54.貴椿千歳、魔獣を狩る
ふわふわの毛玉である。
本当にただそれだけの存在である。
物を食べる器官がないから田園にいても作物に害は出ないし、基本的に人や生き物を傷つけることもない。
それが一般的に知られ、また一番数の多い「足なし」の魔獣――この毛玉である。
「おっ、とと」
反射的に出した右手の中で暴れるそれに、左手を添えて包み込むようにして閉じ込めた。
毛玉だけに、力加減が難しい。
そこそこ強く握らないと逃げられるし、だが力を込めすぎると殺してしまう――殺すと表現していいのかはわからないが。痕跡も残さず消えてしまうのだ。
この動く毛玉の存在を始め、魔獣と称される生物の生体は、未だ解明されていない。
「魔法と密接な関係がある、ないわけがない」とは誰もが頷く定説ではあるものの、常識的に思われているそれさえも、あくまでも仮説の域を脱することはできていない。
今回の魔獣捕獲のバイトも、政府認定の研究所辺りが研究用に欲しがっているのだろう。
「すごい。素手でも捕まえられるものなんだね」
なんか織春が感心しているが……
「『すごい』ってのは、あいつのこと言うんだよ」
少し離れたところで、乱刃が一定ペースで魔獣を捕獲し、たすき掛けにして下げているかごに詰めるという、傍から見ると簡単そうな動作を繰り返している。まるで農作業でもしているかのようだ。
もちろん、簡単そうに見えるだけだ。
魔法なしで魔獣狩りをやってみれば、あの現象の異常さがすぐわかる。
「あいつの方がすごい、っつーか魔女っぽい」
あんな凄技、もう魔法みたいだ。
見た目はバカっぽいが、性能はそこまで悪くない『ししおどし型探知機』に従い、俺たちはとにかく魔獣のいる場所を求めてさまよっていた。
まずやってきたのは、町の小さな花屋である。
色とりどりの草花、鉢植え、プランターなどなど所狭しと春の彩に満ちているそこに、ちらちらっと毛足の長い生き物がいる。
……なんでだ? 魔獣って生き物のいるところにはいないはずなんだが……
「魔獣狩り? いいよいいよ持ってってー」
店員さんに「魔獣を狩ってもいいか?」と乱刃が空気を読まずに聞くと、彼女は笑顔で快諾した。
「害はないからいてもいいんだけど、いきなり足元通られるとびっくりするのよねー」
ここにいる魔獣は、どうやらここに住み着いていたらしい。
絶対にありえないはずなんだが……
首を傾げる俺だが、とりあえず今は魔獣を捕獲することに専念しよう。
魔獣を捕まえている間にふと目についたのは、乱刃が動かなかったからだ。
奴は物欲しそうに花を見ていて……まさかとは思ったが……何かに取り憑かれたように手を伸ばし――
「――おいやめろ!!」
乱刃に激を飛ばすと、奴は飛び上がった。
「急に大声を出すな! 驚くだろう!」
「こっちこそ驚くわ! おまえ今花の蜜吸おうとしてただろ!? 吸おうとしてたよな!?」
「そ、そ、そんなわけあるか! ……ちょっと美味しそうだと思っていただけだ! だからちょっと手に持ってみようと思っただけだ!」
……あのさ、そう思う時点ですでにダメだろ……
「何してんのよ。ばーか」
「なんだと。おまえなどあっちに行け」
織春と乱刃は、仲が悪い。
……というより、織春が一方的に絡んでいる感じがする。
しかし今は二人のけ関係より、店員さんのこちらを……いや乱刃を見る目が痛い。疑心と疑惑に満ちている。そりゃそうだろう、売り物をむしられて平気なわけがない。
用事を済ませて早々に退散した方がよさそうだ。
手始めに花屋、ビルの前の植え込みの中、小さな児童公園周辺 (中は『魔獣よけ』の結界がある)、路地裏の空き地と、場所を点々としながら数を集めていく。
人里のど真ん中なので、大量にいる、というわけでもない環境と場所ではあるが、それだけに意欲満々に飛び出した魔女たちが手をつけていないのだ。
たとえ数は少なくても、それこそ塵も積もれば山となる、だ。
見ての通り、乱刃はその常人離れした身体能力で、それこそ単純作業のように魔獣を捕獲している。
あいつを見ていると、下手に魔法が使えるよりよっぽど捕獲スピードも早いし、効率的に思えた。あの最低限のことが一発でわかる単純構造な『探知機』との相性もいいのかもしれない。
――ちなみにあれでも魔道具の『探知機』なので、両手の動きを阻害しないよう、その辺に『浮かせる』こともできる。
織春は、『変化』というその魔法の素養を活かした捕獲方法を見出していた。
短い指揮棒のような折りたたみ型の杖を取り出し、それを巨大な『虫取り網』に『変化』させ、魔獣がいるらしき所に大雑把に当たりをつけて振り下ろす。
そして『変化』の応用で『虫取り網』を縮小させていき捕獲、という結構効率的な基本スタイルを確立している。
そして俺は、素手の鷲掴みである。
慣れているので別に問題ない。
……やってることは乱刃と大差ないのに、雲泥に近い技術の差のせいで、まったく違うことをやっている感じはするが。
粗方の捕獲を終え、雑草が生え放題だった路地裏奥の空き地から出てくる。一時的にビニール袋に詰めておいた魔獣を、乱刃の持つ『かご』に移す。
「確か上限五十匹だっけ?」
『かご』の許容量が限界に近づいていることを思い出した。俺の目から見れば、そろそろだと思う。
織春も大まかに数えていたらしく「そうだね」と同意した。
「小型なら七十くらいは入るらしいけどね。ただ入れすぎると壊れるから、やっぱり五十でいいと思う」
ということは、一度精算に戻った方が良さそうだな。
携帯で時間をチェックすると、十一時半を回っていた。
もうこんな時間か。集中していると時間の経過が早いな。
「受付に戻るか。それから少し早いが昼飯食おう」
捕獲したのは「足なし」ばかりなので、稼ぎは低いかもしれない。
だが捕獲数という点で見れば、ペースは悪くないと思う。




