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Witch World  作者: 南野海風
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95.貴椿千歳、ヴァルプルギスの結成理由を知る






「なにやってんの?」

「早く来い」


 先に行っていた二人……呆れ顔のアルルフェルと華見月先輩に促され、ガタガタ震える乱刃の手を引いて俺たちもホテルに入った。


「乱刃はどうした?」


 この尋常ではない豹変ぶりはさすがに気になったようだ。「お金を取られるんじゃないかと不安みたいです」と伝えると、華見月先輩は微妙な顔をした。


「入っただけで金を請求するホテルなんてあるか」


 俺もそう思う。

 つまみ出されることはあっても、金は取らないと思う。


 でも都会には思いもよらない罠があっても不思議はない、とも思う。

 だって都会にはぼったくりバーとか普通にあるんだろ? 恐ろしい。……未成年だから関係ないけど。


 毛足の長い絨毯を戸惑いながら踏みしめて豪華ホテルに入る。

 壁も床もピカピカの大理石でできている、清潔感も高級感もある広々としたロビー。

 客を迎えるここ出入り口は、落ち着いた静けさを引き立てるようなピアノのBGMが流れていて……


 もうなんか、俺はもう、確実に場違いな場所に来てしまったことを思い知らされた。ついでに乱刃の震えもひどくなった。きっと考えていることは似たりよったりだろう。

 少し煤けた畳の六畳一間のあの部屋が懐かしく思えるくらい、ここは腰が引ける別世界だ。


「――お帰りなさいませ」


 おっと。

 受付に控えていた女性が『瞬間移動』を駆使して、文字通り飛ぶようにして俺たちを出迎えた。

 さすが九王町、働いている人も魔女が多いようだ。

 ……この人の場合は特にレベルが高そうな気もするしな。並の魔女じゃなさそうだ。


「ただいま。夜会のお客様を連れてきたから通して」

「招待状をお願いします」

「千歳、戒、こっちのおねーさんに招待状を」


 お、おう。招待状か。

 場に飲まれまくりで惚けている俺たちは、慌てて招待状を差し出した。


「失礼します」


 受付の人は二通の手紙を受け取ると――派手に燃やしてみせた。一瞬だけ真っ赤な炎に包まれ、それから青くなり、灰も残さず消え失せた。


「結構です。お通りください」


 一礼する受付の人に「じゃあね」と気軽に返し、アルルフェルは歩き出す。俺たちも後に続いた。


 ――あの招待状には魔法はかかっていない。

 が、特定の魔法に対して、通常とは異なる変化を生み出す魔法薬による処理が成されていたらしい。燃え尽きる寸前に青くなるのがその証拠だ。

 それで、招待状の真贋を見極めるのが目的なのだ。


「随分と手が込んでるんだな」


 エレベーターを待っている間にそんな話を聞き、素直な感想を述べると、アルルフェルは笑った。


「まーね。将来的には間違いなくVIPになるって人たちの集まりだから、最低限の用心くらいはしとかないとね」


 なんでも、ヴァルプルギスの夜が不定期なのも、手紙を出したその日に開かれるほど急なのも、こういうセキュリティがしっかりしたホテルで行われるのも、案内人としてわざわざ魔女がもっとも信頼を置く使い魔が寄越されるのも、全ては用心から来ていることなんだそうだ。


「貴椿、あの時は言いそびれたが」


 チーンと音がなり、エレベーターのドアが開く。


「そもそもヴァルプルギスとは、国内で30名もいないほど希少な高レベル魔女の集まり。それ以上もそれ以下もない。詰る所は――」


 先に乗り込んだ華見月先輩は、背を向けたまま言った。


「――監視される者(・・・・・・)たちだ」





 魔女の歴史は浅い。

 だが、確かに歴史は浅いが、その浅い歴史ですらすでに証明され、また証明され続けてもいるのだ。


 重要なのは、魔女の力は常人の及ぶものではない、ということ。

 工事現場にいれば重い物を一度にたくさん運んだり、命に関わるほどの大事故が起きても魔女がいれば最悪のケースは免れることもある。治癒魔法が使えればそのまま医者としてのアドバンテージになるし、魔法加工したアイテムは魔法が使えない者でも使用できる即席の奇跡で、魔道具の世界はこれから大いに発展を遂げるであろうと期待されている。


