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Witch World  作者: 南野海風
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91.貴椿千歳、招待を受ける





「7月だな」


 声に釣られてテレビを見れば、天気予報の日付が「1」を筆頭に一桁が並んでいた。

 6月が過ぎ去り、7月の到来を告げている。

 

 早食い(取られる前に食べ切るという悲しい習性らしい)な乱刃はすっかり朝食を終え、俺を待っている状態だ。

 特に急ぐ時間でもないので、俺はいつものペースで食べている。乱刃が先に食べ終わってテレビを観ながら待っているのもいつも通りだ。

 朝はだいたい白米に味噌汁に納豆、卵焼き、ナスの漬物。あとは弁当の余りが出たり、漬物が旬の野菜になったりするくらいの変化しかない。俺はこれで充分だし、乱刃も特に文句はなさそうだ。


「7月か。早いもんだな」


 気がつけば、島を出て三ヶ月くらいが過ぎていた。

 振り返るのも嫌になるくらい、いろんなことがあった気がする……いや、実際色々あったんだけど。


 あと三週間もすれば夏休みである。

 きっとあっと言う間にやってくるだろう。


 不思議なもので、あれだけ島に帰りたかった時期があったのに、今やすっかり郷愁の念が薄れている。

 気がつけば俺のホームシックは終わっていたらしい。

 学校や寮生活にも慣れてきたってことだろう。

 ……慣れなきゃやってられなかったしな。


 でも、夏休みくらいは帰りたいところだ。


「乱刃、夏休みどうするんだ?」

「わからん」


 テレビを観ている乱刃の横顔は、やはりどうにも意志が読みづらい。


「地元に帰ったりしないのか?」

「今のところはな。帰る理由がない」

「家族に顔を見せたりは?」

「必要ないな。やりたいことはあるが、それは里帰りではない」


 こいつの家庭環境も謎だよな……あえて聞いてないからかもしれないが。

 でも、きっと。

 ここまで接してきて一切家族の話が出ないのだから、乱刃にとってはあまり話したいことではないんだろうな、とは、思っている。

 話したくないなら、やっぱり聞かない方がいいんだろう。


 朝食を終えて、いつもの時間に部屋を出る。

 今日も青空が眩しい。

 むっと立ち込める外気は、朝っぱらからすっかり夏の日差しに焼かれているからだ。


 こうなると、早く学校に行って涼みたいところだ。

 本格的な夏日が続く今日この頃、温度調整をしている学校の結界の温度が、少し低くなったのだ。なんでも日差しが強すぎて下げざるを得ないとかなんとか、事情があるらしいが。

 その事情に関係ない俺にとっては、敷地がクーラー付けっぱなしという状態に等しい。


「おい千歳、この輝きをどう思う?」

「輝いてるな」


 えー、鍵を掛けて……っと。

 いちいち外に出るたびにする鍵の施錠とか、すごく面倒なんだよな。島では開けっ放しで、鍵なんて掛けたこともなかったのに。

 この寮は管理人さんが防犯係としても務めているが、管理人さんも必ず寮にいるわけじゃないみたいだから、最低限の自衛はするよう言われている。

 乱刃から聞いたが、下着泥棒が出たりするらしいし。


「そうだろう? 輝きが違うだろう? これがトリートメントの力だ」

「そうか。よかったな」


 忘れ物はないよな? ――よし。

 一通りチェックして、外階段を下りる。


「すまんな。おまえを差し置いて、私は着実に都会の女に……そう、女子高生になりつつある。千歳と田舎者仲間でいられるのも今の内だけだろう」

「そうかもな」


 ――最近乱刃の口数が多くなった。

 基本的に自分から話をするような奴じゃなかったはずだ。

 用事がない限り、話しかけないといつまでも黙っているような奴だったはずだ。

 それがいいことなのか悪いことなのかはともかく、堅苦しかった雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がする。人としての付き合いの上で言うなら、俺としては歓迎してもいいのかもしれない。


 が、ちょっと話す内容が面倒臭いので、基本的には聞き流すことにしている。

 なんか俺にだけ自慢げなんだよな。

 なんなんだ。

 面倒臭い。


「おはようございます」

「行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」


 この時間、いつも通り家庭菜園に水を撒く管理人さんに挨拶して、俺たちは学校へ向かう。





「時に千歳」

「んー?」


 携帯にもすっかり慣れた。

 歩きながらメールチェックしつつ、乱刃の声を聞き流す。……本当はいけないらしいけど、まあ、勘弁して欲しい。教室だと、いや敷地まで行くだけでも、やたら内容を覗きに来る魔女が多いのだ。


「そろそろいいのではないか?」

「んー。……ん?」


 何気にアドレスを交換して変なメールが頻繁に届くようになってしまった亜希原タルト先輩の返事をするまでもないメールを削除しつつ、何かを問いたげに俺を見ている乱刃と視線を合わせる。


「何が?」


 乱刃はいつも通り、やや不機嫌そうな顔をしている。


「そろそろいいのではないか、と」

「だから、何がだ?」


 なんかあったっけ?


