38.貴椿千歳、頼もしさを感じる
咳き込みながら説教する俺を、なぜか魔女が止めた。
「まあまあ。子供のやったことだから」
乱刃は俺と同い年のはずなのだが、その言葉は不思議と俺を落ち着かせた。
そうだ、子供のやったことだ。
ちょっとくらい本道からはずれたからって説教するのも大人気ないよな。子供だもの、どうしてもプリン食べたい時もあるだろうさ。
くそ。
殴られたことより何より、プリンと呼ばれたことの方が何倍も腹立たしい。
乱刃の中では俺の名前憶えることより、そして今現在は俺自身より、圧倒的にプリンの方が大事ってことだろ。気持ちが口に出るってことはそういうことだからな! 意識してか無意識かは知らないがプリンと天秤かけられて俺の方が負けたってことでもあるんだろうしな!
……ダメだ。考えれば考えるほど腹立たしくなってきた。
プリンのことは、俺の気持ちが落ち着くまで、よそに置いておこう。今考えたらダメだ。
気持ちを切り替えて、説教ついでに乱刃にはこれも言っておかねばなるまい。
乱刃は知らないんだろう。
俺以上に、魔女の世界のことを。
「召喚魔法を使用してる魔女を気絶させちゃダメなんだよ」
乱刃がやろうとしたことは、銀騎士を呼び出したる術者の気絶だろう。
そう、それは非常に合理的な魔女の倒し方である。
通常であれば。
「普通の魔法なら、術者が気を失えば魔力の供給とコントロールを失い消える。でも召喚は違うんだよ」
擬似的な意思や、様々な条件を付加して、自動的に動く魔法を作ったり、操作したりすることはできる。しかしそれはあくまでも条件的要項から動作が成り立ち、魔法が意思を持っているわけではない。
その点、召喚は違う。
呼び出したモノは、魔女の力量に比例して――あるいは本体の本質を色濃く残したまま、こちらにやってくる。
「竜狩りの銀騎士バルゲルト」は、血まみれの見た目によらず、非常に紳士的で大人しい召喚獣と言える。
従順で、知能も高く、呼び出したる術者の意思によく応えてくれて、本体は召喚に慣れない初心者でも力を貸してくれる。
そして簡単なわりに攻撃も防御も非常に優れているという、召喚業界ではかなりメジャーな召喚獣だ。
……獣って言い方も少々おかしい気はするが、召喚で呼び出されるモノは全てその括りなのだ。
しかしそれは、術者が――コントロールする存在があってこそだ。
もしコントロールを失えば、力だけ取り残された形になる召喚獣は、己の意思で動き始める。
つまり、暴走する。
この世の存在ではない、この世のルールやモラルを知らない、法に縛られない、純粋なる力の具現が、本能のみで動き始める。
これがどれだけ恐ろしいことかは、想像するまでもないだろう。
魔法や召喚に対抗するには、魔女本体を攻撃すること。
これは非常に合理的で、乱刃のやろうとしていたことはよくわかる。
ただ、やるのであれば、あんなに強く殴っちゃダメだ。
あの拳を防御なしで食らったら、よほど屈強な身体の持ち主じゃないと、意識が飛ぶ。
……防御しておいてなおダメージを受けている俺が言うんだ、間違いない。
つーか、乱刃のこのウエイトでなんであんな威力が出るんだよ……俺の身体が浮くほどだぞ? まだ内蔵いてーよ……
――とまあ、そんなことを簡単に説明すると、大人しく聞いていた乱刃がギラリと俺を睨んだ。
ちなみに銀騎士はもう魔界に帰った。
魔女いわく「もういいや」とのこと。興醒めしたのだろう。
「では、先のことはどう説明する」
「は?」
先のこと? なんのことだ?
「おまえにプリンを責める資格があるのかと聞いている」
「プリンは責めてない」
責められるべき理由があるのは乱刃、おまえだ。プリンに罪をなすりつけようとするな。プリンを利用するのをやめろ。
「だいたいおまえは放っておいても生きられるだろう」
なんの話だ。
「しかしだ……プリンは……プリンは私が食べないと……駄目になってしまうのだぞ!!」
……ほー。
いまだ内臓の痛みが引かない俺に、よくもまあプリンの話を振ったもんだなこの野郎。
「どうしてもプリンの話がしたいっていうなら、とことんやってやろうか。おまえが二度とプリン食いたくなくなるくらいに。本気でやってやろうか」
「…………」
乱刃はやり合う前に己の負けを察したのか、二、三回ほど咳払いをして話を戻した。
いや、話を変えた、と言うべきか。
「おまえはさっきもその魔女を庇っただろう」
…?
言葉の意味がわからない俺だが、これは俺より先に魔女が理解した。
「あのトカゲの件ね。……そうか。あんた私を庇ったのか」
あ、あれか!
俺が誘拐された原因である、トカゲが飛びかかってきたアレか!
