79.貴椿千歳、四度目の衝撃を受ける
うーん……
とりあえず……お茶くらいは出すべきなんだろうか……
でも、歓迎は絶対してないしな……出すまでもないと言うか、早く帰って欲しいというのが偽らざる俺の本音だ。
しかし、ここで茶の一杯も出せない男なんて、狭量だと思う。
島でも「ケチな男にはなるな」と再三言われて育ってきた。お金に細かいとかそういうケチではなく、やるべき時にやらない心の小さな男にはなるな、って意味だ。
台所で思案する俺は、チラッと振り返る。
そこには、黒いオーラを撒き散らす魔女の背中がある。しかも正座である。
くそ。
一応客で来ているし、客にお茶も出せない男になるのも嫌だ。
「コーヒー、インスタントでいいか?」
妥協案で手を打った。
お茶は出すが、今や管理人さん専用になっているレギュラーは出さない。ドリップなんてしてやらない。
「ああ、お構いなく」
魔女もチラッと肩越しに振り返った。前髪が邪魔で表情は読み取れない。
「コーヒーはレギュラーしか飲まないから」
……くそっ。
煎れてやるよ! レギュラーを!
「どうぞ」
興味深そうに切り株テーブルを撫でていた魔女――火周廻の前に、マグカップを置く。
ついでに自分の分も淹れたので、自分専用のカップを持って正面に座った。
火周は揺れる琥珀色の液体をじーっと見て、ぽつりと言った。
「安物だね?」
「文句あるなら飲まないでいい」
「お砂糖とミルクは?」
「ない」
俺はブラックでいいし、管理人さんもブラック派だ。乱刃は飲めない。つまりそれらはうちに必要ないのだ。
「備えとかないと駄目だよ。こうして急なお客さんが来ることもあるんだから」
「説教しに来たのか?」
睨みつける俺など気にも止めていないのか、火周はカップを口に運んだ。
「うん、案外悪くない」
……おい。
「北乃宮の話をするから部屋に入れろ。そう言ったよな?」
だから俺は火周を部屋に上げたのだ。
何度携帯に電話しても北乃宮は出ないし、とにかく今はあいつの安否が気になる。
北乃宮を連れて行った相手が目の前にいる上、こいつが今北乃宮が何をしているかを、知らないはずがない。
今最優先で知る必要があるのは、北乃宮のことだけだ。
だから自分の敵意を押し殺してでも、火周から情報を聞き出すことを優先した。
「そんなに匠が心配?」
「無理やり口割らせるぞ」
正直、あまり勝てる気はしない。
だが対魔女戦は婆ちゃんに鍛えられたのだ、そう簡単に負けるつもりもない。
何より、環境が環境なら、戦って勝つ必要もないしな。
大事にして警察機関を介入させればいい。
魔法を使用して誰かに怪我を負わせた場合、魔女の立場は非常に悪くなる。法は魔女に厳しいのだ。
「大事なことなのよ。世間話でもないし、茶化しているわけでもない。匠が大事なのかどうなのかをちゃんと確かめたいわけ」
めんどくせーな……
「友達だよ。おまえの言う大事がなんなのかよくわからんが、友達だと思ってる」
まあ、北乃宮は俺をどう思っているか知らないが。
「そう。友達。……友達か。――で?」
「で?」
「匠は私のお気に入りで、今後も関わり続ける。それでも匠の友達やっていく気、ある?」
「なんでおまえに遠慮する必要があるんだよ」
つかおまえが遠慮しろよ。
あたりまえのように「今後も関わり続ける」とか言いやがって。腹立つな。
「なるほど。だったらいいわ」
「何がだよ。それより北乃宮の話をしろよ」
「え? 私はしてるつもりだけど?」
「は?」
いや、言ってる意味がわからない。
「このままじゃ話がしづらいから、とりあえず最初に言っとくね」
わからないままの俺に、火周は衝撃の一言を告げた。
「――私、北乃宮匠の姉なのよ。実姉ね。血が繋がってるの」
……えっ?
とりあえず、気を落ち着かせるためにコーヒーをすすった。
苦い。
だがこの苦味が、混乱している頭をすっきりさせる。
「あ……姉?」
恐る恐る問うと、奴はなんてことはないという態度で「うん。姉」と頷く。
「顔とか結構似てるって言われるんだけど」
ほれ、と、火周は顔半分を覆う前髪を上げて、ちゃんと顔を出した。
……確かに、目元とかちょっと似てるかも。顔色は悪いが。
「で、でも、北乃宮に姉がいるなんて聞いてないぞ」
兄弟はいるか、みたいな世間話はした。あいつは「いない」って言ってたはずだ。
「戸籍上はいないからね。私は北乃宮の家を追い出されたんだ」
…………え?
「もしかして、北乃宮の家系に魔女は入れないってアレが……」
「そう、それ。その家訓に従って、魔女として覚醒した私は北乃宮家にいられなくなったってわけ。『火周』は養子に入った親戚の家の苗字」
「これでも北乃宮の歴史上で一番優秀な騎士になるだろう、って言われてたんだけどね」と、特になんの感情も込めずにこぼした。
そうか……
北乃宮は代々騎士の家系だって言っていたから、火周も覚醒するまでは騎士として鍛えていたんだろう。
道理で戦い慣れているはずだ。
俺を数手で仕留めた立ち回りは、見事だった。
少ない手数、少ない魔力量、そして殺傷能力は低いという様々な余裕と、火力で強引に押せるだけの魔力量があるのに、それにそぐわないテクニックを感じさせるあの立ち回り。
あれは魔女としてのものではなく、かつて学んでいた北乃宮の体術の賜物か。
ということは、本気出したらもっともっと強いわけか。……都会はシャレにならない奴が多いな。
「じゃあ、北乃宮は今……?」
「私の寮の部屋にいるよ。晩御飯とか作ってるはず」
――この顔色の悪さである。
火周は基本的に普段ろくなものを食べておらず、さすがにやばいと思ったら、頼れる弟に食事を用意させるそうだ。
「お金はあるんだけどねぇ。食事が面倒でねぇ。食も細いからあんまり食べられないしさぁ」
納得の細さである。食えよ……
「一応、家の決まりだからね。私と匠の関係は、周囲に姉弟とバレたらいけない。だから世間的にはあんな風に、一方的に私が絡むようにしてるわけ。それに、こんな姉でも虫除けくらいにはなるしね」
……そうか。なかなか衝撃的な話だったな……




