75.貴椿千歳、『ヴァルプルギス』と会う
総合騎士道部に通い出して、二週間が過ぎた。
6月も半ばを過ぎ、日差しはすっかり強くなった。
普通校なら衣替えも済んでいる頃なのだが、この九王院学園内は結界のおかげで、外と気温差ができている。簡単に言えば学園の敷地内全てにクーラーの恩恵がある、という感じになっている。
体感では、学園内は26度くらいかな……半袖じゃ寒いくらいだ。
なんでも、錬金・調合の研究に使用される薬草・触媒を維持するための温度管理で、特にそれらの栽培にも活用されている『魔法の森』の適正温度に併せているらしい。
日差しも、敷地内なら、そこまで強くは感じられないのだ。
まあ、敷地を出たらやはり日本の夏を実感してしまうので、速攻でブレザーを脱ぐはめになるのだが。
今日も、総合騎士道部の部室――ではなく、第一魔法実験室に集う俺たち。
『魔除け』の技術を習い始めて、まず驚いたのは多様性である。
魔法・魔力が今だに解明されていない理由は、それがあまりにも多岐に渡るからだ。魔力の質が似て異なるというか、同じ魔女同士でも、同じ魔力持ちでも、まったくその性質が違ったりするらしい。
もし「魔力」という未知のエネルギーが解明されれば、法則性が見えない覚醒の条件などを調べることができるようになるかもしれない、とかなんとか言われている。
そんな魔力に対抗するための『魔除け』は、俺が知る以上に沢山の種類が存在していた。
つまりなんというか、こういうことだ。
「北乃宮すげえ」
ここ二週間で何回言っただろうか。
とにかく北乃宮がすごいのだ。
代々騎士の家系と言うだけあって、幼少から騎士としてのスパルタ教育を受けていたらしい。
当然のように『魔除け』の技術を駆使し、自衛のための護身術も身に付け、状況判断力に優れているというか、とにかく頭もいい。インテリだ。
心技体。
騎士に必要な、何者にも屈しない強い精神。磨き抜いた技術。そして健全にして健康頑健な肉体。
……何気に北乃宮には全部負けてるんだよなぁ。運動も勉強もできるから。
伊達にヘルメットみたいな頭してないってことだ。できる奴ってのは髪型からして違うんだな。
「別にすごくない。物心つく前からやっているんだ、できない方が問題だろう」
うわ、涼しげな顔して平然と言いやがった……都会の男子っぽくてかっこいいな!
知ってるぞ、そういうのが「サイコーにゴキゲンCooooool!」って言うんだろ!? 俺知ってるんだぜ!
今北乃宮は、立方体の魔除け「密閉型魔法遮断方陣」、通称『結界』という、箱状に展開する『魔除け』を作り出し、それを維持するという高等技術を見せている。
これは、極端に言えば『シールドで箱型に六面を囲い、その中は中和領域で満たす』という、基礎二種を混合して使用したものだ。
しかも北乃宮は、その高い技術力のせいか、普通は可視化できるようなものじゃない『魔除け』がうっすら肉眼で確認できるという完成度で展開する。
実際に見えるのだ。そこに。
抱えられる程度の大きさのダンボールを思わせる、半透明の正六面体が。
――総合騎士道部は、総合と名が付くだけあって活動が一定ではない。
その上、皆同じ活動をすることも滅多にない。
魔女育成校なだけに、騎士志望の生徒はやはり少なく、それを更に三分割して放課後を過ごす。
俺と北乃宮が、魔法実験室で毎日のように挑んでいるのが「技術向上組」。
『魔除け』の技術を練習するためのチームで、主に騎士認定試験用の技を身につけるためのチーム、らしい。言わば実技対策チームだ。
俺と北乃宮を含めてだいたい五人くらいが常連になっている。たまに新しく入ったりする同じ部員もいるが、今日も常連五人体制だ。
