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Witch World  作者: 南野海風
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81.貴椿千歳、さすがに疲れる






「ちょ、待てっ――」


 まさに乱刃という速度だった。

 止める声さえ間に合わないほど、音もなく迅速な攻撃態勢への移行と、淀みない攻撃の開始。


 小さくも重すぎる拳は、後ろを向いたままの火周へと、迷うことなく放たれた。


  ゴッ!!


 ものすごい音がした。


 後頭部を殴られた火周の上半身が、勢いよく前に倒れるのと同時に。

 攻撃を仕掛けたはずの乱刃は、開けっ放しのままのドアを転がり、二階通路の手すりまで吹き飛ばされた。


「……いったぁ……攻撃速度速すぎ……!」


 ものすごい音がした後頭部をさすりながら、火周は礼をしたような形だった上半身を上げる。その顔は不機嫌そうだ……というか痛そうだ。いや痛そうじゃなくて、痛いだろう。あの音は。間違いなく。


「おまえ今……」

「これ便利ね。……でも攻撃が速すぎると軽減できなくない?」


 ――今、火周がやったのは、さっきの俺のアレと同じ原理だろう。


 俺がやったのは、体内に中和領域を仕込んでおいて、触れた魔法を弱体化させてダメージを軽減する、ぎりぎりの危機回避技。

 それで火周の魔法(とも呼べない原始的な魔力での攻撃)の威力を軽くした。


 そして火周が今行ったことは、「触れたら衝撃が出る魔法を体内に仕込んでおいた」だろう。事実上の絶対的カウンター魔法だ。

 誤算は、乱刃の攻撃速度だな。

 単純に、魔法の発動で吹き飛ぶより、拳が後頭部をはじく方が速かったのだ。多少は軽減できたはずだが、ダメージの通過が大きそうだ。いや、大きいだろう。あの音は。間違いない。


