34.貴椿千歳、食われる
34.貴椿千歳、食われる
「見えるか?」
「かろうじて」
「そうか。ではまずいな」
元々が黒いだけに、例の巨大トカゲは夜の闇と同化しているかのようだ。
外灯の光が当たっても見づらいというのは、確かにまずいかもしれない。俺は元々外灯などが少ない田舎育ちなので結構夜目は利く方だと思うが、それでもぼんやりとしかトカゲを確認できない。
乱刃ははっきり見えている……のか?
今は素直に、その技術が羨ましい。
――犯人の思考パターンもシミュレート済みだ。
もし契約期間内での襲撃を狙うのであれば、今回二度目のこれは、犯人としては絶対に失敗できない策となる。
犯人が俺たちに、あるいは俺か乱刃に何をしたいのかはわからない。
しかすまず言えるのは、このタイミングを逃すことなく確実に目的を果たすために、恐らく犯人は、今度はトカゲと一緒に襲撃に加わる可能性が高い。
つまり、近くに犯人がいる、かもしれないのだ。
「トカゲはなんとなく見えるが……魔女はどこにいる?」
「わからん」
だよな……わからないよな、さすがに。
「三人いる」
嘘!? マジで!?
「さ、三人もか!?」
てっきり単独犯かと思えば、複数名犯人がいるってのか!? 偶然居合わせた通りすがりとか……なわけないか。さすがに。
俺にはさっぱりだが、乱刃にはこの公園内に、三人の魔女がいることがわかるそうだ。
……その技術本当に羨ましいな! あとで教えてもらうか!
「たきつばた、本当に見えないのか? それはまずいな」
「貴椿だ。なんとなく魔力は感じるんだが、それ以上は無理だ」
「では、少々痛いかもしれんな」
「……我慢するよ。痛いのは慣れてるし」
婆ちゃんの試験に比べりゃ、大抵のことは軽い。
だって殺しに来るほどひどいことはしないんだろ? 婆ちゃんは何回俺を殺しかけたことか……
「来るぞ」
乱刃が言った瞬間、トカゲが音もなく突っ込んできた。
この闇夜の下に音もなく這いよる大きな影……まさに悪夢のような生物である。
俺と乱刃は持っていた荷物を置き、左右に分かれてやり過ごす。乱刃は右に、俺は左に。この動きも打ち合わせ済みだ。
この後、トカゲの動きを見て、どちらに追撃を掛けてくるか。
それで俺と乱刃、どちらを優先して狙ってくるかを見極めるのだ。
果たして――んっ!
四足歩行の強みは、真っすぐから急停止も急旋回もこなす安定感だ。トカゲは回避した俺たちの間、ついさっきまでそこにいた場所で急ブレーキを踏むと、その場で横回転して、円を描くようにしてシッポで大きく払った。
グオオと空を薙ぐ音が聞こえた瞬間、俺は反射的に思いっきり垂直にジャンプした。
しっかり曲げた足、スニーカーのつま先に、尾の先がかすめた。
「おい、男! 無事か!?」
「なんとか!」
直撃はしていない。
かすったせいで空中でのバランスを崩し着地が不格好になっただけで、ダメージはない。口調からして乱刃も避けたようだ。まあ俺が避けられるくらいだ、あいつなら余裕だろう。
焦ったぜ……まだ怪我をするのは早いからな。
一回目の襲撃でも問題視・疑問視された通り、使い魔を人にけしかけるという行為は、すでに警察沙汰の暴力事件である。
前回は、誰も怪我をせず撃退できたから大事にならなかったが、もし俺か乱刃、もしくは第三者がトカゲにやられて怪我でもしていたら、本当に警察沙汰になっていただろう。
昨今、魔女の人権と権利は認められてはいるものの、俺たちのように魔法が使えない者と共存するために、魔法関連の事件には非常に厳しい罰が下されるのが通例となっている。
そう、つまりここで俺か乱刃が怪我をすれば、この襲撃事件と犯人は、警察に追われることになる。
というか二度目の襲撃という点で、すでに何かしらの罪には問われるだろう。
俺たちがしなければならないのは、警察沙汰になるならないより先に、犯人の目的を知ることである。
犯人を割り出すのは、最悪警察がやってくれる。
しかし俺たちも、警察沙汰は避けたいのだ。
面倒が多いし、親元を離れて寮に入っている身分である。保護者の呼び出しも確実にあるだろうし、学校でも噂になってしまうだろう。
だから、目的を知り、その上で交渉して和解するのが一番楽なのだ。俺たちもきっと犯人も。
そのためには、トカゲを操る魔女を、表舞台に引きずり出さねばならない。
前座にやられていてはいけないのだ。
――ちなみに言うと、すでに俺たちの勝利は確定している。
この囮作戦は、クラスメイトと考えたものである。
いつ来るかわからない襲撃に備えるのは骨だが、毎日決まった時間に決まった道順を通るというこの間だけ警戒するのは、何も囮だけにメリットがあるわけではない。
普段はクラブで忙しいクラスメイトも、この時間なら空いている。
つまりこの時間のみ警戒すればいいというのは、ボディガード側も楽なのだ。
それだけじゃない。
いつ来るかわかっていれば証拠も抑えられる。
打ち合わせ通りであれば、この襲撃はクラスメイトが証拠として撮影しているし。
決定的な事――怪我人が出たり器物破損なとをした場合には、即座にクラスメイトがこの場に乱入し、犯人を取り押さえる手はずが整っている。
最悪この場で犯人を逃がすことになっても、撮影していたものを警察に引き渡せばそれで終わりである。
捜査能力に特化した警察関係の魔女が必ず犯人を特定するだろう。
俺と乱刃の間に再び割って入ったトカゲは、……乱刃の方に頭を向けた。
――俺狙いじゃ、ない?
一瞬の内に、怒涛のように疑問とその答えが頭の中に渦巻く。
乱刃の安否、犯人の狙いと正体、やはり乱刃狙いだったこと、俺まで襲われた理由。
気は逸れたが、油断はしていなかった。
だがこの一瞬の気の緩みを、犯人は見逃さなかった。
かすかな魔力の流動を背後に感じた時には、そいつは振り返る間も与えず、俺の背中に張り付いていた。
「――お久しぶり♪」
耳元で囁かれた、楽しげな、それこそ長年会っていなかった恋人に囁くような甘く弾んだ声に、背筋が寒くなった。
俺は、この女を、知っている。
「――しまった!」
乱刃の鋭い声が、闇を走り。
何の前兆もない、それこそ本当に獲物を狙う動物のように。
背面跳びの要領でのけぞり、背後に跳躍したトカゲは、闇夜にあっても毒々しいほど真っ赤な大口を開けて。
真上から、俺の上に、降ってきた。
そして