俺と北乃宮と風間と、あと同じ1年男子の笹峠仁と、2年女子の万代千絵先輩の五人。
そしていつも通り、もうすぐ紫先生も顔を出すはずだ。
実技を練習するだけに、魔女の存在は不可欠なのだ。
ほかには「基礎体力向上組」と「筆記試験対策組」がある。
基礎体力向上組は、体術関係の訓練だ。
体力作りの走り込みや柔軟体操から始まるそうだが、実は「騎士」と名が付くだけあって、レベル3以降の試験からは何らかの「戦う技術」も試験対象に加わるそうだ。北乃宮で言うなら、奴は騎士の家系なので小さい頃から剣術、合気道、柔道などを複合した家に伝わる格闘技を叩き込まれたらしい。
ちなみに三動王は、これの試験管兼教員役として、そっちの方で重宝されている。部内ではやはり滅法強いんだとか。
「筆記試験対策組」は、簡単に言えば座学だ。
こちらは騎士関係の事務職志望者のチームで、魔力の研究から魔法の対処法の模索、あらゆる魔女に対抗する情報を処理する能力を磨くことになる。
俺も一度だけ参加してみたことがあるが、騎士というよりは研究者の集まりと言いたくなるような独特の雰囲気があった。
これら三つのチームに、自主的に別れて各々訓練を積むのだ。
「やり方は憶えたか?」
「なんとか」
印の結び方と、言霊。
集中力だの力の込め方だの色々重要な要素もあるが、とにかくこの二つはきっちり覚えなければならない。
今見せてもらった「密閉型魔法遮断方陣」の印を、うろ覚えの記憶で確認する。ああしてこうしてこう……うん、大丈夫だな。
――この二週間で、いくつかの『魔除け』を学んだ。
どれもこれも練度は低いしすぐに出せないので、実戦レベルには程遠い。技術はあくまでも技術であって、それは鍛えて洗練されて始めて価値が出る。
元々それらしい趣味もないので、最近は寮に戻ってからもずっと『魔除け』の訓練をしている。
その成果で、かろうじて実戦に使えそうなのが一つ二つだけ増えた。残りはまだ無理だ。
俺が通うようになってから、北乃宮匠は、俺に付きっ切りで教えてくれている。
年齢制限があるので試験は受けられないものの、騎士としてはレベル6以上の実力があると言われる総合騎士道部期待のホープである。
正直、ここじゃなくても訓練できるメニューであるところの技術向上組への参加は、北乃宮にはあまり必要ないのだ。身につけている技術もすでに高レベルだし、帰宅してから自主トレでも間に合うのだから。
要するに、北乃宮は俺に付き合ってここにいる。
どういうつもりなのかはわからない。自主的なことなのか部長や先生に頼まれたのかもわからない。
その辺のことは口には出さないが、付き合わせているのは紛れもない事実だ。
だって本当に付きっ切りだから。
ならば、俺が北乃宮に対してできることは一つだ。
北乃宮が何も言わない以上、礼を言うのは最後か、どこかの節目でいい。
それよりなにより、北乃宮の教えを吸収し、1分でも1秒でも早く成長すること。
それだけだ。
「密閉型魔法遮断方陣」を作り出すために、印を結ぶ。
――と、その時だった。
閉められていたドアが開き、強烈な魔力が流れ込んできた。
思い思いに『魔除け』の訓練をしていた俺たちは、何事かと振り返り――その異様なものを見て、俺は目を見張った。
「――ヴァルプルギス……!?」
誰か……いや、男の声だったので消去法で笹峠が、そんな言葉を呟いた。
そこにいたのは、一人の魔女。
それだけならばなんてことはない。
異様なのは、全身から淡く黒いオーラが立ち上っていたこと。
魔力の可視化。
レベル7以上確定の、高レベル魔女だ。
――ヴァルプルギス。
俺がこの名を聞いたのは、この時が初めてだった。




