36.貴椿千歳、真相を知る
この乱刃乱入には、本当に驚いた。
「おまえどうやってここに来た?」
だってこの魔女たちは、『瞬間移動』で飛んできたはずだ。魔女じゃない乱刃に追跡なんて出来るわけがない。
しかし乱刃は、本当に何気なく言った。
「普通に追いかけてきただけだが?」
いや普通じゃねえよ! ぜんっぜん普通じゃねえよ!
「向こうの二人は『瞬間移動』が下手だ。短距離移動を繰り返したからな、追いかけるのは簡単だった」
お、おいおい……普通のことのように言うなよ……
「道だけ選んで飛んできたわけじゃないだろ」
それこそ民家の屋根や建物の上、空中から空中にだって『瞬間移動』は可能だ。
障害物を無視して最短距離を『跳ぶ』のと、物理法則と重力に逆らえない普通の人間では、どちらが移動速度が速いかなんて聞くまでもない。
にも関わらず、乱刃はしれっとついてきたことになる。
「屋根とかに飛んだだろ。道路走って追いかけて来たのか?」
「いや、私も屋根に飛んだりしたが」
ほんとかよ! 悪路を通ったどころか障害物さえ物理的に乗り越えてきたのかよ!
「おまえすげーな!」
常人離れした身体能力を持っていることは知っていたが、これは俺の想像を超える出来事だ。
人間って、鍛えたら抗魔法なしでも魔女に対抗できるもんなんだな。
「……? すごいのか?」
「すごいね」
魔女まで同意するほどである。すごいんだよ。マジですごいんだよ!
「……では、たきつばき」
「惜しい!」
しかもちょっと噛んだくらいの許せる範囲の名前ミスまで出た! 今なんか絶好調じゃないか! 乱刃フィーバー始まってるじゃないか!
「私のすごさに免じて、今日はプリンを」
「それとこれとは全然話が違うだろ」
なぜ乱刃がすごいとプリンを買って与えねばならないのか。まったく関係ないだろ。そこの関係性を認められないだろ。
「…………じゃあ、もう、すごくなくていい」
乱刃はプイッと顔を背けた。へそを曲げてしまったようだ。どんなすね方だよ。
「……で、感動の再会は済んだ? そろそろ話を戻していい?」
はい、そろそろ始めてください。
「ちょっと個人的な目的が重なってややこしくなってるんだけど、大元は乱刃戒、あんたへの挨拶なの」
挨拶?
へそを曲げている乱刃は聞いているのか聞いてないのか顔を背けたままだが、彼女が発したその名前は、すねている乱刃を振り向かせるだけの力があったようだ。
「北霧麒麟」
「――っ」
普段から無駄に鋭い乱刃の視線が、更に厳しく尖ったものになった。
「麒麟……だと?」
「兄弟子なんでしょ?」
兄弟子、って……例の点拳の伝承者がどうこうのの!? あ、これそっち繋がりの事件なのか! 魔女繋がりじゃなかったのか!
「新学期始まって結構経つのに、春から九王町に来てるはずの弟弟子がなかなか挨拶に来ないっつって超ご立腹。だから私たち、北霧に頼まれてあんたの簡単な身辺調査をして、現在挨拶を決行中ってわけ」
そっちだったのか……
「俺はてっきり、うちの生徒に仕返しを頼まれたんだとばかり思ってたんだが」
犯人がわかった瞬間、乱刃とケンカして負けた九王院の魔女が、町の不良に報復を頼んだんじゃないかと思ったのだが……
俺の予想はかすりもしない大はずれだったようだ。
……そもそもこいつら、初対面のインパクトが強くて俺の中に不良のイメージが付いてしまっているが、たぶん不良じゃなさそうだし。――不良じゃなくてヘンタイは間違いなくいるようだけどな!
「それはないよ。だってそれ、九王院の生徒の恥でしょ? 恥ずかしいことをわざわざ外部に漏らす? 自分たちで吹聴して回る?」
それもそうだ。魔女はプライドが高いからな。
ただの女子に魔女が負けたので復讐してください、なんて、なかなか言えないだろう。それこそ先に二年生や上級生に頼みそうなものだ。
「で、乱刃戒周辺を調べ始めたら、見覚えのある男がいる」
それが俺か。そうか、俺との再会は本当に偶然だったのか。
「そしたらうちのヘンタイがはりきっちゃって」
奴か……奴には会いたくなかったよ!
