59.貴椿千歳、とりあえず決着の場に居合わせる
初めて入った喫茶店に若干緊張して挙動不審になったりしつつも、おいしい都会のコーヒーを飲んで、気がつけば緊張は解けていろんな話をしていた。
亜希原先輩と織春は、どちらも中等部から九王院に通っているんだとか。
話したことはないが、黒魔法科方面でちょくちょく顔は合わせていたそうだ。
そして織春は、亜希原先輩の錬金術師としての腕を結構気にしていたらしく、特にアクセサリーとして身につけているタリスマンに興味があったと語った。
聞けば、先輩の指輪だのなんだのは、全部自作らしい。
これは結構すごいことである。
思いっきり単純に言えば、先輩は魔道具を作れるということだ。
魔道具には二種類あって、魔力を原動力に動く魔法の道具と、魔力や魔法を封じておいてその恩恵を常に受けることができる物――護符やお守りと言った装飾品がある。
一般知識くらいしか知らない俺は詳しくはわからないが、店で買うならどちらもかなり高額だということは知っている。
そんなこんなで亜希原先輩のアクセサリーについて話したり、九王院を卒業してからの展望をなぜか俺の目を見詰めながら語ったり、「将来どれくらいの稼ぎがあれば婿入りしてもいいかなーって思う? 働かなくていいよ。私が養うから。……いやあくまでも男子の一般論を聞くための質問だよ?」という何らかの期待と野心に満ちた質問をされたり、学園長参戦にはどんな理由があるのかと推測したりと、どうでもいいような話も含めて、話題は尽きなかった。
涙を流してゆっくりケーキを味わう乱刃には特に触れず、俺と織春と亜希原先輩はのんびり話し込んだ。
時間を忘れて長居した喫茶店から出て、乱刃が言っていた通り、制限時間いっぱいは魔獣狩りを続けることにした。
残り時間もそう長くないし、せっかくの数ヶ月に一度のバイトなので最後までやり遂げよう、と。
亜希原先輩とは、喫茶店を出たところで別れた。
先輩はあの噂を聞きつけて参加した。元は参加するつもりがなかったのだ。
「一応参加費以上は稼いでるし、プラスにはなってるはずだから」と、少し早めに切り上げるようだ。
俺たちは、きっと根こそぎ狩られているのだろう森林公園へは向かわず、午前中のように町中に潜んでいる魔獣を細々と集めて回った。
少しずつ陽は傾いてゆく。
バイトの期限は、7時までである。
受付の混雑が予想されるので6時には捕獲作業をやめて会場に戻るように、というのが規定にある。
さすがに多少は融通してもらえるが、基本的に7時までに会場に到着していなければ、捕獲した魔獣は無報酬で没収となる。……昨日の乱刃のように。あれは悔しいよな。さすがにかわいそうだった。
そんな反省も活かして、今日は6時には受付ビルに到着していた。
まだ混雑する前だったらしくフロアに人は少ない。早々に換金を頼み、待つばかり。
あとはバイト代を貰って帰るだけだ。
……いや、帰れないのか。
俺の意志が一切介入していないあの勝負のことがある。
すでに勝者は確定しているだけに、よっぽど帰ってしまっても問題ないような気もするのだが。
それでも、乱雑に尾ひれがついて広まった噂の決着をつけるべく、俺はそれを見届けなければならい……ような気がする。
正直、中途半端に決着がついて火種を残すのが嫌なのだ。
こういう心臓に悪いトラブルは、きちんと、ちゃんと、遺恨を残さないよう処理しておきたい。
同じトラブルが二度と起こらないようにな!
壁際で時を待つ俺たち。
次々に戻ってくる魔女たちも、あの噂が気になるのか、こちらをチラッチラッと伺いつつ何かしらのアクションを待っているようだ。
換金が済んでも出て行かないのだから間違いないだろう。
……あんな噂に期待するなよ……
そして、乱刃が呼ばれた。
換金が済んだのだ。
茶封筒を受け取って、こちらへ戻ってきたその時――
「ごきげんよう、皆さん」
来た。
学園長が、やってきた。
こんな日でもカチッと一部の隙もないスーツを着て、身体に収まりきれない高濃度の魔力を漏らす、妙齢の美しい女性。
俺を殺しかけたあの日会った時と何も変わらない、あの高位魔女だ。
この場の全員がその存在感に圧倒される中、学園長は私物らしき『かご』を受付に預けた。
「5000匹くらい入っているから。よろしく」
おいおい。
やはりぶっちぎりの成績である。俺たちは四桁も行かなかったのに……
「――学園長!」
誰かが声を上げた。緊張が伝わるような硬い声だった。
「先生がバイトなんかしていいんですか!?」
あ、確かに。
もっともな指摘を受けて、しかし学園長は余裕たっぷりで前髪をかき揚げた。
「あなた、誓約書をちゃんと読んだ?」
「え?」
「この仕事、九王院の研究部からの依頼なのよ。要するに、私が私の仕事をしただけなのだけれど。どこかおかしいかしら?」
おかしくは、ないんだろうな。道理的には。
でも、文句言いたい気持ちは、すごくよくわかる。
ダメだろ! 学生のバイトに参加しちゃ! しかも高位魔女が! 世界に数人しかいないすごい人なのに!
「もちろんノーギャラだしね」
……本人には決して言えないけど、心の中では声を大にして言ってやる。
そういう問題じゃないだろ!
理由はどうあれ、みんな必死に額に汗してがんばってたのに、そんな努力やがんばりを余裕でぶっちぎっていったのが気に入らないっつー話だよ! 教育者としてどうなんだって話だよ! 生徒を伸ばせ! やる気を殺ぐな!
決して言えないけど!
「他に質問は?」
シーンとしていた。
その威圧感と存在感と強すぎる魔力に、すっかり場は支配されていた。
いや、あるいはこういうのを、正真正銘のカリスマとでも言うのかもしれない。
あるいは場違いと。
「――結構」
文句がないことを確認した学園長は振り返り……うわ……一応予想はしていたが、本当にこっちきやがった。
「それじゃあ貴椿くん、行きましょうか?」
…………まさかとは思ったが。
まさかないだろうと思っていたが、この人、まさか本当にあの噂を真に受けて来たのか?




