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Witch World  作者: 南野海風
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71.貴椿千歳、試験を受ける 1





 ――魔力が満ちている。


 ドアを開けるだけで濃密な魔力が溢れてくる。

 魔法実験室は、魔力や魔法を外部に漏らさないよう特殊処理された教室だ。余計なものは何一つおいていない、がらんとした広いだけの教室だ。簡単に空間をいじれるように処理もされていて、必要に応じて室内を物理的に広くすることができる。

 そして、この屋内実技・実践用の特別教室は、戸締りをすれば魔力と魔法の逃げ場がなくなる。

 だから魔法として消化しなければ、発せられた魔力はそのまま溜まるのだ。


 しかも相当な質と量……どれくらいだろう? レベル6か7か、それくらいだろうか。

 これほどの魔力に敵意などの悪感情が込められれば、魔力への抵抗がない魔法を使えない人間は、意識を失ってもおかしくない。


 この環境作りも、試験の準備だったのだろう。

 故意に満たされた魔力を逃がさぬよう、素早く総合騎士道部の面々と室内に踏み込む。


「来ましたね」


 部屋の中央でガンガンに魔力を発する、一人の女性。

 先日会った総合騎士道部顧問・むらさき灯亜とうあ先生だ。なんというか、今日も……うん……見れば見るほどそれ(・・)にしか見えなくなってきたが……


 女性の年齢はよくわからないが、たぶん二十代から三十代。

 きっと本来は長いのだろう、後ろにアップした亜麻色の髪は隙のない大人の印象が強く、フレームの赤い細身のメガネもそれに拍車をかけている。

 顔立ちもキツく、鋭く光る瞳がやはり大人の女性を連想させる。

 そして黒のパンツスーツに身を包んだ身体は、こう……なんというか、成熟しているというか……出るとこ出てるというか……


 一言で言うと、夜のお仕事で嬉々としてムチを振るっていそうな感じの女性、である。


 ……ああもう! 綾辺先輩が「ハイヒールで踏まれたいとか思うなよ?」なんて余計なこと言うから、もう本当にそれ(・・)にしか見えなくなってるよ!


 もちろん紫先生の名誉のためにいうが、そんなことはない。

 ……ないはずだ。

 …………でも本当にやっててもおかしくない気も……いやもう考えるのはよそう。不敬すぎる。


 ちなみに先生は、ギリギリのレベル7であるらしい。

 本人的にはレベル6の一番上、といった方が正確な気がするとか言っていたが。


 魔女の認定段階は、レベル1からレベル10以上の十一項目しかない。なのでレベルが一つ違うだけで、使えるスタンダード・マジックは数十種類にも及ぶ。

 レベルが一つ違うということは、そこにはほぼ絶対に越えられない明確な壁が存在する、と考えたら早いだろう。


 ――ちなみに「騎士育成のための部なのに顧問が魔女なのか?」という当然の疑問も沸くのだが、そこは九王院が基本姿勢として魔女育成に力を入れているから、という身も蓋もない答えだったりする。

 騎士育成に力を入れている学校なら、魔女先生と騎士先生の両方で騎士の卵を育てる、というスタイルがよく見られるそうだ。


「それでは始めましょうか。貴椿くんは私の前に。他の者は壁際で見ているように」

「貴椿、鞄」

「あ、悪い」


 紫先生の指示が下り、総合騎士道部が動き出す。北乃宮は俺の持っていた鞄を持って行った。


 そして俺は、先生の前に立つ。





「騎士認定試験は、国家資格取得試験です。本来なら専用の場所で多くの監督官に審査されながらこなすことになります。なので、ここで行われることは、正式な試験ではないことを念頭に置いておくように」

「はい」


 どんな結果が出ようと、正式な認定はできないよ、暫定だよ、ということだな。


「では、手っ取り早く行きましょう。――この室内の魔力を払ってください」


 おお、本当に手っ取り早いな。


「方法は?」

「それを見極めるのも、受験者の判断力に委ねられます」


 つまり自由にしていいってことだな。


「じゃあ――はい」


 俺から放たれる『魔除け』の力が、一瞬にして室内を浄化した。あれだけ濃密に留まっていた魔力が、欠片も残さず払われている。

 これでよし、と。


 『心印』――心の中で高速で印を結び、言葉もなく中和領域を発生させる。それが俺の取った判断だ。

 これでちゃんと払えなかったら恥ずかしいところだ。

 面倒くさがらず、ちゃんと印を結べ、と言われてしまう。


「うわ……マジか」


 ふと聞こえた新名部長の声を目で追うと、……新名部長や、他の生徒も目を見開いて固まっていた。……ビックリさせてしまったようだ。


 そうだよな。

 いくら比べる対象がないからって、全然わからないわけがない。

 そう、薄々気づいてたんだ。

 こっちに来てからは、婆ちゃんの話をするたびに、確信に変わっていったさ。


 婆ちゃん、やっぱり俺に無茶苦茶なレベルの『魔除け』を要求してたんだな、って……


 俺は婆ちゃんの「島から出てもいい」という許可を得るための試験をパスするためだけに、『魔除け』を磨いてきた。

 正直、婆ちゃんの試験に通るには、これが最低限だった。

 俺が試験に通ったことは、今更ながら何度考えても奇跡としか思えないし。


 本気であの人に対抗するには、もっと強い『魔除け』の力が必要だろう。……まあ対抗する理由もないが。


「信じられないほどですが、確かに技術はレベル1なんですね」


 そう、俺が使っているのは、あくまでもレベル1の『魔除け』である。


「しかし性質クオリティーはレベル5以上、ですか……略式じゃなければもっと強い『魔除け』が使えますね?」

「はい」

「――よろしい。次です」


 








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