「乱刃戒に挨拶だけするつもりだったんだけど、今あんたら風紀の罰で契約中なんでしょ? そんな面白い状態の時に普通に挨拶するのも芸がない。
というわけで、色々あってこんな感じになっちゃった」
……つまり、だ。
「結局、その……北霧さん? その人が乱刃に挨拶したかっただけ?」
「そうなるね」
そして一部の過激派が俺まで巻き込んでくれた、と。……乱刃の伝承者方面の接触とはな。本当に予想外だったな。
タネ明かしを終えた魔女は、優雅にふわふわ浮いていた『空気椅子』から立ち上がった。
「というわけで、挨拶を始めたいんだけど。どうする? やめとく?」
ん? 挨拶を始めたい? どういう意味だ?
「麒麟の使いだろう? ならばやれ。あいつに恥を掻かせると後が大変だぞ」
「同じセリフを返したいね。なんで挨拶しに来なかったの? あいつがそういうのにうるさいって知ってたでしょ?」
「……こっちにも事情があるのだ」
魔女は「ふーん」と、興味があるのかないのかよくわからない相槌を打ち――ポケットから紙を出した。
「契約中でしょ? 本当にいいのね? 私、さすがに警察沙汰は嫌なのよ」
「構わん。一発だけなら認められている」
そう、実はそうなのだ。
さすがの風紀委員も「高確率で九王院の生徒以外に襲われるかもしれない」という危険な状況下では、例外的措置を認めてくれたのだ。
今も俺たちを縛っている契約書には、乱刃は拳一発だけ、俺も一回だけ抗魔法の使用を認める、という一文が加わっている。
あの規則に厳しい副委員長・華見月先輩も、渋い顔をしながらも認めたくらいだ。
「いいから早くしろ。腹が減って仕方ない。……今日はプリンもないし」
プリンこだわりすぎだろ。
「あっそ」
魔女は折りたたんでいた紙を広げた。
「――じゃあ、せいぜい死なないでね?」
魔女の手から滑り落ちた紙は、意志があるかのようにふわりと浮き上がると、乱刃の目の前に落ちた。
真紅の八芒星を刻まれたそれは、単体でも淡く光を放ち――
「『我が魔を招きし力、気高き魔界の騎士に捧げん。
願わくばその力、星屑の瞬きに等しき刹那の情を我に与え給え。
――説く、竜を屠りし暗黒に眠る騎士よ、祖の剣を以て我が敵を討て――』
詠唱に合わせ、手馴れた、それでいて淀みのない一種の美しささえ感じさせる見事な印を結ぶ。
魔法陣は魔女の儀式に応え、生き物のように紙から広がり、床へと転写する。
合掌し、意思の力を溜め、それを床に叩きつける。
「――竜狩りの銀騎士バルゲルト、招来!」
魔女の呼び声に歓喜の雄叫びを上げた。
魔法陣から発生する紅い光は、柱のように立ち上り、力強くも禍々しく輝く。
この野獣の唸りのような声は、魔界の風の音とも言われているが、やはり真相は定かではない。
しかし、この声は間違いなく、召喚魔法が成功して魔界より何かが出ずる予兆である。
光の柱が、次第に輝きを失い。
そこに跪くのは、貴き銀の鎧の騎士。
その美しき鎧は、邪竜の返り血を浴びて赤く染まり。
邪竜に「永遠の命」という血の呪いを受けた貴き騎士は、世界中の邪竜を滅ぼすという復讐を胸に、今も魔界を徘徊している。
それが「竜狩りの銀騎士バルゲルト」だ。
「あの北霧と同じ拳法使うんでしょ? あいつは私の銀騎士を一撃で倒したわよ」
「そうか」
ゆっくりと立ち上がる銀騎士に対し、乱刃もゆっくりと構えた。
「――ならば私も一撃で倒しておこうか」




