68.貴椿千歳、決断しかねる
最近、昼休みになるとギスギスしている。
見た目はいつも通りだ。
いつも通り北乃宮の豪華弁当がむしり取られたり、いつも通りそれ以外何があるわけでもなく、表面上に変化はない。
が、雰囲気がどうにも悪い。
悪意の込められた魔力というのは、どうしてこうも不快感があるのか……
まったく。誰だ怒ってるのは。
五月下旬。
日曜の夜から降り出した雨は、一昨日の月曜日から、今日も降り続いている。
夏を目の前に、そろそろ暖かくなってきたと思えば、雨のせいかここ最近少し肌寒い。
青空が少々懐かしい灰色の空のせいで、それに比例して空を割る『虚吼の巨人』を見ることができない。クラスの魔女たちが時々「最近見ないね」と話しているのが印象的だ。
存在の意味がわからないくせに、そして見たら見たで不吉なだけなのに、見えないとまた気になるのだ。
寒い上に、雰囲気も悪い。
まったく。怒ってるのは誰だ。
天気も悪いのに雰囲気も悪いとかどういうことだ。
「――貴椿」
これまたいつも通り、ほんの雀の涙か猫の額ほどに残された豪華弁当だったものの残りを喰らいつつ、隣の席の北乃宮が言った。
「準備が整った。今日の放課後来てくれ」
お、そうか。
「悪いな。面倒かけて」
「そう思うなら期待に応えてほしい」
……まあ、そうかもなぁ。でもなぁ……
「まだ決め兼ねているのか?」
「ああ。決まらない」
「優柔不断だな」
「北乃宮は迷わなかったのか?」
「迷った。一応今の君と似たような境遇にもなった。その上で今の状態を選んだ」
そうか。北乃宮は決めたのか。決断力の差か。
俺は……どうするかな。
先週、北乃宮のクラブ見学へ行った際の話だ。
見学にしては、ただの見学にはありえないくらいの歓迎を受けてもてなされた。お菓子やファ○タとか用意されていた。
クラブの名前は、「総合騎士道部」。
騎士育成学校なら基礎騎士道や応用騎士道、実戦騎士道や書記騎士道などで細かく分けられるらしい。
だが、九王院では騎士志望の生徒が少ないので、すべてまとめた総合的なクラブとして存在しているのだ。
細かく分類したら、愛好部も作れない人数になったりするから。
主な活動としては、その名の示す通り、抗魔法の訓練関係になる。
そしてその関係上、生徒会や風紀委員から応援を頼まれたりもするそうだ。
他にも、クラブの掛け持ちも認められていたり、以前チラッと聞いた準会員という立場で関わっている生徒もいるという。
実は、俺が悩んでいるのも、この辺の話だ。
総合騎士部の見学がてら、当然のように勧誘された上に、当然の流れのように俺の抗魔法のレベルを大まかに測ったのだ。
その結果、「大まかでは測りきれない」という結果になった。
俺は生まれてこの方、自分の抗魔法がどの程度のものなのか、測ったことがなかった。
というより、測る必要がなかった。
レベル1、基礎中の基礎しか使えないから。
それ以上のことは習っていないのだ。
だが、世で言う資格検定試験でのレベルの割り出しは、技術のみの話ではない……らしい。俺は初めて知ったが。
魔女のレベル検定でもあるように、判定要素は複数ある。
魔女は、「魔力量」と「魔力の質」の二つの要素でレベルが決定する。
技術は関係なしで、言ってしまえば覚醒してまともに基礎魔法も使えない段階でも、このレベル認定は受けられる。
というか魔女なら受けるのがほぼ義務になる。
もしレベル4以上だったら隔離する必要があるからだ。暴走したら、魔女本人の身も含めて人命に関わってしまう。
それに対し、騎士関係はある程度磨き上げた「技術」でレベルが決定する。
抗魔法の場合は、「技術」と「質」。
使える抗魔法と、その抗魔法の効果が判断材料だ。
俺は、技術は間違いなくレベル1相当である。
何せ基礎しか使えないから。
だが、「質」の方はそうでもないらしい。
レベル1とは思えないくらい強いんだそうだ。
それで結局、間に合わせの器具での「大まかには判定できない」ということになり。
後日改めて、この際ちゃんと資格認定員を呼んで俺の抗魔法を測ってみよう、という話になった。
それが先週の話だ。
準備が整った、という北乃宮の言葉は、俺の抗魔法のレベルを測る準備ができたということだ。
ここからが悩みの種になる。
――俺はどこに所属するべきだろう。
例のトカゲ襲撃事件の時に、俺は風紀から勧誘を受けている。
返事はいまだ保留にしてあるものの、そろそろ返事をしなければならない。
そしてもう一つ。
この前の日曜日、魔獣捕獲のバイトにて、生徒会の一年生・蛇ノ目に大変お世話になった。
もしあいつが動いていなければ、今頃俺は、のうのうと登校なんてできない状況になっていたかもしれない。魔女ばかりの大都会から逃げるようにして島に泣き帰っていたかもしれない。結構本気でそう思う。
そんなわけで、翌日には早速、ちょっと高いチョコレートを購入しお礼に持っていったわけだが。
「――ああ。まあ確かに言ったのは私だけど」
俺を救う一手を打ったのは、蛇ノ目が相談を持ちかけた上の者……つまり、生徒会長だったらしい。
確かに冷静に考えれば、一年生がいきなり学園長に連絡を、なんて行動を取るとは考えられない。
誰かに相談してそうなった、と考えた方が無理がない。
蛇ノ目の場合なら、やはり自分たちのリーダーとなる生徒会長にまず相談するのが、流れとしては自然である。
納得した俺は「じゃあ生徒会長にお礼を言いたい」と伝えた。
そして蛇ノ目は言ったのだ。
「――伝言を預かってるよ。もし貴椿くんが会いにきたら伝えるように言われてた。
お礼は必要ないけど、どうしてもっていうなら生徒会に入ってくれると嬉しい、だってさ」
つまり、今の俺は、三つのグループから勧誘を受けていることになる。
「おまえのやりたいことの半分以上ができる」と言った、風紀委員副会長・華見月先輩の言葉が胸に刺さっている。
俺の窮地を救ってくれた、面識のない生徒会長には借りができてしまった。もちろん蛇ノ目にもだ。
そして、転校してきてすぐに、一番最初に勧誘していた北乃宮の所属する総合騎士道部。
俺は今だに、自分がこの先どうするかを、決め兼ねていた。
もちろん「所属しない」という選択肢もある。
全然関係ないクラブに入るのも、悪くはないだろう。
ただ、それらの選択肢も含めて、決めかねている。
「待たせたな。行くか」
「あ、ああ」
考え込んでいる間に、北乃宮は残飯のようになっていた弁当を片付けていた。
量的に足りないので、奴はこれから総合騎士道部の男子と、改めて食堂で昼食を取る。
最近は俺もそれに混じって、今週から作ってきている自作の弁当を食うことにしている。
……教室で開けたら、俺の対したことない庶民弁当も魔女に奪われるんじゃないかと心配で心配で、ここで開けることはしていないのだ。
第一、こんなに雰囲気が悪い場所でメシなんて食っても、うまいわけがない。
大したことない自作弁当ではあるが、それでもせっかくだからおいしく食べたいのだ。
――俺と北乃宮が教室を出た直後。
ここ最近、雰囲気が悪い原因である弁当争奪戦が勃発し、激しくもせつない戦いが繰り広げられるのだが。
俺はまだそのことを知らない。