「私はそれなりにおまえを知っている。おまえなら、あれくらいは簡単に避けられただろう。だから私は『わざと誘拐された』と判断したのだ。だが」
だが――だが、そうだな。
俺はあの時、トカゲが口の中に魔法陣を仕込んでいて、食われたら『瞬間移動』させられる、とは知らなかった。予想外だった。
あの時の俺は、あれを、ただのトカゲの攻撃だと思った。
そしてもう一つ。
あの時は、俺の真後ろに、この魔女がいた。
下手に回避すると後ろの魔女にトカゲが当たるかもしれない――それが俺が回避しなかった理由である。
そうか。乱刃は見抜いていたのか。あれを。
……俺的にも結構ギリギリではあったんだけどな。あのトカゲの動きは予想外だった。すごく驚いたし。
「それもある。そして今この魔女を庇ったのは、加害者を被害者にしないためでもある」
俺が多少怪我をする分には良かったのだ。
怪我をしたところで、回復魔法の使えるクラスメイトも近くに控えていたし、証拠として撮影もしている手はずだったから「俺たちが被害者」という構図が不動のものとなるから。
ややこしいのは、襲撃を撃退して相手に怪我を負わせた場合だ。
正当防衛は間違いないが、あの時はまだ襲撃の理由を知らなかった。
犯人が恨みや、予想もできない止まれぬ事情で動いている可能性も捨てきれなかったあの時、更に恨みを買うような流れには持って行きたくなかった。
誘拐されたのは、こちらとしても都合が良かったのだ。狙い通り目的を知ることもできたしな。
しかしまあ、当初のこちらの計画からはかなり逸脱したし、たぶん今頃クラスメイトたちは大慌てで、誘拐された俺と追いかけてきた乱刃を探しているだろう。
……いや、それでも、あの委員長が、こんなことを想定していないとは思えない。
多少時間は掛かるかもしれないが、必ずここに、助けに来るだろう。
――というか、もう来てるかもしれない。
密度は濃かったものの、ここに連れてこられてまだそんなに時間は経っていない。が、委員長なら余裕で追跡していそうだし。
そんなことをつらつら考えていると、乱刃はビシッと俺を指差した。
そして、衝撃の一言を放った。
「おまえはその魔女のことが、す……す、すす好きだから! 二度も庇ったのではないか!?」
……何を言ってるんだこいつは。
「そうなの?」
しらける俺の横で、魔女はニヤリと笑って俺を見ていた。おまえも何を言ってるの?
「そういうことなら別に付き合ってもいいけど?」
だから何を言ってるんだおまえは。
「――私も密かにそう思ってた」
ん!?
頭上からのその声に、俺たちは振り返る。
乱刃がやってきた辺りの中二階のそこには――委員長・花雅里と、橘が立っていた。
その橘が、えっらい冷めた目で俺を見下ろしていた。クラスメイトとして結構よく話すが、こんな表情始めてみた。
……まあ委員長は基本的にいつも冷めた目してるし。普段からわりと「あれ? なんで虫が二足歩行してるの?」と言いたげな顔してるし。
「そう思ってるの私だけじゃないと思うよ?」
その言葉を合図に、そこらへんからぞろぞろと、俺たちを護衛してくれていたクラスメイトたちが姿を見せる。
いつの間にいたのかわからない。
きっと様々な魔法を駆使して、とっくに入り込んでいたのだろう。
「――私、最初からあやしいと思ってたのよね。あの無駄にでかい胸が気に入らないし」
「――まあまあ。恋愛は自由だし。……でも九王院の男をたぶらかしたメスには罰が必要よね。誰がなんと言おうと。相手が誰であろうと」
委員長と橘の隣に並ぶように、動物使い見習いの兎巴と、今日も輝きを忘れない女・恋ヶ崎咲夜が現れる。
もしかしたら二階の窓が開いていたりするのかもしれない。乱刃も入ってきたし。
「――ゆ、ゆ、ゆるさない。ぜったい、ゆるさない」
「――……」
彼女らが並ぶ場所から向かい側の二階に、興奮して顔が真っ赤になっている乱刃以上に小柄な猪狩切映子と、突っ走りそうな猪狩切を抑えている無口な和流是音が立つ。
「――星雲さん、今日は帰っちゃったから」
ふと、俺たちの目の前の空間に、縦の切り込みが入った。
そこから空間を押し広げてやってきたのは、縫染小夜。彼女は『瞬間移動』とは違う種類の空間移動を得意としている。
「今日まで皆勤で参加してたのに、今日に限って用事があって休んだから。気持ちだけここにいると思っていいから」
ああ、星雲ささらは今日は休みなのか。じゃあ気持ち的にはいるという形で。
「――蒼桜花の雨傘才歌。相も変わらず下らんことをしておるな」
「――……」
正面の出入り口を堂々と開けて入ってきたのは、歴史ある三道王剣道道場の娘である三動王夢幻。……と、その背後にチラッと見えたのは調査が得意な風間一だ。
「――ちなみに」
委員長が言った。
「北乃宮くんは、表で待っていますよ」
……すげえ。
じゃあ、クラスメイト全員がここに来ているのか。……星雲以外。
猪狩切映子。
兎巴。
花雅里明日。
風間一。
恋ヶ崎咲夜。
和流是音。
橘理乃。
縫染小夜。
星雲ささめ。
三動王夢幻。
そして乱刃戒。
北乃宮匠。
最後に俺、貴椿千歳。
この13名こそ、俺のいる九王院学園高等部1年4組総員である。
誰一人欠けることなく、俺たちのために時間を裂き、骨を折ってくれた、大切なクラスメイトたちだ。……あ、星雲は運悪くいなかったか。
普段は怖いばかりなのに、今彼女たちは、とても頼もしく見える。
伊勢海老持って行ったりする魔女たちなのに、みんな俺たちのために来てくれたのだ。……いよいよ事件が起こった当日に来れなかった星雲がちょっとかわいそうだが。
気持ちはちゃんとここにいる! という体で!
「ねえ、会った時に言ったこと、憶えてる?」
魔女は、いかにも面倒臭そうな顔で、頭を掻いた。
「――九王院の男に手を出すと、後々すごい面倒なのよ」