「おまえとなんだかんだあって、もう二ヶ月ほどが過ぎている」


 なんだかんだ?


「そろそろいいだろう」

「だから何がだよ。はっきり言え、はっきり」


 いつもは異常なくらいストレートなくせに、何を今更遠回しに……もう遠慮する仲でもないだろ。


「カレーライスだ」

「カレー?」

「うむ。そろそろあのカレーライスを今一度作ってもいいのではないか?」


 あのカレーライス……というと、初めて乱刃を部屋に招いた時に出した夕食メニューだ。

 そういえば、あれ以来カレーしてないな。


「でもおまえ、辛いの食えないだろ?」

「卵を落とせばいいではないか」

「じゃあ甘口か?」


 あれでも充分甘かったけど。


「いや。あのカレーがいい」


 そうか……あの和風カレーがいいのか。

 ……でもなぁ。


「あれは鰹節がいるんだよ」


 うちの島の奴を、とは言わないが。

 だが市販の小分けしたようなパックの物では、だいぶ味が劣る。

 実際、過去に作って確かめたことがあるから間違いない。


 シーフードの具材なんかは冷凍物でもまだいいが、根本に据えるべきダシは、どうしてもそれなりの物が必要だ。かつおのおダシを舐めるなよ。


「どの武士の親戚が必要なのだ?」

「武士の話じゃない」


 前にも言ったような武士を聞き流しつつ、ふと思う。


「そう言えば、あれはおまえが鰹節を受け取らなかったことから始まったんだよな」


 引越しの挨拶に持っていった鰹節を「よくわからない」とかなんとか生意気にして失礼なことを言ったことから始まったんだよな。


「とすると、もしかしたら、俺が渡した鰹節をそのまま持ってたりするかもしれないな」

「寮生の誰かが、か?」

「ああ」


 さすがに乱刃のように「よくわからない」ってことはないだろうが、しかしあれだけ硬い鰹節である。

 包丁で削ぐのも難しいし、専用の削り器なんて物を寮の部屋に持っている女子高生なんてほとんどいないだろう。

 調理方法がわからず結局冷蔵庫に眠らせている……という寮生がいてもおかしくないだろう。


 ……そう考えると、俺が鰹節を送ったのって、だいぶズレてる気がするな。

 島の特産品なんだけどな……





 乱刃が「では私が聞いて回ってみる」と言ったところで。


「こんにちは」

「ん?」


 その辺にいた九王院学園の……初等部の女の子が、俺と乱刃に声を掛けてきた。

 たぶん小学校の……四年生か五年生くらいか。

 もちろん知らない子だ。


 ――ちなみに九王院学園初等部は、俺たちが通う中・高・大学の校舎がある敷地とは別に存在している。まあ、そう遠くはないみたいだが。


「貴椿くんだよね?」

「う、うん……まあ」


 こんな小さい子に「くん」付けされた……いや、いいんだけどね。ちょっと違和感があっただけだし。


「はい、これ。渡すように頼まれたの」


 と、女の子が差し出したのは、一通の封筒――手紙である。


「じゃあね」


 「誰に頼まれた?」とか「これは何?」とか聞く間もなく、女の子はパタパタ走り去った。


 ……どうでもいいが、あの子はまだ男に対して飢えていないようだ。

 どうかそのまま大きくなってほしい。


「それは?」

「なんだろうな?」


 思わず受け取ってしまったが……

 真っ白い手紙で、宛名はない。どう見ても怪しい代物だ。

 裏を見れば、……おお!?


 初めて見た。赤いロウソクで封をしてあった。

 古風……というより時代が違う気がする。


 ロウに押された刻印は「W」かな?

 それ以外、目立ったものはない。空に透かして見ても何も見えない。


「開けた瞬間何かが飛び出すとかないよな……?」


 何せここは魔女の多い地である。次の瞬間に何が起こるかなんて想像もつかない。


「魔法的なものは感じないが」


 乱刃が言うなら間違いないだろう。

 実際俺も、触った感じでは魔法的な処理を加えらえれていないと断言できる。


 ――まあ、見るのが一番早いか。


 ここまで堂々と渡されたんだ、何かしらの罠という可能性は低いだろう。このまま放置してもいいのかもしれないが、中身を確認しないのも気持ち悪い。

 一応、手に中和領域を展開して、手紙の封を剥がした。





 中には手紙が一枚だけ。

 文章は簡潔で。


 とてもわかりやすい内容だった。





 ――「貴椿千歳様。貴方をヴァルプルギスの夜に招待いたします。   日々野冥」










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