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Witch World  作者: 南野海風
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51.貴椿千歳、負けられない戦いがそこにあることを知る  前編





 昨日の魔獣狩りが徒労に終わったせいか、乱刃の元気がないのが気になる。

 だが、それ以外は予定通りである。

 今日はちゃんと、朝からバイト先に来ることができた。


 9時開始なので、30分前に到着するように調整してきた俺たち。

 だが、昨日も訪れたビルの一階フロアには、すでにたくさんの魔女が集まっていた。どうやらこれでも出遅れたようである。


 昨日はがらんとしていた受付会場は、今は向こうの壁が見えないほど人――魔女が密集し、ざわめく声も大きい。

 俺は予想以上に参加者が多いことに驚く、と同時に、今日も良い『探知機ナビ』が借りれそうにないことを直感してしまった。


 だって受付に並んでいるのだ。列をなして。


 あれはきっと、高性能の『探知機』を借りるために並んでいるのだ。

 我先にと仕事を始めたい時間短縮の意味より、きっと比重は重いと思う。それくらい『探知機』の有無は魔獣狩りの快適さを左右する。

 それでもあえて並んでいない魔女は、最悪自前の魔法でなんとかなるのだろう。あるいは探知系の素質があるのかもしれない。


 今から並んでも無駄な感じだし、俺と乱刃は壁際に立ち、開始時間を待つことにした。


 いや、それにしても。

 すごいな、俺のこの場違い感!


 もしかしたら、この会場には男は俺しかいないのではなかろうか。

 周囲はもう、同年代くらいの魔女ばかりだ。人が多いので俺に気づいても表向きはあまり気にされていないが、チラチラ見られているのはわかる。


 ……俺、外に出ようかな。さすがに居づらい。


 ――いや、ダメだ!

 乱刃を放っておくわけにはいかない!


 必要以上に甘やかすのはダメだ。それは子供のためにならない。

 面倒は見る! 背中を見守る! 過保護に! そう決めたじゃないか!


 乱刃を立派な社会人に育てると決めたのだ!


 ――決意を固める俺を、隣にいる乱刃はなんだか嫌そうな目で見ていたことを俺は知らない。





 俺と乱刃は、あまりしゃべる方ではない。

 なので、会話もなく開始時間を待っている。俺はさっぱりわからないが、乱刃は周囲の様子を伺っているようだ。

 こう見えて乱刃は普段から隙がない。いつだってさりげなく周囲の状況を把握している。


 そんな俺たちなので、聞くでもなく周りの会話が耳に入ってくる。


 ――これ終わったら服見に行こうよ。

 ――いいよ。でもその前にバナナ入りのホットケーキ食べたい。超バナナ食いたい。ギザバナナギザユス。

 ――うわうっざ!

 ――ギザユスは違うんじゃね?

 ――最近やたらバナナ推すけどなんなの? 猿なの? 猿の転生体なの?

 ――猿かぁ……ゴリラの方がいいかな。あえてのゴリラで。

 ――聞いてないしあえての意味もわからない。

 ――いやあんたらまずギザユスを処理してから話を進めろよ。


 と、近くの女子集団がこんな会話をしていた。どこかで見たような、というか聞いたような会話だが……そもそもあの集団は中学生だったような……

 まあ、俺には関係ないか。

 そもそもここにいるからって参加者とは限らない。俺だって乱刃の付き添いでここにいるんだし、参加しないけど関わっている者がいてもおかしくない。


 特に話すことがない俺と乱刃とは違い。

 周りではとりとめのない会話が交わされ、とりとめのない言葉が右から左に過ぎていく。


 そんな中、いくつか妙に気になるワードがあった。


『一番多く捕まえたら』

『景品があるって』

『高校生の男と』

『デートできるって』

『マジそれヤバくない?』

『 み な ぎ っ て き た ! 』


 乱雑に通り過ぎていく言葉の中、これらのワードが通り過ぎずに頭に残り、心に訴えかけてくる。


 ――もしかして俺のこと話しているんじゃないか、と。


 ちょっと怖くなってきた俺は、乱刃に囁いた。


「なあ……織春と交わした昨日の勝負、覚えてるか?」


 織春おりはるかなめとは、魔獣捕獲数で乱刃と勝負の約束を交わした。

 俺の了承のない、俺とのデートという商品を賭けて。


 結果、乱刃が規定時間内に戻ってこれず失格、報酬も出ず参加料だけ無駄にした――という顛末を迎え。


 翌日、つまり今日も参加することになった乱刃と、勝負の延長を決定した。

 昨日と今日の捕獲数を併せて勝負が続行される、というわけだ。乱刃は昨日失格になったので今のことろ0匹で、織春は昨日の捕獲数をそのまま引き継いでいる。


 ……会場に時々飛び交っている話、昨日の乱刃と織春の勝負のことではないか?


 そう考えたら、段々嫌な汗が出てきた。

 魔女たちの視線が、俺に向いてきているのは気のせいだろうか?

 俺を見てひそひそ話し込んでいる魔女たちは、俺の値踏みをしているのではないだろうか?


 最近は、クラスメイトの視線にはだいぶ慣れたし、クラスの魔女たちも俺を見る目が緩和されてきた。

 つまり随分過ごしやすくなったのだ。……まあ教室を一歩出れば、やはり視線がキツいのだが。


 しかし、周囲の見覚えのない連中は、その比じゃないくらい強い視線を向けてきてはいないだろうか?

 邪な感情を感じさせていないだろうか?

 気のせいだろうか?

 気のせいだと思いたいが、気のせいだと無視して本当にいいのだろうか?


「話が漏れているのではないか?」


 あ、やっぱり乱刃もそう思ってた!?


「断片的な言葉を繋ぎ合わせると、こういう話のようだ」


 乱刃はいつも通りの表情で、特に俺を気遣うことなく、するっと衝撃の発言を漏らした。


「『今日の魔獣捕獲数が一番多いものは、裏の商品として半裸の超イケメン高校生が一日デートしてくれる。バナナ食べたい。おさわりのおかわり自由。夜のお遊びも……?』……といったところだな」


 嫌だ!! やめろ!!


 言いたいことと修正ポイントが多すぎて問題を直視したくないっつーかできないだろここまで尾ひれが付いたデマ情報! つーかおさわりのおかわり自由ってなんだよ! 男の身体はドリンクバーじゃねえっつーの! 飲み放題じゃねえっつーの! あとバナナは関係ない情報だと思う!


 この場で頭を抱えて座り込むたくなったが、そんなことをしたら余計に悪目立ちしそうなのでこらえた。

 ……正直。本当に座り込みたいくらいガックリ来ているのだが。


「……なあ、これって俺のことだと思う?」

「違うだろう」


 乱刃はきっぱりと否定した。


 おお……俺じゃないのか。

 俺と違う半裸の男の可能性があるのか!

 そんな情報が出ているのか!





「千歳、おまえは超イケメンじゃない。だからおまえの話じゃないだろう」


 …………


 しばらくピーマンとゴーヤを中心にした夕飯にしようかな。










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