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Witch World  作者: 南野海風
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78.貴椿千歳、三度衝撃が走る




 ヴァルプルギス。

 北乃宮とあの魔女が去り、俺を押さえつけていた風間も無言で第一魔法実験室から出て行った。


 乱入してきた危険人物の退室に、明らかにほっとした顔になった笹峠と万代先輩は、さっきの魔女――火周ひまわりめぐると、「ヴァルプルギス」という高レベル魔女の集団の話をしてくれた。


 色々と釈然としないままで少々気が立っている俺だが、それでも正直ぞっとする話だった。

 あのレベルの魔女が集団でいるとか、どんな冗談だ。

 さすが都会、人が多いだけに規格外も多い。


 それより気になるのは、北乃宮の安否だ。

 あの流れからして、どう考えても俺を庇って火周を連れて行ったとしか思えない。同じ理由で、風間も俺と火周がこれ以上関わらないよう、俺を抑えたのだろう。


 ――本音を言えば、二人の行動は全然嬉しくない。


 身代わりのように俺を庇った北乃宮も、俺の意思を無視して俺を止めた風間も、どっちも釈然としない。

 気を遣ってくれたのはありがたいと思うし、そこは嬉しいとも思うが。

 それでも、特に俺を庇うようにして火周を連れて行った北乃宮は、ちょっと許せない。


 今、火周が北乃宮に、何をしているか。


 そんなことを考えたら、庇われた俺が、心穏やかでいられるわけがないだろ。どうしたらいいんだよ。


「いや、そこまでひどいことはされないと思うよ」


 きっと微妙な顔をしているのだろう俺に、万代先輩はフォローを入れる。


「詳しくは知らないけど、北乃宮くんが高等部に入る前からの知り合いで、ほとんど幼馴染同然の関係だって話だから。火周さんが無理に付きまとってるっていうのとも、ちょっと違うみたいだし」


 全然親しそうには見えなかったが……いやしかし、確かに火周の北乃宮を見る目には、邪なものを感じなかった。

 まあ、ひどい目に遭っていないというのなら、まだ救いがあるが。


 どちらにせよ、北乃宮からの連絡を待つ以外、今は何もできないかもしれない。

 一瞬、今すぐ風紀委員に告げ口しに行こうかとも考えたが――


「大事にしない方がいい。前も似たようなことがあって、北乃宮自身が『また同じことがあると思うが、自分たちの関係に関わらないでくれ』って説明された」


 という笹峠の語る前例で断念した。


「心配だ……」


 ここでのんびり話をしている場合じゃない気がする。

 やっぱり風紀委員に駆け込んだ方がいいんじゃないだろうか。

 でも北乃宮自身がするなって言うなら、それこそありがた迷惑のお節介だしな……


「今まさにボタンを引きちぎらんばかりに力ずくで服を剥ぎ取とられた北乃宮が、絹を裂くような悲鳴を上げているかもしれない……」


 そう考えると、北乃宮に守られた俺が平和に過ごしていていいはずがないし……


「え、何その萌え……ごほんごほんえふんっ! あ、なんか咳が出る時に心にもないこと口走っちゃった! ごふん!」


 激しく咳き込む万代先輩を見る俺と笹峠の目は、相当冷たかったに違いない。


 ――とにかく、今は連絡を待つことしかできそうにない。





 北乃宮が心配だ。

 その一念が強すぎて、どうしても集中できない。


 北乃宮と魔女、ついでに風間が出て行ってしばし、紫先生がやってきた。

 今日は心境的に訓練にならないので、入れ替わるようにして、俺は第一魔法実験室を出た。


 もう帰ることにした。

 今の俺は、居ても邪魔になるだけだ。


「はあ……」


 溜息をつきながら靴を履き替え、校舎を出る。

 校舎から校門までの長い長い道のりを、俯きながら歩く。


 考えることは、先の一事ばかりだ。


 もし火周への対処を正しく取れていたら――

 もし不要に張ったシールドのミスを犯していなければ――

 もし風間の押さえ込みを回避できていたら――


 もし、俺にちゃんとした実力があって、火周を封殺できていたら――


 どれかがどうにかなっていたら、北乃宮が俺を庇うようなこともなかったに違いない。


 ……というか、自分でもちょっと驚いている。


 北乃宮の存在は、俺の中では、想像以上に大きかったらしい。

 クラスで唯一無二の同性だし、唯一の味方だとも思っているし。

 何より、北乃宮は基本的に物事全般にドライだから、俺のことををどう思っているかも分かり兼ねていた。まあ向こうがどう思おうと、俺はあまり気にしていなかったが。

 今回の件で、少しだけ俺に対する気持ちが見えた気がする。


 でも皮肉なもので。

 こんな時でもなければ、俺が抱く気持ちも違っていただろう。


 今はただただ、俺を庇った北乃宮の気持ちが、そのまま俺の心労になっている。


 校門を潜ったところで、温風のように感じられる外気が頬を撫でた。

 温度管理と維持をしている結界を抜けたのだ。


「……」


 一度だけ高等部の校舎を振り返り、俺はとぼとぼと帰途についた。

 今は、暑さなんて気にならなかった。





 寮に戻り、鞄を投げ出し、着替える気力もなく座り込む。

 何もする気になれない。


 耳に痛い沈黙に包まれたまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。


 ――ピンポーン。


 インターホンが鳴った。

 この部屋への来客を告げる音だが、俺には遠くの誰かを呼ぶ音に聞こえた。


 ……さすがに無視するわけにも行かない。

 俺は「動きたくない」という身体に鞭打って、のっそり立ち上がり、玄関へ向かった。


 無言のまま、鍵をかけていなかったドアを開け――衝撃が走った。





「こんにちは」


 色々な意味で再び会いたかった、さっき色々と因縁が生まれた、問題の人物。


 不吉に思える黒いオーラを撒き散らす、顔色の悪い高レベル魔女――火周廻が、そこにいた。











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