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Witch World  作者: 南野海風
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66.魔女の穏やかな日々 七





「橘、今いいか?」

「ん?」


 体育前の着替え中、彼女はなぜか下着姿のまま、堂々と声を掛けてきた。

 スポブラとセットのパンツというスポーティー全開という無闇矢鱈に露出した状態で。


 その無駄に堂々とした態度に、常人とは異なる風格――そう、誰憚ることもなき王者の格のようなものを感じる。……王族なんて見たことないが。


 せめて話しかけるなら体操服を着てからでも、あるいは制服を脱ぐ前でもいいのではないかと思うが、……まあいいか。


「どうしたの三動王さん?」


 彼女が声を掛けてくるなんて珍しい。というか始めてかもしれない。

 仲が良いとか悪いとか以前に、これまであまり接点がなかったのだ。

 先生からの頼まれごとだの伝言だのの流れで二、三言交わしたことはあるが、私的な話なんてしたことがなかった。


 三動王夢幻。

 剣術道場の娘で……今のところそれくらいしか知らない。

 剣道で培ったのだろう、すっと背筋の伸びた立ち居振る舞いがそこらの女子高生とは段違いだ。きっとその辺が、私が彼女に王の風格のようなものを感じる理由だと思う。王族なんて見たことないが。


 アクセサリー一つ着けない潔さと、化粧もしない飾り気のなさ。

 170近い長身に、ポニーテールに結い上げた豊かな黒髪と、外見はどことなく古風である。


 あと個人的には、鍛えに鍛えて絞っている身体が、特になだらかでありつつも硬そうな、筋肉質には見えないけど筋肉質であることは間違いないであろう腹筋の薄く浮かぶ筋の流線が、三動王さん最大の魅力ポイントだと思う。

 この肉体は、特に割れるまでは行っていない微妙なラインの腹筋は、芸術的でさえある。


 そして彼女は、常人の運動能力を常人のまま余裕で超えているあの乱刃さんと並ぶほどの運動能力を誇る、とんでもない人でもある。

 もちろん魔法抜きでだ。

 私の見立てでは、瞬発力と柔軟性では乱刃さんに負けているが、長身に見合う両腕両足の長さと持久力では優っている、という感じだ。

 まあこの前まで普通の人やってた私からすれば、どっちも余裕で化物だけど。


 三動王さんはあまりしゃべるタイプじゃないから、あまり意識はしていないものの、少しばかり敬遠していた。気難しそうというか、なんというか。

 ちなみに花雅里さんと風間さんとは仲が良いようだ。


「意思ははっきりしていると思うが、一応な」

「…? 一応?」


 何の話だろう?


