55.貴椿千歳、己が甘かったことを悟る
再び訪れた人気の少ない受付会場にて、捕まえてきた魔獣の精算をする。
「いいペースね」
俺の同意なく俺を巡る不埒な勝負が行われていることを知っている彩京さんは、現在俺たちがトップにいることを教えてくれた。
三人で1チーム編成なので、そりゃ個人で参加している魔女よりもペースが早くて当然だ。
このままぶっちぎることができれば言うことない。
ちなみに蛇ノ目は、今は昼休憩中ということで、ここにはいなかった。
「――うおっ。レア柄っ」
乱刃から『かご』を受け取り、早速中身を調べるあの魔獣鑑定士、どうやら魔獣コレクターのようだ。
時々いるんだよな、ああいう人。
確かに「足なし」は、見た目は可愛いし、触るとふさふさしてるし、何かを壊したり傷つけたりすることもないし、飼うにしたって特にエサもいらない。
人に懐かないだけでペット感覚で飼っていたり、コレクションしている者も意外といる、らしい。俺にはよくわからない世界だ。
鑑定士が魔獣の数と値段を計算してる間に、気になっていることを織春に聞いてみた。
「都会では、魔獣が町中にいるって珍しくないのか?」
「珍しいと思うよ」
どうやら俺の認識は間違っていないらしい。
「そうだよな。花屋の店先にいるっておかしいよな」
一人納得する俺に、織春の言葉は「ただし」と続いた。
「一部の魔獣は、魔力の溜まりに集まる傾向があるみたい。あのお花屋さんは、常に温度なんかを魔法で調整してるみたいだから、それに釣られて集まってたんじゃないかな。でもそうじゃない魔獣もいるから……つまり一貫性がないのよ」
魔力の溜まり……か。なるほどな。
魔力の溜まりとは、行き場のない魔力が場所に蓄積されたものだ。人が近づいたら気分が悪くなったりする。主に魔力を放つ物質が原因になる。
そういう魔力の溜まりから魔獣が生まれている、という説が有名なのは、案外「魔力の溜まりに集まる」というこの習性から推測されたのかもしれない。
でも集まる奴もいれば、集まらない奴もいるようだ。
この一貫性のなさが、魔獣の生体の解明が進まない理由だったりするんだろうな。
「――むふふー。この子はこっそり買い取っちゃおっかなー」
……あの鑑定士、大丈夫か? こっそりとか言ってるけど声だだ漏れだぞ。
彩京さんが、不正を起こしそうな身内を見て結構怖い顔してるんだけど、そろそろ気づいてくれ。見てる方が怖くなってくる。
「千歳。これ、なんとか譲ってもらえないだろうか」
そしてなぜ乱刃は、くるくるくるくるひたすら回り続ける竹を気に入ったのだろう。
異様に似合うけど異様にバカっぽいぞ。
「はいお待たせ」
精算が終わった――と同時に、六人の魔女がフロアに入ってきた。まとまってきたので、たぶん団体だろう。
「お願い」
まっすぐにこちらへやってくると、『かご』を差し出す。
――二つも。
同年代くらいの団体さんが俺をチラチラ見ながらひそひそやっていることより、その「二つの『かご』」の方が、俺には気になって気になって仕方なかった。
まさか、とは思うが……
いや、まさかなんてわけがない。
俺たちが三人でチームを組んだように、この六人も一つのチームとして動いている!
『かご』が二つなのは、単純に百匹集めことができるからだ。五十捕まえて戻ってこなければならない俺たちより、時間効率は非常に良い。
俺たちだって効率を考えて『探知機』を二つ借りているので、似たようなものだろう。
これは、まずい。非常にまずい。
今現在を見る限りでも、単純に『かご』一つ分の差……倍の差があることになる。
二倍……二倍だと?
現段階で、倍の差があるだと?
まさに血の気が引くような悪夢だ。
「織春!」
「な、なに?」
「魔獣が多い場所はどこだ!」
ちんたらやってる場合じゃなかった。
三人いるから、ってどこか余裕を持っていたが、余裕なんてなかった。
余裕どころか負けているじゃないか。
考えが甘かった。
「乱刃、バカっぽいぞ」とか余裕ぶって考えてた俺の方がバカだった。
めくるめく夜の魔女の世界の入口、いよいよピンク色のネオン辺りが見えてきた瞬間、抱えていた余裕の分だけ危機感が高まってきた。
「行くぞ!」
この勝負は負けられないんだ! 絶対に!
魔獣の多いポイントには、きっと魔女が多いだろう。
しかし、今のように「塵も積もれば……」なんてペースでやっていては、倍の遅れを取り戻せない。
ここからは、当たればでかい、一攫千金に切り替える。
今勝負をかけないと。
今手を打たないと、本当にめくるめく魔女の世界が始まってしまう……!




