49.貴椿千歳、賞品にされる
「………おい」
くるくるくるー。
「……おい」
くるくるくるくるくるー。
「おい」
くるくるくるくるくるくるくるくるざくっ。
「いてっ! 刺すなよ!」
残り物の『探知機』の中から妥協に妥協を重ねて選び取ったそれは、竹ひごのような棒の先にししおどしの竹を付けたような、超絶的に原始的な『探知機』だった。
説明を受けている間に選んできた俺から、乱刃は『ししおどし型探知機』を受け取る。
バカみたいにくるくるくるくる回る竹を見ていて、湧き上がってきたのだろう不満を、竹の先で俺を刺すという猟奇的な形で表した。
今日も学校の体操服を普段着にしているような乱刃には、その体格のせいもあり、野を走り回る田舎の小学生みたいで異様なまでによく似合う。
おまけに今は捕獲した魔獣を入れる虫かごを下げているのだから、より田舎者度が上がっている。
まあ……さすがに本人も「これはない」とわかったようだが。
「残ってなかったんだよ。それに、変に気取ったものよりそれが一番わかりやすいと思う」
原始的ってことは、それだけ余計な装飾がないってことだ。彩京さんに魔力を吹き込んでもらったので、性能はそんなに悪くないはず。魔獣の近くに行けばくるくるーが反応するだろう。
……でも高校生なら、多少見た目にもこだわりたいよな……なんだよ竹くるくるって。ギャグか。
「他はもっとひどかったんだからな」
同タイプで竹の代わりにミニチュアの豚のフィギュアが付いてるとか、頭に設置して目の前にぶら下がる形になる電球型とか、うさ耳型とか。
竹よりバカそうに見えるものしか残ってなったんだ。
製作者が何を考えて作ったのか問い詰めたくなるようなものばかりだった。
もっともひどいのなんか、巻きウ○コ型の帽子だぞ!? そこから針金で釣ってる蠅が『探知機』になってるっていう、悪ふざけのネタとしてもひどいやつだぞ!? 作った奴の正気を疑うわ!
「悪いことは言わないからそれにしとけって。似合ってるからいいだろ。――いてっ!」
だから刺すなって! 俺のせいじゃねえって!
隠しようもない全開の田舎者ルックに、苦笑いをこらえきれない蛇ノ目と彩京さんの生暖かい視線がつらくなったのか、「もういい。行ってくる」と、乱刃は会場を走り去った。がんばれよ!
「蛇ノ目、参加料払うよ」
参加料は、五千円だ。
本来は千円だが、機材のレンタルで四千円掛かっている。例の竹と、かごで。
「足なし」の魔獣が一匹二百円から五百円なので、だいたい二十匹くらい捕獲すればようやくプラスになる計算になる。「一本足」なら千円から上なので、もっと楽だ。
一応この料金設定でバイトとして成り立っているのだから、乱刃なら大丈夫だろう。いつか北乃宮が言っていた通り、あいつはその辺の魔女より魔女らしいしな。
「貴椿くんはこれからどうするの?」
とりあえず乱刃は仕事を始めた。
そして案内を終えて料金も払った俺は、やることがなくなった。
「ちょっと駅前まで足を伸ばしてみようかな。終わる6時くらいにまた来るよ」
せっかく駅の近くに来たのだ、都会の街並みを楽しもうではないか! ……田舎者の発想丸出しな気がするけどな!
「そう。私も暇だったら貴椿くんに付いていきたかったな」
そう言う蛇ノ目は、チラッと彩京さんを見た。
たぶん、「少しなら休憩してきてもいいわよ」と時間をくれないだろうか、という期待があったのだろう。
――彩京さんは満面の笑顔を返すだけだったが。
その顔には「私も休日返上でここにいるんだけど? デートしたいの? は? させねーよ?」と書いてあるように見えるのは……俺の考えすぎだろう。ああ、俺の考えすぎだよな!
最近の俺はちょっとアレだからな! なんというか、女子が怖すぎて若干被害妄想の気がある感じっぽいもんな!
俺が考えている以上に、女子は優しい!
魔女も優しい!
そう信じてる!!
……信じさせてくれ。
お互い笑顔になって見つめ合う蛇ノ目と彩京さんから目を逸らすようにして、俺も会場を出た。
……笑顔っていいものだよな?