「――ぎゃあああっ!?」


 突如、廊下からものすごい悲鳴が響き渡るも、私を含めて誰も見向きもしなかった。


 あの叫びは、今しがた廊下に出たクラスメイト・星雲さんのものだ。

 足音もなく彼女を追いかけるエロスネーク・和流是音を見ていただけに、あの悲鳴は起こるべくして起こったものだと皆わかりきっているのだ。


 単に星雲さんが油断していたと見るべきか、危険地帯から早く逃れようとしたその行動こそが明確な隙を生んでしまったのか……


 あるいは、その無駄に磨かれたエロ蛇の高度な技術を恨むべきなのか。


 とにかく今日も、和流さんは誰にも望まれていない、無意味に己に課しているだけの仕事を果たしたのだった。

 セクハラ成功率100パーセントか……本当に恐ろしい生き物である。





 まあそんなことはさておき、星雲さんの切羽詰った悲鳴を聞き流しつつ、三動王さんは話し始めた。


「私は騎士志望で九王院にやってきた」


 そういえば。

 男子はほとんど、将来は騎士関係の進路へ進むことを希望して九王院学園へとやってくる。

 魔女育成が盛んな授業や校風の隣で一緒に、魔女に対抗する技術を磨くために。


 そんな中、男子と同じく魔法が使えない女子の存在もいて、少数ながら在籍している。

 更に言うなら、「魔女でありながら騎士を目指す」という女子もいる。


「なんか、魔女と騎士を両立するのって難しいんでしょ?」


 魔女でありながら騎士である、という二足の草鞋状態は、かなり難しい……というより理論的に不可能だとさえ言われている。


 魔を駆使する魔女の魔法と、魔を払う騎士の魔除け。

 それらは正反対とも言える相反する性質を持ち、水と油もかくやというほどに馴染むことも同居することもできない異物同士、というのが魔女の世界の一般常識である。


 魔女が魔除けを学ぶことは、できる。

 だが相性が悪すぎるので、どちらかを学ぶと、どちらかの力が衰える。


 魔法を突き詰めると魔除けの力が弱まり、魔除けを突き詰めると魔法の効力がどんどん薄くなっていくそうだ。


「そうだ。私はレベル3の魔女だが、もうレベル1くらいしか使えない」


 その代わり、三動王さんはレベル5までの魔除けの技術を習得しているんだとか。


 魔女に覚醒した後の、魔力の伸び代というものは千差万別である。


 年齢、あるいは魔法への造詣が深まると、また知識に応じてだの使える魔法が増えたりだので、内なる魔力の量が増大する――と言われていたが、近年の研究で、その「使えば強くなる説」がデマである可能性が高いと言われるようになった。


 伸びる伸びないは個人差がある。

 魔女の覚醒と同じように伸び代にも法則がない、というのが今時の魔女学の一説である。

 伸びる人は何もしなくても伸びるし、伸びない人は全く伸びないってことだ。

 まあ魔除けにさえ触れなければ、逆に下がることはないそうなので、伸びる可能性だけは誰にでもあるのだ。


 ただし、騎士方面の「魔除け」は、磨けば磨くほど強力になる。

 これは確定事項である。

 ……まあそれでも個人差はあるみたいだが。


 だから低レベルの魔法が使えるだけ、という己の才能に見切りをつけた魔女は、騎士方面に舵を切ることがある。

 たぶん三動王さんも、このタイプなんだろう。

 レベル1の魔法だけは使えるように維持しつつ、魔除けの技を磨く。

 単純に魔法が使える分だけ、普通の騎士よりできることの幅が広がる。

 この手の「魔法も使える騎士」という存在も、当然社会に需要があり、活躍の場も用意されている。


 ちなみに私は、日本では平均値にあるレベル4認定魔女である。


「橘は、最近目覚めたんだよな?」

「そうだよ」


 新米もいいところの新米魔女だ。

 ようやく暴走させずに魔力がコントロールできるようになったかな、程度の、魔女の世界の入口に立ったくらいの新米魔女だ。


「それで一応確認をしたいんだが、騎士志望ではないな?」

「うん。違うよ」


 三動王さんも「一応」と言うからには、私の答えはわかっていただろう。

 ただ、きっと、私の口から直接確認したかったのだ。


「では問題ないな」

「何が? なんか理由があったの?」


 ある、と三動王さんは頷き、私を驚かせるに足る情報を口走った。


「今日、北乃宮が貴椿をクラブ見学に連れてくる予定でな。もし橘が騎士志望だったらついでにどうかと思って」

「今日一日だけ騎士志望なんだけど見学いい?」

「無理だな」


 だよね……この要求が通るなら、クラスの連中全員が押しかけるだろうしね……


「そういえば、貴椿くんはそんな約束もしてたっけ」


 大人数とクレープ食べに行く約束してたり、花雅里さんがどこかで立ててた下品なフラグを容認して約束したり、どこか「このまま社交辞令で流されるんだろうな」と思っていた歓迎会の約束も、貴椿くんは「約束したから」と自分から果たしにきたのだ。


 彼は約束を守る。

 魔女との約束でも守る。


 ……そんなところが非常に危なっかしいとは思うが、もっと警戒してほしいとは思うのだが、悪いことは一切していないので注意を呼びかけるのもなんか違うというか……

 まあ、とにかく、彼は約束を守るのだ。


「こうなったら仕方ないか」

「ん?」


 「仕方ない」などと言いつつ、三動王さんはニヤリと、結構悪どい笑みを浮かべた。


「この私が貴椿のコップにファ○タをそそぐ役をやるしかない」

「待て」


 今なんて言った? 


