72.貴椿千歳、試験を受ける 2
今現在、俺が受けているのは、形だけは騎士認定レベル1の試験である。
質はともかく、レベル1の技しか持っていないからだ。
この騎士認定レベル1の試験は、昨今なら教育熱心な両親の子供なら、幼稚園児だってクリアできるものである。
今回の俺のこれは、そんな基本のみのテストで難易度だけ高くしている、という特別使用だ。
ゲームで言えば、高難易度のステージ1、みたいな感じだ。
「レベル1の実地試験は、二つ。一つは今行った魔力を払う中和領域の展開と、魔力を通さないシールドの展開です」
紫先生はクイッとメガネを押し上げ、ただでさえ鋭い視線を細めた。
「これから貴椿くんのシールドを、実際に魔法を当てて調べますが」
動揺や迷いを見抜こうとしているのだろうと思うが――
すでにそれにしか見えない俺には、今まさに「ひざまずいて靴を舐めなさい」だの「この豚、女王様の言葉がないと四つん這いにもなれないの?」だの、人間の尊厳を直で蹴り飛ばすようなことを言い出しかねない、そんな危険な冷たい瞳に見えてしまう。
くそ、不敬すぎる!
綾辺先輩が余計なこと言うから……!
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。加減はします」
どうやら、若干心情が顔に出ているようだ。
すみません、緊張してるんじゃなくて、いらないことを考えているだけです……ほんとにごめんなさい。真面目にやっているだけの先生に対して女王様っぽいとか考えてごめんなさい。
「それより希望を聞きたいのですが。どれくらいのレベルの魔法までシールドで防げますか? それだけの研鑽を積んでいるのであれば、実際に魔法を防いだことはあるでしょう」
まあ、確かにあるが……レベルって言われるとなぁ。
婆ちゃんはいちいち「これはレベル○相当の魔法だ」とか、教えてくれたわけじゃない。比べる対象もいなかったから、いまいちはっきりしてないんだよな。
とりあえず、無理して怪我してもつまらないし迷惑を掛けるから、軽めで行こう。
「さっきの中和領域で払えるくらいなら、少し余裕があります」
「ではレベル5なら余裕というわけですね」
そうなるのかな。よくわからんが。
「余裕があるとは思いますが、レベル4から始めましょう」
と――先生の隣に、巨大な数字が浮かび上がる。魔力で作ったホログラムのようなものだ。
1と0。
たぶん、カウントダウン用だろう。
「0と同時に魔法を放ちます。――本来なら魔法陣を敷いて受験者の安全を確保した上で行いますが、貴椿くんには不要でしょう。このまま行きますよ」
「あ、はい」
返事をしながら、そりゃそうだよな、と思った。
幼稚園児でも受けられるようなテストに、身の危険があっていいはずがない。ちゃんと安全を確保した上でやるだろうさ。
「部長、開始の宣言を」
「はい。――始め!」
見学していた新名部長の合図と共に、数字が減っていく。
先生は丁寧に、レベル4相当のスタンダード・マジックの詠唱を始めた。
……世界基準として存在するスタンダード・マジックって、俺はよく知らないんだよな。婆ちゃん全然使わなかったから。
それにしても、詠唱魔法って結構怖いな。
ベテランの証である無詠唱魔法は、魔法が発動する前に、身体から魔力が漏れる。
どういった理屈なのかはわからないが、それが「魔法を使う前兆」なのだ。
……更に熟練されると、「魔力が漏れる前に発動させられる」という、真正面からの不意打ちみたいなことが可能な領域に入る。いきなり魔法が飛んでくるって怖いんだよなぁ……
魔女の多くが多用する『瞬間移動』なんて、使い慣れてくると本当に前兆がなくなるくらい洗練されたりするのだ。
対する詠唱魔法は、言葉を発する代わりなのか、あまり魔力が漏れない。
詠唱の分だけ発動には時間が掛かるものの、こっちは「魔法を使う前兆」がほとんどないのだ。上手い人ならまったく感じられなくなる。
つまり、詠唱している姿を見逃していれば、こっちもいきなり飛んでくることになる。
――とりあえず、様子を見よう。
数字がどんどん減っていくのを、身構えもせず眺める。あの数字浮かべるのも結構な技術なんだよな……やっぱり先生はすごいんだな。
「おい、早くシールド張れよ!」
え?
残り3秒というところで、部員の誰かが放つ余裕のない声に振り返った。
「「いや前見てろ!」」
え?
視線を戻すと、――ちょうどカウントが0を刻んだ。
「――『鉄杭』」
先生の目の前に、直径50センチほどの赤い魔法陣が展開する。
二重輪の六芒星、立体相乗なし、合成要素なし。
つまり、普通の魔法。
俺は瞬時にその魔法の性質を見抜く。
それと同時に、展開が完了した魔法陣から、表面が平らで丸い『鉄杭』が飛び出した。
――なるほど、試験か。
直径15センチほど。
スピードもパワーもかなりのものだが、俺は『鉄杭』を危なげなくシールドで止めてみせた。
ガヅン、と硬いもの同士が当たる鈍い音が響く。
「……よろしい」
俺の展開したシールドは、揺れないし割れない。
それを確認して、先生は魔法を解除した。
「おい貴椿! おまえなんですぐシールド張らなかった!?」
たぶんさっき叫んだ奴 (男子)が、めちゃくちゃ怒りながら詰め寄ってきた。名前はまだ知らないが、確か同じ一年だ。
「どんだけ自信あるんだか知らねーけど、危ねーだろ!」
お、おお……なんかすごく心配されてる……
「やめなさい」
紫先生は冷静に言った。
「彼は実戦型なんです。習得を目的として身につけたのではなく、必要だから身につけたのです」
どうやら先生には、俺の考えが通じているようだ。
「――想像すると少々不憫ですが。恐らく貴椿くんは、『展開されたシールドに当たる直前に曲がる魔法』を何度か貰ったことがあるのでしょう。だから正面から仕掛けられたものなら、防御範囲に入るまで油断しない」
そういうことだ。
「シールドを張って魔法を待ち構える」なんて愚鈍なことをしていたら、それこそ格好の的になる。
一度シールドを張ったら、改めて張り直すのにどうしてもタイムラグが発生する。わずかな時間でも「『魔除け』を展開できない」のは、危険以外の何者でもない。
婆ちゃんほどの魔女を相手にしている時なら、それは致命的でさえある。
……ただ、試験でそんな意地悪な魔法を使うかと言えば、使わないようだが。
紫先生の使用した『鉄杭』は、試験に使うにはとても優しい。
スピードもパワーもあるが、軌道は捻りも考えられないほどまっすぐで、受験者が逃げても周囲に被害が及ばず、それにあれはきっと、俺の身体に直撃する前に勝手に止まるよう効果範囲を調整したものだ。仮にシールドを突き破ってしまっても、俺の身体には当たらなかっただろう。
更に、万が一当たっても致命傷になるところは狙っていない。
試験用に選んだ魔法たった一つ取っても、これだけ気遣いが見えるのだ。
紫先生は、魔女としてもベテランだが、きっとすごく神経が細やかで、優しい人でもあるのだろう。
……女王様みたいとか思って、本当にごめんなさい。




