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Witch World  作者: 南野海風
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33.貴椿千歳、釣り上げる




 あの日の放課後から一夜明け、更に数日が過ぎ、ゴールデンウィークに突入。

 トカゲ襲撃事件のせいで、予定していた里帰りを返上し、普通に日々を過ごした。


 そうして、何事もないまま、俺と乱刃の契約期間が残り二日となり。


 いよいよ緊張が高まり始めていた。





 俺は囮である。

 つまり、犯人に警戒されてはいけない。

 しかし現状、学校でも登下校時間でも付いているボディガードを理由もなく外す、などという、わざとらしい隙だらけの状態を作ったところで、よほどのバカじゃなければ怪しむだろう。


 いかに囮を――エサを美味しそうに見せるか。 

 委員長を筆頭にクラスメイトたちと考えた末、一つの生活習慣を作ることにした。


 近所のスーパーで行われる、タイムセール及び割引シールが貼られる7時……都会では19時という時間に併せた、毎日決まった時間の外出である。


 コンビニではあまりないらしいが、スーパーなどでは、賞味期限という事情から売り切りたい青果や精肉を、夜になると割引にするサービスがあるのだ。

 俺も最近、管理人さんに聞いて驚いたのだが、ただでさえ勉強している価格で安心なのに、そこから更に三割引き四割引き当たり前という俺の常識を打ち破る驚異の安さに……いや、この辺は語り始めたら切りがないのでやめておこう。


 本来19時は、俺の夕飯の時間である。

 それを少し後にずらして、乱刃と一緒にのんびり歩いてスーパーに行く、という毎日の習慣を増やした。


 大事なのは、あくまでも不自然に見えない生活習慣だ。

 決まった時間に外に出る、誰がどう見ても不自然に見えない理由が必要だった。

 クラスメイトと相談中に「ジョギングを始めたらどうか」という声もあったが、それよりはこっちの「タイムセールに合わせて買い物に出る」という方が、より自然だと思えた。


 一人暮らしで、基本自炊で、特別裕福じゃない学生の生活。

 そんな貧乏学生が、安く材料を購入できる機会を逃す方が、むしろ不自然である。





 というわけで。


「おい、早く行くぞ! 肉がなくなる!」


 決まった時間になった途端、乱刃が部屋に飛び込んでくるのも日常になった。


 この生活習慣が始まってから、食卓によく肉が並ぶようになった。

 肉も安くなるのだ。

 驚異の四割引き五割引きという俺の常識では考えられない世界になるのだ。

 肉が。

 あの高級感しかないサシの強い牛肉が。

 庶民にはとてもじゃないが手が出せない赤身より油の方が多いんじゃないかと思わせる霜が降り注いだステーキ肉が――いややめておこう。あれらは半額でもいまだ手が出ない超高級品だ。

 あまり考えすぎると、思いつめると、想い焦がれると、衝動的に買ってしまいそうだ。あれを買ったら一週間もやしだけの生活を強いられることになる。


 安くで買っている以上、購入側も早めに消化してしまわないとまずい。

 売れ残りが安くなっているので、さすがに自由に選んで買えるわけもなく、時にはグラム多めの購入もしてしまう。

 要約すると、肉好きの乱刃としては、願ったり叶ったりということになる。


 切り株テーブルに肘を突いてテレビを観ていた俺は腰を上げ、玄関に向かいスニーカーを引っ掛ける。


「そろそろ仕掛けてくるぞ」


 契約期間は、今日を入れて残り二日。

 犯人が俺たちの事情を知っていて襲ってきたのであれば、今日明日に仕掛けてくる可能性は非常に高い。


 もし仕掛けて来なければ、いずれ来るであろう再来を待つという嫌な生活が始まるか、あのトカゲ襲撃事件は通り魔的犯行だったということになる。

 