「貴椿くんのコップに○ァンタをそそぎつつ太腿を撫でるキャバ嬢のようなことをするだと?」


 恐らくクラブでも、歓迎会のような形で貴椿くんを迎える用意をしているのだろう。

 魔女育成に力を入れている九王院なので、騎士志望の生徒もいるにはいるが、やはり数は少ないのだ。喉から手が出るほど新人が欲しい、という気持ちはわからなくもない。


「そこまで言ってないが。……だがせっかくだしやろうかな」

「太腿をか!? 太腿をまさぐりながらファン○をか!? グレープ味か!?」


 く、くそ……今日のヒロインは三動王さんだと言うのか……!

 グラスに浮いた水滴を拭いたりして、甲斐甲斐しく世話を焼くつもりか……!

 さりげなく「私気付いてないけど」みたいなツラして胸を押し付けたりするつもりなのか……!

 そして少しずつ太股撫で回す手の範囲を上やら下やら背後やらに範囲拡大させるつもりなのか……!


 キャバ嬢ポジションを確立するとはそういうことだ!


「そうだ、太腿をだ。さすがに少し恥ずかしいが……こんな機会も早々ないからな、思い切ってやってみよう」


 何が「思い切ってやってみよう」だ! 若干嬉し恥ずかしそうな顔しやがって!


「――うおっ!? や、やめろ馬鹿!」


 私は無言のままおもむろに手を伸ばし、私は三動王さんの逞しい腹筋を揉んだ。

 乙女の顔して油断していた隙だらけの彼女の腹筋を撫でて揉んで堪能した。

 やはり硬かった。


 ほんの数秒だけの至福の時を過ごすと、私は言ってやった。


「その自慢の腹筋を男に揉まれるのが夢だった? 残念だったね」


 撫でまさぐり揉まれた腹を庇うように丸くなる三動王さんを見下す。


「――私こそが三動王さんの(腹筋に触れた)初めての女だ! 男じゃなくて残念でしたね!」


 本当に初めてかどうかは知らないけどね!





 この時の私は知らなかった。

 そして失念もしていた。


 この件に関して、誰も何も言わなかったこと。

 周りには聞き耳を立てているクラスメイトがたくさんいたのに、私以外の誰も文句をつけなかったこと。

 後から思うに、不思議に思うべきだったのだ。


 三動王さんは、一言で言えば、乙女度が高すぎるのである。

 古風な外見に見合うほどには、恋愛に関して奥手すぎるのだ。


 家の都合で、九王院に来るまでは、父親以外の異性と交流したことが一切なかったそうだ。

 そのせいで男子への憧れが実感のないまま強くなりすぎて、今では事二人きりになった時はまともに話もできないほどあがってしまうのだとか。


 触れるなんてできるはずがないのだ。

 太腿をまさぐるチャンスが巡ってきても、あそこに手を伸ばす勇気が出るわけがないと、皆知っていたのだ。「言ってるだけだよ」とわかっていたのだ。かの恋愛戦士なんて「やれるもんならやってみろ」とさえ思っているのだ。

 むしろ彼女を知っている者からすれば、フ○ンタをそそぐことさえできるかどうか……という遠い遠い場所にいるらしい。


 三動王さんは、王の格が漂う見かけによらず、可愛いのだ。

 そしてこの1年4組では一番の安全牌だった。





 ――悪いことをした。


 そんな乙女な三動王さんの初めてをいたずらに奪うなんて、悪いことをしてしまった。










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