「電気だ」

「ん?」

「カウンター狙うなら、衝撃波じゃなくて電気を使え。そっちの方が確実だ」


 いわゆるスタンガン的なことになる。衝撃波でもなんでも、発動から着弾まで、ほんのわずかながら効果を発揮するまで時間が掛かる。

 攻撃に対するカウンターとして使用するなら、たとえ瞬き一回分程度の時間のロスでも、「効果に時間が掛かる」のは無視できない要素だ。

 現に、火周は充分なダメージを受けているわけだしな。もし刃物相手だったら「薄皮一枚」が「致命傷」になりかねない。


 ただし、電気は違う。

 触れた先から瞬時に効果が現れる。

 あれは非常に厄介だ。


「電気か。なるほど」


 それに、ワット数さえ気をつければ、逆に電気での攻撃の方が安全だ。

 「吹き飛ばす」系は、吹き飛ばされている最中や吹き飛ばされた先で、追加の怪我を負う可能性がある。

 極端に言えば、吹き飛ばした先が道路だったら、車に轢かれるかもしれない。今だって手すりがなければ乱刃は二階から落ちていただろう。


「でも電気って制御が難しいんだよ」

「そうなのか?」


 俺のこの辺の諸々は、婆ちゃん仕込みだ。

 体内に仕込んでおくという裏技も「魔法を回避できないから代案として編み出した」というのが真相だし。


 そもそもの発端を言うなら、「婆ちゃんに触れたら電気が走る」という理不尽な防御を掻い潜るために編み出した。

 婆ちゃんに触れる面だけ自身の皮膚に中和領域を展開する、という使い方から、応用で防御にも使用し始めた。

 今や半端な部分的防御ではなく、やる時は全身に張り巡らせるようにしている。


 婆ちゃんは「なんてことはない」って顔で平然とやっていたからそういうものだと思っていたが、確かに婆ちゃん以外の魔女が電気系の魔法を使うところって見たことがない。

 火周の言う通り、難しいからかもしれない。


「電力最大でいいなら簡単だけど、焦がさないように電力抑えるのは難しいかな」

「すまん。電気はやめよう」


 言った先に撤回するのもアレだが、制御できないのに使用するのは危険すぎる。火周のように文字通り有り余る魔力の持ち主は特に危ない。即死してしまう。


「乱刃も、ちょっと座れ。落ち着いて話をしよう」


 と、俺はすぐそこまで戻ってきていて、更に攻撃を加えようとしていた乱刃に声を掛けた。





「どういうことだ」


 とりあえず、いつもは管理人さんが座る場所に座らせると、乱刃は不承不承という顔をしたまま俺を見た。

 いきなり殴られた被害者であるところの火周も、面白そうな顔で乱刃を見ていた。


「そりゃ俺のセリフだよ。下着泥棒ってなんだよ」


 とんだ言いがかりだとしか思えない。

 というか、乱刃のことだから勘違いしているに違いないとさえ思える。

 乱刃は基本的には温厚だ。理由もなく誰かを殴るなんてありえない。

 あそこまで躊躇なく攻撃できることからして、何かしらの確信は持っているとは思うが。


「橘に言われたのだ。この辺で下着泥棒が出る、千歳の部屋に上がり込んだ魔女は下着泥棒の可能性があるからそれとなく千歳のパンツを守ってくれ、と」


 なんか……すごく色々ツッコミを入れたい主張である。

 特に俺自身じゃなくて俺のパンツを守れ、って辺り。


 が、まず確かめよう。


「火周、下着泥棒ってなんだ?」

「ちょくちょく出るらしいって話は聞いたことあるよ。主に男子寮に出没して、男子の下着を盗んで代わりにお金置いていくんだって」


 な、なんだそれ。本当に出るのかよ。


「下着なんて盗んでどうするんだ?」

「ちーちゃんは知らなくていい世界だよ」


 ……都会って。魔女って。魔女の世界って。

 もう不可解なことが多すぎるだろ。


「頭にかぶったりするらしい」

「言うなよ。せっかく隠したのに」


 火周が思わずツッコミを入れるくらいに、乱刃はさらっと俺が知らなくていい世界の話を漏らした。……たぶんこいつも俺と同じく「パンツなんて盗んでどうする」と思ったクチなのだろう。


「それより、これは誰だ? 本当に下着泥棒ではないのか?」

「違う……はずだけど」

「はず!? はずってなに!?」


 俺がきっちり火周下着泥棒犯説を否定しなかったことが、本人的にはショックだったらしい。


「だって今日会ったばかりだろ。諸々はわかったけど、その他は知らないことばっかだ」


 そう、北乃宮の姉っていうのはことはわかったが、それイコール下着泥棒ではない、にはならないだろう。

 北乃宮の姉であり下着泥棒でもある、という可能性は否定できないはずだ。


 まあ、個人的にはないとは思うが。

 でもそれは根拠がない、ただの俺の個人的な見解でしかない。


「本当か? 今は持っていなくとも、部屋に男の下着がいっぱいあるのではないか? 抜き打ちで調べられて不都合はないか? 風紀委員に告げ口してもいいんだな?」


 ずいっと迫る乱刃に、火周は言った。


「あるわけない……あ」


 あるらしい。

 いやわかる。

 たぶん北乃宮おとうとの下着だろう。

 聞いている雰囲気では火周と北乃宮の仲は良さそうだし、休日なんかは北乃宮が火周の寮に泊まることもあるんじゃなかろうか。

 事実として血の繋がりがあるなら、管理人や教師も大目に見てくれそうだ。


 だって男子寮・女子寮という括りで異性は許可されないが、同性なら申請して許可が下りれば家族が泊まってもいいという決まりもあるそうだから。

 たぶん火周の寮部屋は女子寮ではなく、ここみたいな男女共同なのだろう。


「あるのか!? あるんだな!?」


 だが、北乃宮と姉弟という秘密は話せないことなので、こんな時は返答に困るところだろう。

 半信半疑だった乱刃が、口ごもった火周に更に詰め寄った。


「なんと破廉恥な女だ! おまえのような女がいるから男が怯えるのだ! 恥知らずめ!」


 ら、乱刃さん……!


 立場が弱い男の擁護をするような凛々しい発言に、不覚にも胸が高鳴った。乱刃のくせに……今日はドーナツおごってやる!


「いやあるにはあるんだけど、盗んだやつじゃないから!」

「では自分で買ったのか? どちらにしても破廉恥ではないか!」

「ち、違っ……!」

「夜な夜な頭にかぶってるのだろう!? ヘンタイめ! ナイトキャップ扱いか!? 男のパンツはおまえのナイトキャップか!? せいぜいいい夢でも見られるのだろうな!」


 いかん。火周が完全に泥沼にハマッてやがる。

 というか乱刃が「ナイトキャップ」ってものを知っていたことにも地味に驚いた。


「落ち着け乱刃」


 迫る乱刃。

 逃げる火周。

 もはやのしかかるようにして責め立てていた、男たちの小さな英雄・乱刃戒をいったん止める。


「火周の家には恋人が泊まりに来ることがあるんだよ」


 ぎょっとした顔で振り返った。

 乱刃も。火周も。


 いや、間違ってないだろ。


 火周廻は北乃宮匠に付きまとう高レベル魔女で、嫌がる北乃宮匠を強引に家に泊めることもある。

 二人の詳しい関係を知らない俺が「二人は付き合っている」と誤解していてもおかしくないし、北乃宮匠に付きまとう火周廻が「付き合っている」と嘘の噂を流すこともそこまで不思議じゃない。


 真実を知らなければ、俺はこのように誤解していていいはずだ。

 たぶん俺と同じように誤解している女子も多いだろう。


 「真実を知らないことにした」俺に対し、一瞬驚いた顔を見せた火周だが、察してくれたようだ。


「ど、どうあがいても破廉恥ではないか!」


 だから余裕の顔をして、のしかからんばかりに迫っていた乱刃を押し戻した。


「――悪い? 男にモテるのが悪いことかしら?」


 うちのクラスメイトに聞かせたら発狂しそうなセリフで、火周は乱刃を制した。





 ……ああ、今日はもう疲れた。驚きが多すぎだ。



 







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