60.貴椿千歳、祖母の秘密を一つ知る
「そんなわけないじゃない」
噂を真に受けたから来たのか、と問うと、学園長は俺の質問を笑い飛ばした。
――ですよね。
さすがにあんなものを信じる大人はいないか。
「でも気を付けないと。世の中、都合の悪い真実より、都合の良い嘘の方が好きな人も多いから」
……ああ……
「嘘を本当にするタイプのことですね」
さっきまでそういうのが上手い、使い魔を溺愛する人と会ってたよ。
会場から名指しで連れ出された俺は、ドラマでしか見たことのないような黒塗りの高級車に乗せられた。
広くて静かで、車のエンジン音がほとんど聞こえないという、すごい車である。
主に島でガタガタ揺れるサビの浮いた軽トラとかにしか乗ったことがない俺には、なんというか、同じ車とは思えないくらい違う。
まあ高位魔女が隣にいると思うと、とてもじゃないが落ち着いてなどいられないが。
学園長と並んで座り、とりあえず今日のことを聞いた。
「学園生活はどう? それなりに上手くやっているかしら?」
「えーっと……どうでしょう?」
相変わらず戸惑うことばかりである。
慣れたこともたくさんあるが、それでもまだまだ、いろんなことに戸惑うことが多い。
「自覚はないのね。一応、それなりに上手くやっているみたいよ」
「そうなんですか?」
自分のことではあるが、よくわからない。
俺は上手くやれているのだろうか?
……正直、あんまり自信ないが。
でも上手くやってる奴なら、こんな騒ぎにモロに巻き込まれるものか、とは思うが。
「私は、生徒会に呼ばれてあそこへ行ったのよ」
「生徒会?」
意外な名前が出たな。なんだそれ?
「九王院の男子が、なぜかバイトの景品として祭り上げられた。このままだとまずいことになるかもしれない、って。だから私は誰からの文句も出ないよう、勝つために参加した。不確定でもあそこまで噂が広まっていたら、真実なんてどうとでもなるもの。
危なかったわね? きっとあなたが考えるより、状況は悪かったわよ」
…………ですよねー。
薄々かなりヤバい状況なんだろうな、とは思っていたんだ。
真実から目を背けていただけで……
だって真実を直視したら、それこそもう本当に心が折れて動けなくなるじゃないか。
「生徒会にお友達がいるんでしょう? お礼を言っておきなさい」
お友達……?
首を傾げるものの、生徒会の知り合いなんて、一人しかいない。
あの同じ一年生の男前、蛇ノ目だ。
そうか……あいつが学園長を呼んだのか。
そして未来に関わる今夜の俺を救ってくれたのか。
本気で何かお礼をしないといけないな。
「……それで、これからどちらへ?」
車は走っている。
窓の外に見える町並は知っている風景で、駅前付近であることはわかる。
「勝者と食事くらい付き合ってくれてもいいじゃない?」
……まあ、それくらいなら全然構いませんが。
「蒼のことも聞きたいしね。もう少しあなたが落ち着いたら話せる場を作ろうと思っていたから、ちょうど良かったわ」
婆ちゃんのこと、か。
「学園長と婆ちゃんは、どんな関係なんですか?」
知り合いということで、そのコネを使って俺は九王院学園へと転入した。もちろん試験はちゃんと受けている。さすがにコネだけで入れるほど甘いわけがない。
しかし、婆ちゃんと学園長の関係については、婆ちゃんは何も教えてくれなかった。
高レベルの魔女である婆ちゃんと、高位魔女としてはトップクラスであろう学園長。
きっと魔女関係の知り合いなのだろうとは思うが……
「私と蒼の関係か……」
少しだけ、感じられる魔力の雰囲気が変わった。
きっと学園長の感情に、何かしらの変化があったのだろう。
「――一言で言えば、天敵かしら? ライバル、っていうほど生易しい関係じゃないもの」
……え?
「友好的な関係ではない、と……?」
「ないわね。そもそも」
穏やかに微笑んでいた学園長から笑みが消える。
何を考えているのかわからない視線が、俺の心まで射抜く。
「なぜあなたを私に預けようと思ったのかさえわからない」
魔力の圧力が、更に深くなる。息苦しく感じられるほどに。
「だって蒼は、私に嫌がらせするために、わざわざ九王院学園の近くに蒼桜花学園を作ったんだから」
「……はい?」
学園長の視線を受けて緊張に身体が固まるも、疑問しか浮かない発せられた言葉には、ちゃんと反応できた。
蒼桜花学園を、婆ちゃんが、作った?
蒼桜花って、あの蒼桜花?
いや……というかだ。
「じゃあ、学園長はなぜ俺を受け入れたんですか?」
天敵の孫だ。
……血は繋がっていないが、戸籍上は俺はちゃんと孫になっている。
そして魔女は、非常に魔女らしい、意地の悪い笑みを浮かべた。
「――面白そうだったから。それと、蒼が仕掛けるなら受けて立つのが、私たちの関係だから」
なんかやたら高級そうなレストランに連れて行かれるかと思っていた。
一日中草むらに突っ込んで薄汚れたジャージ姿の俺を連れて。
だって高レベルの魔女って、常識ない人多いから。
しかし、予想に反して学園長が連れてきてくれたのは、なんのことはない庶民的なラーメン屋だった。
「若い子は気取ったイタリアンよりこっちの方がいいでしょ?」
パチンと指を鳴らすと、学園長の前に垂直の魔法陣が現れる。
学園長はそれをくぐり……一瞬でスーツ姿から、赤い上下ジャージ姿に変貌した。たぶんと俺と格好を併せたのだろう。
こうして見ると、高位魔女であることが霞んで見えるのだから不思議だ。なんかヨガとか好きそうなデトックスとか自分磨きに燃える普通のOLみたいだ。
髪まで縛って、ラーメンと戦う準備は万端なところも含めて。
「ここはおいしいわよ。おすすめは塩だけど、つけ麺もいいわ」
――正直、こんな人とメシ食ったって味なんてわかんねえ。
そう思っていたのだが。
仕事帰りのお姉さんやサラリーマンのおっさんが入り乱れる狭い店は庶民感満載で、確かにおいしかった。




