39.貴椿千歳、帰宅する
「それで――」
委員長・花雅里が、『瞬間移動』で下に降りてきた。
「この状況、あなたはどう収拾をつけるつもりですか?」
流れで考えると、クラスメイトが誘拐されたから追いかけてきた、という形である。
すっかり囲まれている蒼桜花学園の魔女は、特に焦った様子もなく、周囲の魔女に視線を巡らせる。
「どうもこうも、特に何もないけど?」
やはりこの人は冷静だ。
魔女としての力も優秀だが、頭の回転もかなり速いんだと思う。案外俺たちがあの囮作戦に考案した日常習慣にボディガードを付けていたことも、最初から気づいていたのかもしれない。
そう思えるくらいには、この状況に動揺の色を見せない。
「私は、好みの男とちょっとお話したいなーと思って顔を貸してもらっただけ。強引に連れ去った? 強引さで九王院の魔女に勝てる気はしないんだけど」
周囲からブーイングが起こるも、委員長も魔女も冷静である。
「では、もう用事は済みましたか?」
「悪いね。茶番に付き合わせて」
「自分で自分の言い訳を茶番と言わないでください」
魔女は「そりゃそうだ」と一笑すると、俺を見た。
「いい仲間に囲まれてるね。強引そうだけど」
まったくだ。
クラスメイトと苦楽を共にし、お互い困ったことがあったら助け合う。
一人じゃできない、夢にまで見た都会の学校生活を、こんな形で実感するなんて思わなかった。
今度は俺が、誰かを助けたいものだ。
ふっと、魔女が真顔になった。
「私の仲間なんてアレだよ?」
……うん。それにはちょっと、同情したい。
見ないように、そして気づかないようにがんばって無視していたのだが……改めて見るとひどいものである。
――途中からやたら静かになっていた女子1とヘンタイの女子3は、いつの間にか、持ち込んでいた『魔女水』を飲んでお菓子を食べ散らかして、眠りこけていた。
「もう解散でいい? 私はあいつら連れて帰るわ」
それでも見捨てないのか。俺なら置いて帰りそうなものだが。
「私たちとしては、貴椿くんと乱刃さんを解放していただければ、ここにいる理由はありません」
「じゃあそれで。よろしく」
こうして、1年4組総員 (一名欠席)を巻き込んだ事件は、幕を下ろした。
「――あ、そうだ」
委員長の解散宣言が出て、ぞろぞろとこの場を去るクラスメイトたちと一緒に、俺と乱刃も外へ出ようとして動き出した時。
魔女が俺たちを呼び止めた。
「私の名前は雨傘才歌。蒼桜花学園の2年生。特にまた会う予定はないけど憶えといてね、貴椿。乱刃」
再会する予定はないが。
しかし俺も、なんとなく感じていた。
彼女――雨傘才歌とは、いずれまた会うんだろうな、と。
「もうすぐ八時になります。速やかに帰宅してください」
九王院の魔女の多くが、親元を離れて学園が用意している寮にいる。こんな事件のあとでも、門限厳守は必須事項である。
もちろん俺たちも例外ではない。
早く帰らないと、管理人さんにまた怒られてしまう。
しかし、ここはどこだ?
外に出たところで、この辺がどこら辺なのかわからない。街灯の少ない辺りは暗く、似たような建物が並び……やはりどこかの倉庫街だろうか? 九王町にこんなところがあるのか? そもそもここ九王町か?
俺は『瞬間移動』で誘拐されたので、ここに至る道順なんて存在しなかった。
乱刃もたぶん憶えていないだろう。案外方向音痴だから。
少し高いところから周囲を見れば、九王院の巨大な樟が見えるかもしれない。
まあ今回は迷う心配はなさそうだが。委員長いるし。
クラスメイトたちは口々に俺と乱刃に声を掛けると、各々さっさと帰途につく。
こういう時、魔法は便利だなと心底思う。
『瞬間移動』いいよなー楽そうで。俺も魔法が使えたらなー。
「私たちも行こうか」
恐らく俺たちを送るため最後まで残ってくれた橘が言うも、これまた送ってくれるために残ってくれたのだろう委員長が「いえ」と首を横に振った。
「先に挨拶をしておかないと」
委員長が、とある方を指差す。
それを追うと――お、北乃宮! そういや来てるって言ってたな!
