77.貴椿千歳、更なる衝撃が走る
「……なんだ男か」
魔女は俺を見ながらつまらなそうに呟くと、ニヤニヤ笑いを消した。
「ならいいや。……匠、遊びに行こうよ」
再びこちらへやってきて、手を差し出す。
枯れ枝のような手に黒いオーラが相まって、まるで冥界に誘う死神の手のようだ。
――だが念のために言うが、魔力の可視化はあくまでも「見えるだけ」である。思いっきり黒いオーラが出ているが、どんなに見た目が禍々しくても別に害があるのものではない。
……それがわかっていても、なんとなく躊躇してしまう手ではあるが。
「もう一度言いますけど、取り込み中なんです」
しかしさすが北乃宮、それでも平気な都会っ子だ!
「――ふうん?」
にたり。また魔女が笑った。
「私よりちーちゃんと遊ぶ方が楽しいって意味?」
あれ?
「そうですね。男同士の話もできますし、あまり気を遣わなくていいので楽ではありますね」
「そうなんだ。ふうん。そうなんだ」
……あれ?
なんか……魔女が、北乃宮ではなく、俺を見てるんですけど……?
「そうねえ……ふふ……男から男を取り上げるのも面白いかしらねえ……」
いやおい待て!
ツッコミどころが、ツッコミどころが多すぎっ……だがそれどころじゃない!
急激に膨れ上がった魔力に反応し、俺は魔女との間に『シールド』を展開した。もはや条件反射である。
ドン!
「ぐっ!?」
それは正面からではなく、背後からの衝撃だった。
食らったのは、恐らくただの空気弾。
魔力をそのまま放ってぶつけるような、殺傷能力も低ければ威力も低い、技術もへったくれもない原始的な魔女の攻撃方法。速さと扱いやすさだけが売りの、魔法とも言い難いものだ。
遠隔操作は、少し使える魔女なら、誰でもできる。
俺の背後に空気弾を発生させ、背後からぶつけただけだ。
押されるようにして、強制的に前に――魔女に歩み出る。展開した『シールド』有効範囲を、自分から逸脱した形になる。
否、自分から『シールド』の前に出た形になる。
「おやすみ」
魔女は、無防備になった獲物に、三日月を描くように笑った。
直。
振り上げられた左手には、吹き出すオーラを集めたような黒い魔力が集まっている。――やはり空気弾のようなものだ。
一度『シールド』を張ったら、張り直すのにタイムラグがある。消して新たに展開するのに1秒も掛からない。
だがこの状況では間に合わない。
ならば――
腕を上げる。
狙いは頭……というか顔面だ。
再び衝撃が走り、腕が軋む。
魔女が左手に収束した重い重い魔力による一撃は、シンプルな腕のガードの上に、構わず叩き込まれた。
意識して直接触れて、確実にわかったことがある。
さっきのような不意打ちでは無理だが、今度ははっきりとわかった。
(婆ちゃんより魔力量多いのか!?)
驚愕しながら吹き飛ばされ、俺は強かに、壁に叩きつけられた。
……あーびっくりした。
「匠。遊びに行こう」
……ったくよー。
「おい」
床に倒れたままだが、俺にしては険のある声が出た。
声を掛けたら、不思議そうに魔女が俺を見た。
「いきなり何しやがる」
さっきの二連でわかった。
この魔女は、実戦慣れしている。
簡単な話だが、攻撃魔法が使える=強い、とはならない。
その攻撃魔法を当てるためのテクニックや立ち回りというものが必要になる。正面からバカ正直に魔法を放つような魔女は、まず実戦慣れしてない。レベルの高い魔女でも強力な魔法で一撃で終わり、というのも結構少ない。
強力な魔法は、突発的に放つのが難しいからだ。使用に時間が掛かるなら、相手――つまり俺だって相応の対策を取れる。
あの至近距離で、魔女が急に戦闘態勢に入ったせいで、反射的に『シールド』を張ってしまった俺のミスはある。
が、それでも、それをすることを見越していたかのように背後からの攻撃を行い、確実に入る本命の一撃を用意していた。
少ない魔力量と、最小限の魔法だけで、俺を仕留めようとした。
そのやり方は、高レベル魔女の戦い方ではなく、戦うことに慣れている魔女の戦い方だ。
だが、生憎である。
俺は戦い慣れもしていれば、やられ慣れもしているのだ!
どんだけ婆ちゃんにやられてきたと思ってやがる! こんなもんでダメージなんか受けるかよ! 受身も取ったしな! ……ちょっと痛いくらいだ!
「あら」
魔女はかすかに目を見開くと、まじまじと自分の左手を見た。
「……触った気はしたけれど、本当に触っていたのね」
中和領域だろう。
そう、俺はガードと同時に中和領域を発生させ、直撃のダメージを和らげた。
……それでも全て払えない魔力量に愕然としたけどな。
魔女の言う「触れた気がする」は正しい。
正解は「展開はしていないから」だ。
薄皮一枚下に、体内に魔力を払う中和領域を張り巡らせるのだ。
大抵の低レベル魔法なら、当たった瞬間に無力化できる。
そして表には出ない分だけ、魔女には発覚しづらい。……まあ使用者としては、魔法と接触を許している時点で緊急処置以外の何者でもないのだが。やはり理想としては、魔力を通さない『シールド』での対応が好ましい。
「ケンカ売ったのおまえだからな。後悔するなよ」
さすがにちょっとムカついたからな。
俺は不意打ちかましてくれた魔女に一歩踏み出した。
そして次の瞬間には倒れていた。
「えっ」
何が起こった?
いや、なんとなくわかる、が……
俺の上半身を床に押し付けるように拘束しているのは、今まで傍観していた風間だった。
恐らく、ものすごく鋭かったのだろう足払いを食らって、俺は倒されたのだ。正直足払いされた感覚さえないのだが。
「か、風間……?」
肩越しに見上げると、無表情で俺を見下ろす風間がいた。……内気が出たのか目を逸らした。
外せない。
体重も使って、というか俺に乗って、完璧にホールドしている。
やはり風間も騎士としての鍛錬を積んでいるのだろう。
「……行きましょう」
俺を見下ろしている魔女の手を、北乃宮が取った。
「お、おい、きたの――」
ぐり、と風間に頭を抑えられ、俺の顎は強制的に閉じさせられた。
「お友達はいいの?」
「あとで電話しますから。――貴椿、悪いが今日はここまでだ」
北乃宮と魔女が去るまで、俺は言葉を発することも、立ち上がることも、許されなかった。
2年生、火周廻。
それがあの魔女の名前で、初対面はこんな感じで。
――そして後に、俺は更なる衝撃を受けることになる。




