を聞きたいのだが」
「せっかちね。急ぐ理由でもあるの?」
「急ぐ理由はない。だが、話によってはおまえたちは私の敵になるかもしれない。だから互いの関係は最初に確認しておきたい」
乱刃が言いたいことはわからんでもない。
何の理由があって呼ばれたのか、それは確かに俺も気になる。
例えば、火周関係で呼ばれたとして、話によっては火周と揉めることになるかもしれない。
その結果、同じヴァルプルギスとして、彼女たちが火周の味方にならないとも限らない。
呼ばれた理由がどんなものであろうと、その理由のせいで揉めたとしても、この場でどうこうということはないとは思うが……
「もし先日の火周の一件で呼ばれたのであれば、私は謝る気はないからな」
そういやこいつ、初対面で火周殴ってたっけ。
来て早々意志がはっきりしている乱刃に、日々野先輩は苦笑いだ。
「確かに火周さんに関係しているけれど、火周さんそのものとはあまり関係ない。――本題はあとで皆にしたいのよ。まだ招待客が全員来てないから」
あ、俺たちが最後じゃないのか。
「わかった。あとにしよう」
乱刃も納得し、改めて日々野先輩は皆を見た。
「――皆、注目」
まあ皆チラチラこっちの様子を伺ってはいたものの、そう言われてから、改めて全員がこちらを見た。なんというか、クラスメイトと比べると余裕がある動きである。
「今日のゲスト、貴椿千歳くんと乱刃戒さん。高等部一年生よ」
「ばんわー(たぶんこんばんはの略だ)」だの「わかったー」だの、返事の代わりに手を挙げたりだの、それぞれが適当に挨拶を返してくる。
そんな中で、俺たちと同じ九王院の女子と、一緒にいたうちの小学生がやってきた。
「九王院は、私と蛇ノ目さんと福音寺先輩。それとあまり馴染みはないと思うけれど、初等部から仁士雅さんが来ているわ」
見覚えがあると思えば、男前の蛇ノ目がいた。男前らしく小学生の手を取りエスコートしてきたように見える。
福音寺先輩と、小学生の……仁士雅ちゃん?は、初めて見る顔だ。
「生徒会3年生、福音寺未来です」
「仁士雅千夜です。初等部4年生です。よろしくお願いします」
福音寺先輩は、やっぱり先輩らしく大人びている。
前髪をきっちり分けていて、なんだか委員長・花雅里を連想させるような真面目な雰囲気があった。
仁士雅千夜ちゃんは……小さい。すごく小さい。たぶん同じ学年でも小さい方だと思う。動作が落ち着いていて、どことなく育ちの良さが伺える。
乱刃のバサバサ感がある黒髪と違って、めちゃくちゃ綺麗なロングヘアーが印象に残る。
「私の自己紹介はいらないよね?」
確かに。蛇ノ目は今更って感じがするな。
あのバイトの時には世話になったし、学校で顔を合わせれば軽く話をする関係でもあるし。
蛇ノ目自身がどう思っているかはわからないが、俺はすでに友達だと思っている。
「下の名前を聞いてない気がする。千歳は聞いているか?」
あ、そう言えばそうだったな。
「俺も聞いてない」と返答すると、蛇ノ目は頷いた。
「そうだっけ? じゃあ改めて。九王院学園高等部1年生徒会所属、蛇ノ目陸です。ちなみにレベル6だから、私はヴァルプルギスじゃないよ」
聞けば、福音寺先輩も違うそうだ。
更に聞けば、ここにいる半数くらいは、高レベル魔女ではないらしい。
たぶん俺のように、誰かが誰かに付き添いを頼んだりしたのだろう。
でも、仁士雅ちゃんは正真正銘レベル8なんだそうだ。
「レベル8か。すごいな」
お姉さん風でも吹かせたかったのか、乱刃は仁士雅ちゃんの頭を撫でた。そして彼女は嬉しそうに微笑んだ。かわいいな。将来こんな子供が欲しいな。
「――話はあとにしてくれない? 後ろつかえてるんだよね」
ん?
これまた聞き覚えのある声に振り返ると……ああ、やっぱこいつか。
「ひさしぶり」
雨傘だ。あの雨傘才歌だ。
ものすごく久しぶりな気がするが、さすがにこいつのことは忘れられない。
やってきた蒼桜花の連中と入れ替わるように、九王院勢は「またあとで」と去っていった。
「雨傘さんとは知り合いなのね」
「ええ、まあ。……おまえヴァルプルギスなの?」
並レベルの魔女だとは思わなかったが、さすがにそこまで高レベルだとも思っていなかった。
「いや、ギリギリのレベル6ってところだから違うよ。今日は貴椿に用事があって来たんだ」
「俺に?」
なんのことだかさっぱりわからないが、雨傘は「ほれ」と、連れの女子を一歩前に出す。
「じゃあ紹介するね。これが貴椿千歳。見た目は地味だし特徴らしい特徴もないけど、いい動きするよ。いざという時の決断も早い」
あ、俺の紹介?
「貴椿。――これが刻道唯。蒼桜花の一年生で、将来有望なレベル7。かわいいだろ? 美人だろ? ちょっとくらいなら触ってもいいよ」
「いや、ちょっと、雨傘先輩、そういうのは」
今紹介された刻道さんは、思いっきり照れまくっていた。雨傘が余計なこと言ったからだろう。
「――よし、これで私の仕事は済んだ。犬からかってこよーっと」
仕事? だが仕事より聞き捨てならない気になることを言いながら、雨傘は華見月先輩と火周の元へと行っつてしまった。
やはり「犬」は華見月先輩だったか……恐ろしいこと言いやがる。絶対怒るだろ。
「あの……刻道です。は、初めまして」
「あ、はい。初めまして」
確かに、雨傘の言う通りかわいいし、美人だとも思う。
でも、初対面でそれ以上何か思うこともない。
そもそも、なんで雨傘はこの人を俺に紹介していったんだ?
「……」
「…?」
やけにじーっと見つめてくる刻道さん。横にも「初めまして」だろう乱刃もいるのだが、彼女は顔を赤らめてずっと俺を見ている。
そう、これが刻道唯との出会いだった。