なのに怖いと感じるのは、俺の心にやましいことがあるからなのかな?
いや、もう余計なことを考えるのはやめよう。
せっかくの休日なんだ、都会の町で日用品とか見て心穏やかにすごそう! 心を癒す何かを求めよう! あまり趣味じゃないが可愛いものとか見たり、ふさふさな物に触れたりしよう! 心洗われよう!
そう決めて、自然とうつむいていた顔を上げると……あれ?
視界の先に、見覚えのある後頭部があった。
長い髪を一本にまとめただけの、簡素な後ろ頭は――
「乱刃?」
さっき飛び出していったはずの乱刃である。誰かと話し込んでいた。
声を掛けると振り返り、
「おまえか」
やはり乱刃だった。いや「おまえか」じゃなくて。
「何やってんだよ。早く行かないと時間がなくなるぞ」
「そうしたいのは山々だが……」
乱刃は話し込んでいた誰かを見た。
「こいつが絡んできた」
え……? か、絡んできた?
話していた相手は……同年代くらいの女子だ。九王院の生徒だろうか? 見覚えはないが……
相手も俺をチラッと見て……目が合って、ぎょっとされた。
「ちょ……男連れで来たわけ?」
「むしろ私が連れてこられた方だが」
そうだな。俺が連れてきたよな。
「誰だ? 知り合いか?」
「一応な。九王院の1年生だぞ」
あ、そうなのか。同級生か。
「――それより!」
とりあえず俺のことは置いておくと決めたようで、女子は乱刃相手に声を荒げる。
「この前のお礼、ちゃんとしたいんだけど!」
「杏仁豆腐を買ってくれるのか?」
「なんでよ!? ……え? お礼って言葉のあやとか、そういうのだけど!?」
「悪いが杏仁豆腐はあの男に買ってもらうから遠慮する」
「おごるなんて言ってないしさりげにのろけるとかイヤミかこら!」
俺も買ってやるとは一言たりとも言ってないけどな。ややこしくなりそうだから口は出さないけど、あとできちんと言っておこう。
「『無能』のくせに魔獣狩りに参加するわけ?」
「無能」ってのは、魔法を使えない者に対する蔑称だ。一応俺も含まれる。魔法使えないし。
「うむ。目標は『二本足』を十匹だ。聞いたか? 『二本足』は一匹三千円もするのだぞ?」
「そんなこと聞いてないわよ! ……いや説明は聞いてるけど!」
「三千円も……三千円も貰えるのだぞ、あれ一匹で……」
「聞いてる!? 私の話聞いてる!?」
あの女子おもしろいな。口下手の乱刃に翻弄されるとは……きっとものすごーく根が真面目なんだろうな。
「わかった――じゃあ勝負しなさいよ、乱刃戒!」
「いいぞ」
「待った! そっちじゃない!」
即答して拳を硬めた乱刃を、女子は慌てて止めた。危なかったな。あと一秒でも遅れていたら殴られていただろうな。あいつのパンチめちゃくちゃ重いもんな……
「そんな原始的な勝負はしないんだからね!」
「でもおまえ、この前銃で私を撃ちかけたではないか」
「あれはあれ! これはこれ!」
ん? 銃?
「捕獲勝負よ! 絶対にあんたより捕まえてやるんだから!」
「そうか? まあおまえがしたいと言うなら構わんが」
乱刃は余裕だな……というか眼中にないって感じだな。
女子もそれに気づいたのか、釣りあがっている眉を更に釣り上げた。
「そっそ、そ、」
何度か言葉に詰まりつつ、女子はついに言った。
「その男を賭けて勝負よ! 勝った方がデートする、いいわね!?」
は? 俺? え? なんで俺が?
「なんだと?」
乱刃の表情が険しくなった。
「――放課後クレープデートを賭けて勝負しろ、だと?」
言ってねえよ? 誰も言ってねえよ?
「デートはどうでもいいが、クレープは渡さん。私は今度こそバナナクレープを食べるんだ」
おごらねえよ? 絶対おごらねえよ?
まったくやる気のなかった乱刃に(クレープで)火を点けた女子。
俺の意思を完全に無視し、彼女らは勝手に勝負を成立させたらしく、やる気に満ちた表情で睨みあい――
「私は織春要。今度は負けないから」
……なんでもいいけど、俺を巻き込むのやめてくれないか?




