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Witch World  作者: 南野海風
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58.貴椿千歳、乱刃戒の涙を見る




 今日は、全力疾走の日でした。


 背後から迫る魔女に捕まらぬよう、

 必死で、

 あがいて、

 息切れしても走り続けて、

 伸びてくる敗北という手を振り払い、

 このまま逃げ切るべく、それはもう全力で走り続けていました。


 捕まったら大変です。

 下手をすれば将来が決まってしまうくらいに、大変だと思っていました。

 誇張であってほしいと願いつつ、その願いも儚い望みだと、心のどこかでは知っていました。


 そんな俺を、

 俺たちを、

 最後尾から飛び入り参加した魔女が、


 まるでジェットを搭載したモンスターマシンのような速さで、一瞬でぶっちぎって行ったのです。





 亜希原先輩からもたらされた情報を元に、亜希原先輩を含めた俺たちは、大急ぎで森林公園へと向かう。


 学園長・九王院カリナ参戦の報は、俺を走らせるに足る情報だった。

 

 もしあの人が本当に参加していたら、敗北が確定する。

 どんなにあがこうが、これからどんなにがんばろうが、もう勝ち目はない。


 高位魔女(ハイレベル・ウィッチ)とは、そういう存在なのだ。


 ただの魔女だって、魔法が使えない常人からすれば化物みたいなものだ。

 そんな化物みたいな魔女でさえも「あいつは化物だ」と思うような存在が、高位魔女。


 高位魔女とは、レベル10以上で、世界に数えるほどしかいない存在で。

 現時点では計測不可能という、魔女の世界でも想像をはるかに超える者である。


 



 ――ほら、想像をはるかに超えたそれ(・・)が見えてきた。





 遠目に見えていたそれは、近くなるにつれて、ようやく何であるかを悟らせる。

 駆けつけた俺たちと同じように、ここで魔獣捕獲を行っていた魔女たちも、唖然としてそれを見ていた。


 紅く染まっていた。

 ただただ、一帯が紅く染まっていた。


 森林公園の一部を侵食している紅い色は、術者を中心に、ドーム状に展開されている。

 その色は、あの人の魔力そのもの。


 俺としては赤潮を思い出したが、それよりは猛吹雪に近いかもしれない。

 吹雪のように激しく舞い踊っている紅い雪。


 それは、見る者に畏怖を与える。


 これを見て俺を含めた多くの人が、今まさに感じていることだろう。

 抗う気さえ失せる大きな自然現象を目撃したかのような、己の小ささと無力感を。

 

 いや、それさえも忘れているかもしれない。

 ただバカみたいに見守るだけの俺たちには、それほどまでに、目の前の現象に驚くことしかできない。


 かろうじて、中央に誰かがいるのが見える。

 きっと学園長だろう。


 ……想像以上にとんでもない有様だ。


 この吹雪のようなものは、恐らく『とりもち』のようなものだろう。

 これだけ吹雪いているのに草木は一本たりとも風の影響を受けていないのと、紅い雪に混じって俺たちが欲して止まない毛玉が飛んでいるのがその証拠だ。

 かなり細かい設定をしているのだろうが、この現象はたぶん『浮遊』だ。

 物質を浮かせたり、自分が浮いたりする初歩の魔法である。


 俺は魔女じゃないので原理なんかはわからないが、理屈はなんとなくわかる。


 この紅い雪は、魔獣に触れると「くっついて浮かび上がらせる」という特性を持たせているのだ。

 それを広範囲に展開し、魔獣を無差別に乱獲しているわけだ。


 物質に反応せず、生き物にも反応せず、魔獣だけに反応するように調整して、これだけの数の『とりもち』を一気に使用できるキャパシティと。

 何者も傷つけないよう配慮し、細かく繊細に調整するテクニックと。

 合理的・効率的に魔獣を集めるシステムを構築した発想力。


 そして何より驚きなのは、感じられる魔力である。

 かなり微弱なのだ。


 調整なとができるかどうかは別問題として、これだけ派手で大規模なのに、魔力自体はそんなに使用されていない。

 たぶんレベル3か4くらいの総量があれば、同じことができるのではなかろうか。あくまでもテクニックは抜きでの話だが。


 俺は「力が強いだけの魔女」ならあまり怖くないが、「力は弱いが自分の力を知り尽くしている魔女」は、ちょっと怖い。

 しかもそれが、「細かい調整もできるし力も世界規模で強い魔女」なら、もはや俺の力の及ばない存在でしかない。


 婆ちゃんもすごいが……やっぱり学園長もすごいんだな。


 



「「…………」」


 俺もそうだが、ここにいる魔女たちみんなの心が、すでに折れている。

 この紅い雪に混じってビュンビュン飛び回っている大漁の毛玉……これが学園長がすべて捕獲したと言うのであれば、もう勝負はついている。


 ここから先、どんなにがんばっても追いつけないだろう。

 俺たちは、これから必死に、休憩する時間も惜しんでがんばっても、捕獲数四桁は行かない。

 なのに学園長は、今飛んでいるのだけで、もうすでに四桁行っているのだ。


 朝からがんばってきた俺たちの努力を。

 高位魔女は、ほんの10分20分で、超えてしまった。


 なんというか……

 高位魔女なら少しは遠慮しろよ、とか。

 教育者として見せちゃいけない光景なんじゃないか、とか思ってしまうのは、俺の甘えなんだろうか? 





 紅い吹雪を前に、時間を確認する。

 もう三時半を過ぎている。


「……お茶でも行こうか」


 乱刃や織春が、朝からずっとがんばってきたのを知っている俺は、自然とそんな言葉を口にした。


 とりあえず学園長が勝つことは現時点ですでに確定だし、俺の当初の目標である「乱刃を働かせる」は成功している。今この時点でやめても、かなりのビッグマネーを掴めるだろう。


 それにしても学園長……

 何を考えて参加したのかはわからないが、もしあのデマを真に受けて、俺の前に来ることがあれば言ってやろう。


 ――生徒の努力を一瞬で台無しにするのやめてください、と。

 あとあなたそれでも教育者か、と。


 ……いや、後者はやめておこう。機嫌を損ねたら大変なことになる。


「なんだ。勝負はもういいのか?」


 乱刃……空気読めないにも程があるだろ……


「もう負けたからいいよ」

「そうか。まあ確かに負けではあるだろうが――」


 乱刃は吹雪を横目に、しれっと言った。


「しかし途中で諦めるのは好きじゃない。相手に負けるのはいいが、己に負けるのは嫌だからな。勝敗にも意味はあるが、やり遂げることにも意味はあるのだぞ」


 うわ、かっこいいこと言いやがった。しれっと。





「じゃあ乱刃さんは己に負けないようにがんばってね。貴椿くんとそっちの子はお茶しに行こうよ」

「えっ!?」

「賛成。ワッフル食べたいです」

「な、なに!?」

「嫌って言うならしょうがないか……乱刃、すぐ戻るからな」

「ま…………待て! 少しでいいから待てっ!」




 この日、乱刃は久しぶりに己に負けた……らしい。


 「ケーキはなぜこんなにもおいしいのだろうな」と言いながら、ひっそりと、頬を濡らしていた。










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