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Witch World  作者: 南野海風
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48.貴椿千歳と乱刃戒、会場に到着する





 魔獣。

 魔法や異界、魔力といった、未だ完全に解明されていない諸々の奇跡の中に、これも含まれる。


 根強い説としては、魔女が魔法を使用した際、魔法に変換されずに放出した魔力が行き場を失いさまよう内に、何かしらの影響で異界の生物を勝手に召喚しているのではないか、と言われている。

 海でたとえるとわかりやすい。

 その辺にある、見えないし感じられないほどの微弱な魔力が海として、そこに勝手に繁殖するプランクトンのようなものが魔獣……と考えられるらしい。


 あくまでも仮説ではあるのだが、魔女が多い町には確かに数が多いので、信憑性は高いのだろう。俺もそう習ったしな。


 で、この魔獣だが、基本的に弱い。

 というより、もはや種類が多い新種の昆虫程度のものである。


 大きさはだいたい掌に乗るくらいで、1センチから10センチが平均。世界最大で56センチという記録がある、球形の毛玉のような奴だ。

 前の説を信じるなら、それらは魔力の残滓から発生し、その魔力に宿る魔法の素質に影響を受け、千差万別の色や形を持っている。この世に一匹たりとも同じ奴はいないそうだ。


 うちのクラスで言えば、『変化』の素質を持つたちばな理乃りのなら体毛がカラフルな魔獣。

 『瞬間移動テレポート』系の素質が高い委員長・花雅里明日かがりあしたなら、性能は悪いながらも『瞬間移動』が使える魔獣が誕生したりする。


 ……とまあ、これが一般的な魔獣と言われている。


 それ自身に害はない。

 基本的に人間を含めた生き物から逃げる臆病な性格で、握ったり踏んだりすれば消滅するほど脆く弱い存在だ。

 生き物と定義することさえ微妙で、何かを食べるための機関もなければ、人を傷つけるような武器となる機関もない。

 つまり害獣とも言えない、ただそこにいて人から逃げる人畜無害な毛玉、というわけだ。中にはペットとして捕獲している者もいるくらいだ。確かクラスの兎巴うさぎともえが、珍しい魔獣を飼っているとか言っていたっけ。


 ただ、やはり「完全に人畜無害」というわけでもなく。


 これら毛玉が集まると発生するのか、それとも何かしらの条件があるのか、または成長した姿なのか。

 それも解明されていないが、魔獣は「足の数」で強さが違うのだ。


 一般的に、その辺にポコポコ湧いてくるのは「足なし」と言われるただの毛玉だ。これは正真正銘の無害である。

 そして、「一本足」と呼ばれる足が一本生えたタイプから上は、何かの魔法が使える。

 しかしまあ、これも特に強いわけではないらしい。「火が出せる」という奴でも、ライターの火くらいの微弱なもので、バカな奴は己の体毛に引火してそのまま消滅したりする。


 そんな感じで「足の数」が増えるに従って、魔獣は強くなっていく。

 魔女のレベル制度と似たようなものだ。


 「三本足」辺りからは一般人接触禁止で、警察や専門機関が処理することになっている。見かけたら通報する義務も発生するとか。……俺は島で普通に相手させられてたけどな。


 現在の最大は、「九本足」まで確認されている。

 「九本足」……太平洋のど真ん中から浮上してきた竜頭の魔獣、通称「ヤマタノオロチ」と名付けられた巨大な魔獣は、世界中から高名な魔女や騎士たちを集めて処理した。

 テレビでも連日報道され、過疎化が進む俺の島でも大騒ぎだった。もう何年前になるのか……俺が四歳か五歳かその辺だったと思うが。


 かつてオロチ盛りと呼ばれた、ギャル魔女の間で流行った八本の竜頭を模したワイルドヘアが記憶に強く残っている……幼心に都会は怖いところだと心底思ったっけ。

 あの頃盛っていたギャル魔女は、今頃どうしているのだろう。





 ――と、バイト先に向かう道中、乱刃に簡単な魔獣の説明をしてみた。


「成長論や合体論である可能性も含めて、増えすぎると定期的に処理するんだよ」


 魔女が多い九王町には、やはりそれに比例して魔獣の数も多い。


 「四本足」くらいはかなり危険で、その辺の魔女では勝てない存在になってしまう。

 が、やはり習性なのだろうか。魔獣は生き物を嫌う傾向があり、こういうのは山や森の奥に隠れている。町中で見ることはほとんどない。

 だが運悪く遭遇し、人が襲われるという事件も実際あるのだ。やはり処理しなければいけないのだろう。


 知っているのか知らないのか、乱刃は黙って俺の話を聞いていた。


「なんか質問は?」


 乱刃は少し考え込み、そして言った。


「オロチ盛りとはなんだ?」

「そこを気にするなよ」


 なんとなく言ってみた俺の雑談だよ。乱刃は特に知らなくていい類の話だよ。





 バイト先として指定されていたのは、駅に近い雑居ビルの一階フロアである。毎回同じ公園でやっているそうだが、今日は天気が悪いので屋内になったらしい。

 急遽用意されたらしき案内板や、誘導に立っている人の指示に従い、ビルまで案内された。

 この分なら道案内なんて必要なかったな。


 受付に到着すると、あまり人はいなかった。五、六人ってところか。

 もう始まっているからだろうな。確か朝9時から始まっていて、終了が夕方6時だったはずだ。今1時だし。


「貴椿くん。乱刃さん」


 受付に向かうどころか、フロアを見回すより先に、話しかけられた。


「あ、蛇ノ目(じゃのめ)


 そう、ちょっと男前なそいつは、俺たちと同じ九王院学園高等部一年生・生徒会の蛇ノ目である。私服でも男前だ。

 例の事件で縁があって以来、校内で会えば挨拶したり雑談したりする関係だ。たぶん乱刃も似たようなものだろう。


 重要なのが、こいつも数少ない、俺のことを怖い目で見ない魔女であるということだ。

 だから俺は非常に接しやすい。


「君たちも来たんだね」


 ああ、乱刃の社会復帰の第一歩だとも!