 魔法という「奇跡」に、全ての発展の可能性がある。

 その可能性を、そこらの魔女とは桁違いに持っているのが、高レベル魔女の存在なのだ。


 高レベル魔女は、言わば金のなる木。

 高校生までで構成されているヴァルプルギスは、その苗木だ。


 どの企業も、どの国も、高レベル魔女を欲しがっている。

 それこそ、社会に出る前から目をつけておく。いわゆる青田刈り的なことが割と堂々と行われているらしい。


 ヴァルプルギスは、常に誰かに監視されている。

 それは自分たちを欲しがっている企業なり国なり組織なりで、何かしらの隙を見せたら容赦なく、それこそ強引に勧誘に来る、らしい。


 ――目的地である19階に到着し、俺たちはエレベーターを降りた。


「私はもう、警察官になると決めている」


 ヴァルプルギス所属ではないが、それでも高レベル魔女である華見月先輩の意思は、もう決まっている。

 将来が決まっている者は、それこそその企業なり組織なりが庇護についたり後ろ盾になったりする。そしてその分だけ監視も緩くなるそうだ。


 しかし、まだ将来を決めていない者たちは違う。

 朝も夜も、それこそ盗聴されたり盗撮されたりとプライベートまで覗かれている可能性を捨てきれないほど、常に誰かに見張られている。

 それが誇張とは言い切れないくらい、窮屈な生活を送っているらしい。


「ヴァルプルギスは、いわば互助会なんだよね」


 そんな窮屈な想いをしている者同士だからこそ、時々集まっては愚痴を言い合ったり、勧誘に来ている企業や組織の情報を交換したり、また普通に対等の友達付き合いをしたりしているとか。


「強力な結界で内外を隔ててる学校とか、こういうセキュリティが硬いところなら、さすがに監視の目も届かないからね」


 なんか……想像してたのと随分違うんだな。


「俺はてっきり、強すぎる力で好き勝手やってる連中だとばかり思ってたんですが」


 やっぱり初遭遇したヴァルプルギスが火周だったのが悪かったんだろう。

 今の話をまとめると、俺たちより窮屈で不便な生活をしている人たちってだけじゃないか。火周に抱いたイメージと違いすぎる。


「国は魔女には厳しい。なぜだかわかるか?」

「……危険だから?」

「そうだ。危険だからだ」


 その昔、魔女否定派という魔女を排除しようとする勢力が、とある魔女を怒らせたことがある。

 その結果、災害レベルの被害が出た。

 金額に換算すると何億とも言われている。

 これ自体は誰でも知っているほど有名な話だが、どの国のどの魔女がどんな被害を出したのかは明かされていなかったりする。


 しかしこの事件、起こったのは魔女が権利を認められた直前とか直後とか言われているものの、その辺ははっきりしていない。

 それがあったから法律上認められるようになったのか、それとも認められていなかったから起こったことだったのか。

 政府の公式発表はされているし、世界中の歴史書なんかにもそう書かれているが、実は色々な説があったりする。


 そのまま信じれば矛盾が生じるし、揺るがぬ証拠がある以上は信じられないと言い切ることもできない。

 

 そんな事件の前だか後だかはわからないが、魔女の人権を認めた上で現代に至る今現在、日本はそんなに悪くない発展を遂げてきていると思う。

 反論も、反対意見もあるとは思うが、俺は認めてよかったと思っている。


 ――が、災害レベルの人災を故意に起こせる魔女が危険じゃないとは、誰にも言い切れないのも確かなのである。

 だから、国は魔女に厳しいのだ。

 特に魔法を使用した事件には厳しい。

 それはきっと、いずれ上がるであろう魔女法緩和法案に真っ向対立する必要ななんとかかんとか……俺の頭では政治はよくわからないので、まあそういう話もあるみたいだ。


「だからこそ自分たちの手元に置いておきたいんだ。監視するにも楽だし、仕事ははかどるし、どうしても邪魔ならどうとでもできるしな。むしろ問題を起こされた方が国は喜ぶだろう。罪と罰と免状を盾に堂々と組織の歯車に組み込める」


 なんか……大人の汚さとしたたかさが伺える言葉である。

 国が高レベル魔女を監視するのは、まさかの時に未然に、あるいは事後処理を迅速に行って被害を最小限に抑えるため、でもあるはずだ。

 まあ……確かに見張るのなら、手元に置いておいた方が楽ではありそうだが。


「で、先輩はそれでも警察官に?」


 話だけ聞けば、国は高レベル魔女にとってのストーカーみたいなもののように思えるのだが。


「親が警察官だからな。将来のことは覚醒する前から決めていた。……色々とやり方は納得できないが、結局市民を守ることに繋がるなら、それはそれで一つの答えでもあるんじゃないかと思っている。綺麗事で誰も救えないよりは、多少汚れても誰かを救えた方がいい……かもしれない」


 なんだか難しい話だな。

 先輩が言っているのは、たぶん正解のない問題だ。きっと答えは一つじゃない。


「これでだいたいの前知識は頭に入れたかな?」


 猫め! おまえが寝てる間にするべきことだった気もするけどな!


「じゃ、行こうか」





 このフロアには、スイートルームが10室ほどある。通常が何部屋あるのかわからないが、スイートは一部屋でだいぶ広い間取りになっているようだ。

 きっとVIPとか政治家とか芸能人が利用したりするのだろう。やっぱり俺は場違いな感じだなぁ。


「はい、どーぞ」


 とある一室で立ち止まり、カードキーなどというシャレたもので鍵を開け、アルルフェルはドアを開けて俺たちを促した。


 いよいよヴァルプルギスとご対面か……緊張するなぁ。





 これからすぐに、俺の人生を左右する人物と対面することになるのだが。


 この時の俺は、想像さえしていなかった。










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