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Witch World  作者: 南野海風
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47.貴椿千歳、説得に成功する





「――とりあえず食ってしまっていいだろうか?」


 さすが乱刃、無情な現実とチラシを突きつけてもまずは飯か。


「ああ、とりあえず食おう」


 この食への執念というか、執着は、乱刃の場合は「生きること」に直結している気がする。

 元々「食」ってのの行き着く答えは皆同じだと思うが、この時代と環境において、乱刃を見ていると特に強くそれを感じさせる。


 山菜中心の食生活――つまりは自給自足。

 それは、常に安定した供給があるかどうかわからない、ということでもある。


 …………


 あ、ダメだ。

 これ以上乱刃のことを考えると、深い森林の奥地で泥だらけでボロを着た現代人とは程遠い乱刃戒やせいじがちゅーちゅー花の蜜をむさぼる姿を想像してしまいそうだ。というかチラッと見えてしまった。

 過疎村で過ごしたっていうから、そこまでひどい生活環境ではなかったと思うが……いや、そこまでひどくなかったさ。きっとそうさ!





 昼食を済ませ、俺は洗い物に立ち、乱刃は俺が渡したチラシを見ている。


 いつもなら食ったらとっとと引き上げる乱刃だが、今日だけは居残りである。

 思えば、すぐここから出て行っていたのも、食事関係で俺に耳に痛いことを言われる前に逃げていたからかもしれない。

 「草よりはマシ」くらいなものかもしれないが、俺が作った料理をおいしそうに食べてくれるのは、純粋に嬉しかったりする。強く求める分だけ嬉しかったりする。

 今後どうなるかは知らないが、ひとまず働いて稼いで、飯を食わせる理由を作ってほしいものだ。


 手早く食器を洗い、シンクに残った泡も流し、冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出して切り株テーブルに戻る。

 特に意識していなかったのだが、乱刃は出入り口に近い方、俺がその対面で、管理人さんはテレビの正面という指定位置ができていた。

 今更変える気もないが、変えたら違和感があるかもしれない。それくらい慣れてしまった。


「どうだ?」


 自分のコップに烏龍茶を注ぎつつ、チラシを熟読する乱刃の様子を伺う。


「うむ」


 チラシから顔を上げた乱刃は、いつも通りの不機嫌そうな顔。先の動揺は静まったようだ。


「今日のデザートは杏仁豆腐を食べてみたい。星雲があれはおいしいと言っていたぞ」

「もう一度寝ぼけたことぬかしたら夜は飯出さないからな」

「…………」

「言っとくけど、俺は本気で、大真面目に働けって言ってるからな」


 ――実はこの「餌付け関係」、クラスでものすごく問題視されている。


 いや、クラスだけの問題じゃない。

 数日前に偶然会った2年生の樹先輩も、その話を切り出した。

 「話題になってるよ」と。

 「私も男の手料理を今一度……どうか情けをくれまいか……?」と。

 口調だけは冗談だが、表情はヤバイくらいに真剣に言っていた。

 