「終わったか?」
落ち着くのを待っていたのだろう北乃宮は、数名の女子を引き連れてこちらへやってきた。
「おつかれー」
その数名の女子は、風紀委員の七重先輩と、御鏡先輩と、華見月先輩と……あと見たことのない人が一人。この人はたぶん風紀委員じゃない……あっ、「風紀」じゃない!
なんとなく違和感があると思えば、左腕の腕章の字が違った。
そこには、もう見慣れた「風紀」ではなく、「生徒会」の文字が刻んであった。
「――初めまして。生徒会の蛇ノ目です」
初めて見る「生徒会」の腕章に驚いていると、その人は自己紹介した。
「君と同じ1年だよ。貴椿くん」
1年かよ。隣の七重先輩より存在感あるから2年生か3年生かと思ったよ。
「で、終わったの? 問題あった? なかったよね?」
七重先輩は、問題はなかったということでさっさと帰りたいようだ。
「というか、なんでここに?」
「あたりまえだろう」
応えたのは、副委員長の華見月先輩だ。
「襲われる可能性が高い生徒を放置などできるか」
……そう考えると、風紀の人たちからすれば、何も手を打たないわけがないのかもしれない。
もしかしたらクラスメイトと同じように、毎日俺たちを影から見守っていた可能性もある。
何にしろ、こうして来てくれたのは、これも俺たちのためだろう。この人たちにも迷惑をかけてしまった。
「ごめんね。本当は私たちの仕事なんだけどね」
蛇ノ目は謝罪の後、簡単に生徒会の役割を話してくれた。
曰く、学校内の揉め事は風紀委員の管轄、学校外の揉め事は生徒会の管轄と、線引きと役割分担ができているらしい。
ただし、春はいつも人手不足になるので、状況に合わせて連携するそうだ。今日このように。
「今回は学校外での活動だから、一応生徒会のメンバーに同行してもらったわけ。無断で校外で活動して、あとから生徒会に小言言われるのも嫌だしね」
「私としては七重委員長代理が現場に来たことに驚いていますが」
「そう? この二人、風紀に欲しいと思ってるから。生徒会にはあげないよ」
あ、スカウトの話……でも乱刃はもう断ったと言っていたが。七重先輩は諦めてないのか。
「――言わば点数稼ぎさ。こうして小さな恩を売って重ねて断れない状況に持っていく……私はストレートな甘い言葉も好きだけど、外堀を埋めて逃げ場所を奪っていくのも嫌いじゃないからね」
赤裸々すぎるだろ。本人たちの前で。
「代理、詳しい報告は後日にしましょう。そろそろ時間です」
「門限です。帰りましょう。乱刃、貴椿両名は、明日風紀委員室に出頭し、本日の顛末の報告をするように」
御鏡先輩が門限を告げ、華見月先輩の通達があり、今度こそ本当に解散した。
委員長と橘が九王荘まで送ってくれた。
そうそう、委員長は『瞬間移動』が得意で、家系からの遺伝が強いらしい。きっと移動だけではなく、もっと高度なこともできたりするのだろう。
結構な長距離を一発で移動し、九王荘の前で別れた。
外階段を登っている途中で、買い物した荷物を道路に置いてきたことを思い出す。
ああ……メインの刺身がなくなったか……
残り物で夕飯を――と考えながら登りきると、俺の部屋の前に、管理人さんが立っていた。
「――おかえりなさい。事情は聞いているから」
どうやらクラスメイトの誰かが――特徴を聞く限りでは縫染小夜が、置きっぱなしにしてしまった買い物袋を、いったん管理人さんに届けておいたらしい。その過程で簡単に事情を説明し、「もし門限を過ぎても今日だけは許してください」とお願いもしたそうだ。
なんと細やかな気遣い。
これは確実に明日お礼を言うべき案件だ。
ありがとう縫染。
これで今夜はごちそうだ! 海鮮丼だ!




