69.貴椿千歳、赴く
総合騎士道部。
『魔除けの印』の技術習得、及び技術向上を目的に作られたクラブである。
ここ九王院学園は、日本有数の魔女育成校だ。
下は初等部から上は大学まで学部があり、よっぽどの問題がなければ一貫教育で上に上がれるシステムになっている。
魔女は、貴重な存在である。
世界で10名も存在しない高位魔女は、その気になれば一人で一晩あれば一国を焦土に変えることさえできる、と言われている。
詳しくは公表されていないはずだが、いつだったか婆ちゃんが漏らした話では、高位魔女は一国に一人しか所持を許されていないとかなんとか、世界のトップ陣で秘密裏に決められている、らしい。安保理のようなので決められた……とかだと思う。婆ちゃんが嘘をついていなければ。
でも、言われてみると、確かに俺でも知っているような有名な高位魔女たちは、皆国籍がバラバラだ。
……まあ高レベルの魔女なんてだいたいが極秘扱いで、世間に公表されていない。世界で何人いるのかさえ本当のところはわからないのだが。
この世で一番危険な人物であり、この世で一番頼りになる人物。
それが、九王院の学園長を始めとした、魔女の中でも飛び抜けたレベル10以上という存在だ。
高位魔女ほどじゃなくても、超常の力を使える魔女は、それだけで国の力になると考えられている。
今や魔女育成は国益と国防に直結し、どれだけ優秀な魔女たちを国に抱えられるかで、未来の世界のイニシアチブが決まる、とかなんとか言われている。
そして、騎士という存在。
魔女に対抗する者、という位置づけであり、実際その力は魔女の力に抗うものである。
魔女の台頭に比例し、魔法による犯罪が増えた。
魔法の中でも簡単だと言われる『瞬間移動』でさえ、常人には洒落にならないほど危険なものである。あんなものを使われた時点で、多くの事件は完全犯罪を容易にしてしまう。
そこで生まれたのが、『魔除け』という魔法に対抗する力だ。
この『魔除け』というものにも色々なルーツがあるらしい。
外国……いや宗教的な方面なら「祈り・祈祷」や「聖水」や「聖なる金属」だったり、秘境に住んでいるような部族の「舞踏」や「生贄を捧げた呪言」なんかも『魔除け』の効果があると立証されている。時々テレビで特集をやっているくらいだ。
日本の『魔除け』のスタンダードは、古来より現代まで裏舞台に存在していた、陰陽師の技術をコンパクトにしたものだ。
手で印を結び、言葉によって発動する。
慣れればどちらも省略できるが、「印を結ぶ」のと「言葉を発する」ことで、ようやく100パーセントの効果を発揮する。省略版はやはり手軽な効果しかないのだ。
……まあそれはともかく。
魔女の育成が本格的に始まった背景には、魔法に対抗する術――『魔除け』という「魔法に対抗できる力」が確立されたことが大きい。
もし『魔除け』という技術がなかったら。
もしなかったら、魔法の使えない人間と魔女で、争いが生まれていたかもしれない。
それこそ魔女狩りのように。
今度は世界規模で。
そして、今度は魔女が勝っていた……かもしれない。
まあ、小難しい諸々はともかく。
「――憶えておけ。三動王は同じ相手には二度と負けない」
骨を打つゴッという音がした。
直後、ドッという音を立てて人が倒れた。
「ううぅぅぅぅぅ……うえぇぇぇぇ……」
お、おいおい……
「大丈夫か橘?」
今何があったのかよくわからなかったが、三動王の構えからして、橘の頭を手刀でぶん殴ったのはわかった。
そして、それをモロに食らって橘が倒れ、頭を抑えて悶絶しているのもわかった。
何せ目の前で呻いているから。
「気にするな」
いや気になるだろ……それにしても今の手刀はすごかったな。
俺の目の前で放ったのに、全く見えなかった。
……というか、そもそもなんで橘は三動王に抱きつこうとしたんだろうか?
俺には不意打ちで襲いかかったように見えたが。
そして返り討ちにあったように見えたが。
いや、気にするのはよそう。
理由を聞いたとしても、ろくな話じゃなさそうだ。
「橘は放っておけ、自業自得だ。それより早く行こう」
三動王はそう言って、さっさと行ってしまった。
――三動王夢幻。
今まであまり接点がなかったものの、北乃宮と同じ総合騎士道部の部員ということで、ようやく少し話すようになった。
……と言っても、さっきのように必要最低限の端的なものばかりだが。
俺が男だからって浮き足立つクラスメイトが多い中、背筋がピシッと伸びて堂々としている三動王は、なんというか……女子に言うことではないのかもしれないが、かなりかっこいい。
特に「あまり男に興味ない」と言いたげな、でも決して無視しているわけでもないという硬派な態度がかっこいい。一緒にクレープ食べに行ったりもしたしな。……その時もほとんどしゃべらなかったが。
世界的に女性が多いこんな時代に、男女の区別なく自然体で接することができる三動王のような存在は、かなり珍しいのだ。
実際こっちに来てから実感したし。
分け隔てない対応をしてくれる異性なんて、片手で足りるくらいしか知らないし……
「行くか」
三動王がわざわざ誘ってくれたのだ。そろそろ行こう。