 理由が必要なのだ。絶対に。

 そうじゃないと、せっかく好転しつつある「魔女の敵の乱刃戒」の噂が、今度は違う形で再燃焼してしまう。


 さっきの話でわかった通り、やはりこいつは俺を食料源と見ている。

 それこそ代わりに食事を提供してくれる者がいなければ、自分から俺との餌付け関係を解消したいとは思わないだろう。


 ……正直、俺ももう乱刃を放っておけなくなってるしな。

 完全に情が移っている。草生活に戻らせたくない。花の蜜なんて吸わせたくない。吸うな。


「千歳、一応聞いておきたいのだが」

「なんだ」

「食費とはいくらくらい必要なのだろう?」


 食費か。そういや考えてなかったな。

 乱刃なら千円でも二千円でも、入れてくれさえすれば……と思うが、それじゃダメなんだろうな。


 ……ざっと考えて。


「月でこれくらい」


 と、俺は掌を広げてみせた。つまり指五本だ。


「ご、ご、五百円も、か……!?」


 ……なんか驚いてるけど、俺も驚いたよ。


「ちょっと言いづらいんだが……乱刃、桁が違う」

「五十円!?」


 瞬時に顔に「やったー!」と書かれてしまったが、そっちじゃありません。


「上。上だよ、上。丸を増やせ」

「……」


 うわ……なんか震え出したぞ。


「ば、ばかな……五千円も、だと……? 私はそんな大金見たことがないのだぞ……?」


 うん、まあ、高校生には大金だと俺も思うけどな。


「朝昼晩の食事だ。単純に一食百円と考えたら、一ヶ月五千円は安いと思う」


 むしろ三食なら、明らかに足りない……ん? あれ?


「そういえば、おまえ昼飯はどうしてるんだ?」


 最近の乱刃は、朝もここに来て俺と一緒に食べる。夜も当然来る。

 だが、学校に昼は?

 俺は食堂に行っているが、金がない乱刃は――


「草だ」


 愚問だったか。


「最近はおまえの飯に慣れたせいで、なかなか身体が受け付けなくなってしまったがな。あの苦み、青臭さ、噛みしめるたびにえづく始末だ。果たして私は本当にあれを毎日食べていたのかと疑問にさえ思うようになった」


 恨みがましく俺を見るな。それは俺のせいじゃない。


「俺、そろそろ弁当に切り替えようと思ってるんだ。炊飯器も買ったしな。だから金さえ払えばおまえの弁当も作るよ」

「本当か!? 昼もうまい飯が食えるのか!? もう草を手放していいのか!? 学校で花が生えている場所を求めて探し歩く必要もないのか!?」


 そんなことやってたのかよ……


 色々言いたいこともあるが、まず、とにかく、花の蜜を吸うのは今すぐやめてもらいたいものだ。

 悲しい気持ちになるから。

 もし現場見たら……俺、きっと泣いちゃうよ……





 色めき立つ乱刃を落ち着かせる。

 弁当が決め手になったようで、「働いて稼いで俺に金を払おう」と心は決まったらしい。


 では、次のステップに進もう。


「チラシ読んだか?」


 こいつに対人関係……接客的なものは無理だろう。口下手だし。偉そうだし。

 それよりは、その並外れた身体能力を活かす方向で考えるべきだ。


「歩合制で日雇い、場所は近所。日時は今日と明日の二日。おまえも魔獣くらい見たことあるだろ?」


 チラシを読めば読むほど、乱刃向きだと俺は思った。


  ――三ヶ月に一度の大仕事! 魔獣狩りを手伝ってくれる魔女募集中!! (高校生可)


 各都市で定期的に行われる、小型魔獣の間引きだ。……まあこっちのは捕獲になるらしいが。俺も島でやったことがある。

 この辺は魔女が多いから、町区切りでやるらしい。きっと魔獣の数が多いんだろう。


「特に不満はない。……が、この『魔女募集中』というのが気になる。私は魔女じゃないぞ」

「それはなんとかなる」


 元々この仕事は、レベルが低い魔女向きなのである。その気になれば幼稚園児だってできる。

 というかレベルは関係ない。

 高レベルだろうか低レベルだろうが、とにかく面倒臭いだけだし。


 こいつの運動神経なら魔女に遅れを取ることはないだろう……いや、むしろ向いているかもしれない。

 

「俺も島でやったことがあるから。魔女じゃなくてもできるんだよ」


 ただ、魔女でも面倒臭いから、魔法が使えない常人にはもっと面倒臭いってだけでな。

 日本有数の魔女学校があるから、チラシにはそう書いてあるだけだろう。この辺は魔女ばっかだし。


「では早速行ってみるか」

「よし、行こう」

「千歳も来るのか?」

「参加費が必要なんだよ。俺が立て替えてやる」


 ……あと、一人で行かせるのがちょっと心配だからな。乱刃は方向音痴だし。そして現地で交渉くらいはしてやろう。


 これは乱刃戒が社会と向き合う大事な一歩だ。


 必ず成功させて、今後は「金が欲しければ働く」という基本的な常識を身体に刻み込ませねば。











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