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Witch World  作者: 南野海風
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88.魔女の穏やかな日々 十  




「さて」


 教科書から顔を上げ、福音寺先輩は私たちを見た。


「これでレベル2のスタンダードマジックは一通り教えたことになるけど、何か質問は?」


 特別選択科目――私が選択している「基礎魔女学」は、本日でレベル2までの基礎魔法講座が終了した。


 相変わらず、この教室には四人だけだ。

 やはり相変わらず面倒見の良い生徒会の三年生・福音寺ふくおんじ未来みらい先輩が講師を務め、魔女としてまだまだ新米の私と、私と似たりよったりの海堂かいどうナギさんと陣内じんない真可まかさんに、超がつくほど基本的な魔女の講義をしている。


 これでレベル2、か。

 レベル3までのスタンダードマジックがある程度使えたら、九王院学園の卒業資格である基礎魔法検定一級の合格ラインには到達するらしい。

 一応、私たちはスタンダードマジックではつまずくことなく、ここまで来ることができた。

 卒業が掛かってるだけに身構えていたものの、小学生でも取れる子は取れるともっぱらの噂なので、本当に習得自体は簡単なんだろう。


 習得自体は……か。

 でも、習得はできても、「いつ使うのか?」や「いざとなった時とっさに使えるのか?」という問題は付きまとうわけで。

 あの弁当争奪戦のせいか、ここ最近はそんなことを思い悩むことが多い。

 貴椿くんの弁当を勝ち取るには、やはり魔法を実戦レベルで使えるようにならないと、難しい気がする……





「せんせー」

「はい、陣内さん」


 ついつい意識が悩みに引っ張られるものの、今は大事な、それこそ地味に卒業が掛かった大事な講義中だ。陣内さんの声を聞き、私は改めて意識を先輩へと向けなおす。


「スタンダードマジックについてはだいたいわかったんですが、固有の素質に影響する魔法について教えてください」

「それは基礎魔女学の領分じゃないんだけど……まあ、少しだけね」


 福音寺先輩は苦笑し、聞かれたことを話し出す。

 固有の素質というと、私の「変化」とか、福音寺先輩の邪眼とか……言うなれば才能のことだ。魔女は必ず何かの魔法に特化している、というのが通例らしい。うちのクラスにも珍しい特化型がいるし。


「陣内さんは、風関係の魔法が得意だったわね?」

「はい」


 風を起こすとか、高レベル魔法になると風と同化して高速移動するとか、そんな感じになるらしい。


「皆も知っている通り、世界基準となっているスタンダードマジックでも、自分が得意な魔法を使用した場合は効果が変わるの。多くの場合が、想定以上の効果を生み出す。要するに基準スタンダードより高い効果と性能が期待できます」


 そうそう。

 同じ魔法、そして同じくらいの魔力消費量でも、使い手によって効果や性質が違うのは、多分に素質が影響しているからなんだそうだ。

 それを突き詰めると、魔力の伝達と魔法への変換能率が影響しているとかしてないとか言われている。まあ魔力に関してまだ解明されていないことも多いから、あくまでもその説が有力ってところだけど。


「陣内さんが聞きたいのは、いわゆるオリジナルの魔法のことよね?」

「そうでーす」


 オリジナルの魔法というのは、その自分の特化した才能を伸ばした形の魔法である。

 うちのクラスで言えば、やっぱり和流さんが代表格と言えるかもしれない。

 何せ「言葉がそのまま魔法になる」だからね。オリジナルも何もそのまんま、ってレベルだ。


「それはある程度魔法に慣れてくれば、自然とわかってくると思うわ。むしろ慣れない内は開発しないことを勧めたいわね」

「え? どうしてですか?」

「『こういう使い方をしたい』という希望と、その希望が素質に見合うかどうかが比例しないから。要するに、できない事・得意じゃない事を必死になって身に付けようとする、そんな無駄な努力に繋がることがよくあるから。

 悲しいけれど、魔女の世界は本気で、どこまでも才能勝負みたいな世界だから。たとえ1レベルの差でも越えられない壁になるから、努力で補える限界があるのよ」


 努力で補える限界……


「先輩の邪眼はどういう扱いなんですか?」


 ついでとばかりに海堂さんも挙手した。 


「ああ、そうね。これが一番わかりやすいわね」


 福音寺先輩は両目を伏せると、額に第三の目を開眼した。

 真紅に輝く邪悪な瞳が、ギョロギョロと動いて私たちを捉える。


 ……こ、こわぁ……何度見ても慣れないわ。これはもう軽いホラーだわ……引くわ……


魔眼(これ)が私の素質。よく言われるけど、邪眼じゃないからね」


 あれ?