「そうだなそれより今日は牛肉を買おう! ステーキ丼がいいぞ! あれはうまかった!」


 明らかに同意部分の「そうだな」が、後半の「それより」に追い抜かれるような形だった。どちらに気持ちが向いているのかよくわかる発言である。

 ……こいつも一応俺の護衛のはずなんだがな……頼むぞおい。





 スーパーを二件ほどはしごして、今日も戦果は上々である。

 残念ながら、牛肉は切り落としの薄いものしかなかったので乱刃のリクエストは却下した。刺身が安かったので今晩は海鮮丼だ。


「……魚か……」


 ステーキ丼を却下したので微妙にテンションが落ちている乱刃は、何やら思うことがあるのか、時々「魚か……」と意味深に呟いていた。

 嫌いというわけではなさそうだが、まあ、単純に肉の方が好きなのだろう。


 来た時は明るかった空は、今はもう真っ暗だ。

 遠くの空で『虚吼の巨人』が空を割っている相変わらず意味不明な姿があって。


 白く発光する物体が時々空を駆け抜けるのは、魔女デリバリーだ。

 最初見た時はものすごい近くの流れ星かと思って驚いたが、今は都会の常識的なものとして認識できている。そのうち一度頼んでみたいものだ。


 こうして夜空の下を歩いていると、初めて九王町にやってきたあの日のことを思い出す。


 まだここに来て一ヶ月も経っていないのに、もう随分昔のことのように思える。

 来てから色々あったからな……本当に色々あったから。


「なあ乱刃」


 特におしゃべり好きでもない乱刃は、あまり自分から話しかけてくることはない。必要なこと以外はほとんど話さない。


「なんだ。やはり心変わりにして肉にするのか?」

「それはない」

「知っている。おまえは意地悪だからな」


 意地悪って言われた。……なんか地味にイラッとするな。……好きなものばかり食べてたら身体が大きくなりませんよとか説教してやりたくなるな!


「プリンも買ってくれなかったしな」


 …………


「前に言ったと思うが、本当にバイトしたらどうだ? 好きなものいっぱい買えるぞ」

「修行がある。働く時間はない」


 ……まあ、いい。今に始まった関係でもない。こういう奴だって知ってるしな。

 そのうち強制的に働かせてやるさ。一緒にバイトに誘ってな! その時は乱刃の給料で外食だ! それが最近の俺の夢であり目標であり野望だ!


「そんなことが言いたかったのか? 違うだろう?」


 はいはい違いますけど。


「乱刃も風紀に誘われたんだろ?」

「風紀委員か? 誘われたな。もう断ったが」

「断ったのか?」

「うむ」


 俺は、風紀の副委員長である華見月かみつき先輩に、まだ返答をしていない。契約期間中だから、という理由で先延ばしにしてもらっている。


「おまえはどうする?」

「まだ考えてる」


 北乃宮には前々からクラブ見学に誘われているし、クラブに所属すると風紀委員はできないだろうし。

 クラスメイトにもなんだかんだ誘われているし、亜希原先輩にも一度錬金術の見学に来ないかと絶対なんか企んでいるような雰囲気を漂わせつつ誘ってきたし。

 ……そもそも俺の意志がはっきりしないし。


 なんだかんだ忙しくて、九王院学園内のことさえまだよく知らない。

 この一件が片付いたら、もう少し学校のことを知りたいな。


 まあ、騎士の技は絶対必須だろうけどな! ケダモノどもに対抗する力を身につけねば!





 囮として習慣付けて行動しているので、今日もいつも通りの道順を辿り、俺たちが襲われたあの公園の脇を通る。

 適度なスペースがあり、道路も広く、そしてこの時間帯は人気ひとけも少ない。


 来るならここだろう。

 ここなら、公園の遊具にでも身を隠せば、待ち伏せも容易だ。


 俺たちがまともに対応できない期間は、今日を入れてあと二日。


 仕掛けてくるなら――


「――来たぞ」


 見通せない公園の中に何かを察知した乱刃の足が止まり、俺も同じ方向を見る。


 外灯の下、闇を退ける頼りない光の下に、蠢く黒い影があった。





 やはり、この場所で来たか。


 ここで終わらせるために、なんとしても犯人の目的を探り出さないと。












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