「おまえは何をしている。おまえも参加者か?」


 乱刃のストレートな質問に、蛇ノ目はさらっと答えた。


「いや、手伝い。九王院の魔女がたくさん参加するから、トラブルに対応するために毎回生徒会も運営側の手伝いをしてるんだ」


 ああ、そういえば、学校内の揉め事は風紀委員、学校外の揉め事は生徒会が対応するんだよな。これもその学校外の活動の一環なんだろう。


「ちなみに完全にただ働き。丸一日手伝って弁当と飲み物が出るだけ」


 無給かよ……


「大変だな、生徒会」


 俺ならやってらんねえって感じだが……蛇ノ目は偉いな。


「ま、先輩も文句言わず参加してるからね。私だけ『やってられない』とか言ってても仕方ないし」


 やっぱり蛇ノ目本人は、多少は「やってられねーな」と思っているようだ。生徒会は偉いな。


 聞けば、他のメンバーとは面識がないので誰が誰なのかはわからないが、ここにいる数名は生徒会のメンバーで、他の生徒会連中は街中の見回りをしているそうだ。「たぶん見回りは適度にさぼってる」と蛇ノ目は囁いた。先輩たちもやってらんねーからだろう。

 更に蛇ノ目は「無報酬の道連れに風紀委員も要請したらしいけど、断られたんだ。あそこの代理はこういう時に仕事するよね」と、あのぐーたらな細目の仕事っぷりに呆れていた。俺も呆れた。やってらんねー気持ちはとてもよくわかるが。


「――どうしたの蛇ノ目さん」


 話し込んでいる俺たちを見てトラブルかと思ったのか、やって来たのはブラックスーツの女性。芯の強そうな瞳がまず印象に残る。歳は……二十半ばくらいだと思う。


「ああ、彩京さいきょうさん。学校の知り合いです。魔獣狩りの参加希望者として来たみたいで」


 この人は彩京さんといって、警察関係の人なんだそうだ。

 魔獣を探す以上、「四本足」以上の魔獣を発見することもあるので、こうして警察も関わっている。いざという時に対応できるように。

 ……ってことは、この人も優秀な魔女なんだろうな。


「……」


 蛇ノ目が紹介する間、彩京さんは隙のない視線で俺と乱刃をじっと見つめ――


「魔女じゃないわね」


 乱刃を見抜いた。


「違うが。問題があるのか?」

「……まあ、ないわね」


 何か言いたげだったが、結局言わなかった。

 きっと「魔女じゃないと大変よ」とでも言いたかったのだろう。実際大変なんだよな。魔獣って逃げ回るから。


「そちらのあなたも参加希望?」

「いや、俺はただの付き添いです。参加するのはこっちだけ」


 方向音痴だから、と付け加えると、乱刃に睨まれた。実際方向音痴だろうが。管理人さんに怒られたこと忘れてないぞ。





 蛇ノ目が乱刃に参加規約の説明をしている間、彩京さんは「ちょっと」と、少し離れたところに俺を呼んだ。


「彼女、大丈夫なの? 魔女じゃないと大変よ?」


 あ、やっぱりさっき言いかけたのはそれだったか。


「大丈夫だと思います。運動神経いいから」


 それに、大物に出くわさない限り怪我の心配はないし。仮に一匹も魔獣を狩れなくても、参加料が無駄になるだけだし。

 乱刃の社会復帰の一歩だと思えば、参加料を丸々損するくらい、どうってことない。


「もしかして騎士だったり?」

「……それともちょっと違うんですけどね」


 騎士らしいことはできないが、魔法を打破することはできる。

 点拳てんけんのことは俺も詳しく知らないので……上手く説明できないが。たぶん本人も口下手だから上手く説明できないだろうし。


「それより彩京さん、聞いてください。あいつは今、今後の労働意欲を持てるかどうかの瀬戸際にいます。金がない、でも働くのはイヤって言ってるんです」


 職業柄だろうか、俺の主張を聞いた彩京さんの目が、すこーしばかり厳しくなった気がする。


「俺がここに連れてきたのも、道案内の意味もありますが、逃がさないように連行してきたという意味もあるんです。……できればでいいんですが、優秀な『探知機ナビ』を貸していただけませんか?」


 『探知機』は、近くにいる魔獣に反応するコンパスのようなものだ。これを頼りに魔獣を探すのだ。闇雲に探すよりはよっぽど効率的である。

 チラシにも「希望者には『探知機』貸します」とあったので、俺が「これなら乱刃もいける」と思った理由の一つである。


 ただし、『探知機』は魔道具の一種なので、性能にかなりのばらつきがあるのだ。


「……残念だけど、いい『探知機』は全部持って行かれたわ」


 あれ!?


「魔女の参加者が借りていったんですか!?」


 魔女ならいらないだろう。『探知機』なんて。だって探知できるじゃないか。


「魔獣の捕獲に集中するなら、『探知機』があった方がはるかに効率的だからね。良い物を借りたいなら朝から来ないと」


 そ、そうか……余裕かましすぎたか。もう1時だもんな。朝9時からやってるもんな。便利な道具があればこぞって使いたくもなるよな。


「ということは、もう残ってない?」

「あるにはあるけれど……どれもいまいちかしら」


 貸し出す側が言うんだから、残り物は言い訳できないくらい、どれもいまいちなんだろうな。












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