「邪眼じゃないんですか?」


 ずっとそう思っていた私には、驚きの事実である。ちなみに邪眼関係の総称が魔眼である。


「よく言われるけど違うのよ。まあ邪眼全般が『身体に第三の目が開く。主に額に開く』だからね、誤解されても仕方ないと思うんだけど。

 邪眼自体は、習得は簡単なのよ。これについてはさっきのオリジナルの魔法に触れるから、今は知らなくていいわ。

 私の魔眼は、正確には『福視眼』。人の幸不幸を見抜くことができるんだけど……まあ、明確に喜怒哀楽がわかるって感じかしら」


 福、視、眼……そんなの初めて聞いたな。魔眼にも色々あるとは聞いていたけど……


「喜怒哀楽がわかる……って、そんなの役に立ちますか?」


 嫌味なようにも聞こえるが、海堂さんは素である。

 確かになんか、微妙な効果というか……正直言えば役に立たなそうな印象があるが。

 喜怒哀楽くらい見た目でも多少わかるし。顔に出る人も少なくないし。


「うーん……オフレコでお願いね。あんまり知られたくないから」


 ん?


「『福視眼』は、遠い意味で予知も含むのよ。漠然と『これからいいことがありそう』くらいなものだけどね」


 ……ん?


「あ、今『それも微妙じゃない?』って思った?」


 うわ、第三の目がこっち見た! 怖っ!


「すごく単純な話をすると、これから賭け事……競馬でもする人がいるとしよう」


 あ、わかった!


「大まかな指針にしかならないけどね。確実性もない。でも大まかな指針でもそれがあるとないとでは、だいぶ結果が違うみたいよ」


 ――ちなみに、少し前まで魔女の賭け事への参加は認められなかった。魔法でインチキし放題だからね。だが抗魔法アンチマジックの発展に伴って、法律上は緩和されてきているらしい。

 パチンコ屋や競馬場に大規模な結界を張って、結界内での魔法の使用を禁じるとか、そういう処置が取られているそうだ。もちろん予知や予言の介入も防ぐ、特殊な結界だ。

 まあ、魔女云々以前に未成年なので、高校生にはあまり関係ない話である。


「私の『福視眼』は、あくまでも幸不幸の流れがわかるだけだから。運気が上がってきてるとか下がってるとかね。だからこれから賭け事をするとかしないとか、そういうのは関係ないのよ」


 つまり……あれか。


「合法インチキ?」 

「確実じゃないから、そんなに便利じゃないけどね。占いと同じレベルだと考えていいくらい。でもそういう風に言う人もいるから、あんまり話したくないのよ」


 なるほどなぁ……

 魔女になった今ならわかるが、そこまで万能な魔法って、意外とないのだ。先輩が言っていることも嘘ではないんだろう。





 あ、そうだ。

 話の流れとしては、そこまで悪くないじゃないか。


「先輩ちょっといいですか?」

「はい、橘さん」


 いや第三の目で見るなよ! それもういいから! 怖いから!


「私も魔眼使えますよ」

「あら」「「えっ」」


 先輩はともかく、海堂さんと陣内さんの驚きっぷりはなかなかだ。

 論より証拠とばかりに、私は前髪を上げて「額に第三の目」を開いてみせた。


「うわっ、すごい!」

「しかも瞳の中にハートマークが!」


 瞳の中にリングやハートマークを浮かべる例のアレは、キャッチライトという。普通なら専用ライトを使うのだが、私には必要ない。


「へえ……橘さんの魔法は面白いね」


 さすがに先輩には一目でわかったようだ。だが面白いらしく、興味ありげに教壇に身を乗り出す。……いいから第三の目を閉じてくれ。そんな怖い目で見ないでよ……


「そっか。橘さんの『変化』は、そっち寄りなのね」

「そうみたいです」


 この「額の目」は、幻である。魔眼のような特殊能力なんてあるわけない、ただの飾りだ。

 ただ、見たものを再現するのが普通に面白くなってきて、弁当争奪戦開始からずっと色々なものを幻で作り出している。


 己の身体に幻を作るなら魔力が続く限り、遠隔なら二、三分の維持が限界だ。でもそれも慣れるほどに維持できる時間が長くなってきているようだ。

 だから、たぶん私には向いているんだろう。


 幻術……幻を作り見せる魔法は、幻影に加えて匂いや音も付加して対象へのリラクゼーション効果を促し「騙す可能性を上げている」らしいが。

 私は幻術なんて学んだことはない、あくまでもオリジナルの、見せかけだけの魔法だ。魔法に精通している人には一発でバレるようなチープなものである。


「で、これを少し発展させてみたいんですが、何か良い案ありますか?」


 もう一人で思いつく限りのことはやってしまった気がする。

 しょせん幻は幻。

 これだけじゃ男の手料理には届かない気がするのだ。


「良い案、と言われても……橘さんが現段階でどこまでできるかがわからないと」


 あ、確かにそうか。


「こんなこととかできますよ」


 パチンと指を鳴らすと、海堂さんが「うわあああっ」と良いリアクションを上げた。


「ど、どうした? ど……うおおおおおっ!?」


 陣内さんは異変に気づいたらしく、ポケットの鏡で己を確認し、なんとも男らしい声を上げた。


 そう、今陣内さんは、アフロだ。正確にはアフロに見えている。


「す、すげえ巨大アフロ……写メ撮っていい!?」

「うそ、撮るの!? ちょっと待っ……あれ!? サタデーナイトフィーバーってこんなポーズだっけ!?」

「机の上に上がらないの」





 正直、もう話どころじゃなくなった。

 調子に乗ってアフロなんてするんじゃなかった。


 ……結局私も一緒になって、ヘアスタイル変えたり服を変えたりして遊んだし。










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