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Witch World  作者: 南野海風
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32.貴椿千歳、決心する






「それはそれとして、犯人に心当たりはないのか?」


 あ、そうだ。

 なんか話が済んだような流れになってしまったが、何も解決してないんだよな。御鏡先輩はブレないな。

 ……乱刃と亜希原先輩はなぜか俺の目の前で睨み合ってるのにな。


 きっと片やクレープ奢らない、片やアイス奢られる……そんな即席で生まれた対人関係がこの対抗意識を生み出してしまったのだろう。


 甘いものはこうも魔女を……いや、女子を狂わせるのか。憶えておこう。


 それはそれとして、考えねばならない。

 俺を襲った犯人とは、何者だろう?


 犯人は九王院学園の生徒ではない。


 トカゲは乱刃ではなく、俺を狙っていた。


 犯人は俺に恨み、あるいは狙う理由がある。


 となると……?


「ない、と思うんですけどね……」


 委員長が言っていた通り、田舎から九王町に来てからは半分以上は学校と九王荘にいるし、襲われるほどの恨みを買うような事件も特になかったはずだ。

 でも、ないはずがないんだよな。

 下手すりゃ警察沙汰になるのに、それでも仕掛けてきたのだ。

 いくら(実際は違うが)カップルがベンチでクレープ食ってるのにイラついたからって、本気で使い魔をけしかける通り魔のような魔女はいないだろう。


 ……いないと信じたい。

 ……嫉妬に狂って実力行使に出た魔女なんていないと信じたい。


「そうか。世の中、逆恨みというものもあるからな。あるいは、」

「あるいは?」

「――あなたへの好意の裏返し、とか」


 ……うーん……好きな人を襲うってのも理解しがたいが。


「誰かに好かれるようなこともしてないですよ」


 と言いつつ、ならばクラスのケダモノどもが常々ケダモノの視線を俺に向けてくるのはなんなんだ、という疑問が浮かぶ。

 いや、クラスメイトだけじゃない。擦れ違う魔女のほとんどが品定めするかのようにジロジロ見てくる。


 あれは……一応は好意という感情の現れなんじゃないだろうか? 一応は。


「話が行き詰まりましたね」


 委員長は、壁の時計を見た。


「そろそろ退室しないと、お邪魔でしょう?」

「……すまない。個人的には最後まで付き合いたいのだが、風紀の仕事を放り出すわけにもいかない」


 あ、そうだった。

 俺たちはそこそこ暇でも、御鏡先輩は今思いっきり風紀委員の業務時間中なんだよな。


「長々とすみませんでした。もう行きます」


 結構長い時間居てしまった。誰も来ないのは、きっと御鏡先輩が今は来ないよう通達したからだろう。だがいつまでも居たら邪魔だ。


「いや、これも風紀の管轄だ。この件は代理にも話を通しておく。――そうだ。携帯の番号を教えてもらえるか? こちらの動向も伝えたいし、そちらの動向も知りたい」


 御鏡先輩と番号を交換し、俺たちは風紀委員室を出た。





「……ま、大して期待はしてなかったけどさ。駅前のサーティーシックスなんてないだろうなってさ」

「すみません」


 学園近くのコンビニで、俺は亜希原先輩のアイス奢りを果たしていた。

 先輩的には駅前のアイス専門店の方が良かったらしいが……気持ちはわかるが、今は遠出する気になれないのだ。契約期間中だし。


「…………(ガツガツ)」


 結局圧力とひたむきに訴えかけてくる子供のような視線に負け、乱刃にもカップアイスを買い与えた。

 そして奴は一心不乱に食い続けている。

 あんな食べ方すると頭痛くなるぞ。絶対頭痛くなるぞ。ほらキーンと来た。やっぱり見ているとちょっと面白い。


「これからどうしますか?」


 護衛も兼ねて一緒にいる委員長は、「甘いものはしばらく控えます。後日クレープが待っていますから」と、結局飲み物だけ手に持っている。ブラックコーヒーは委員長によく似合う。


「考えないといけないなぁ……」


 犯人は誰なのか?

 俺が会ったことがある人物なのかさえ微妙な感じもするのだが、人を襲うほどの理由がないとも思えない。会ったことがある確率は高いだろう。

 しかし……御鏡先輩が言っていたように、完全な逆恨みって線もありえないとも思えないし……


「結論なんて出てるようなものじゃない?」


 ミルク味のソフトクリーム的なものを選んだ亜希原先輩の手には、例のトカゲがいて、アイスをペロペロ舐めていた。

 ……トカゲの腹具合的にそれがいいのかどうかわからないが、使い魔だとまたその辺も違うんだよな。とにかく言えることは、やっぱり仲が良いということだ。


「心当たりがない。考えてもわからない。ならば後手を取ればいいじゃない」


 後手?


「囮ですか」


 おとり!?


 ……なるほど、囮か。俺をエサに犯人を釣り上げる作戦か。


「まあ何をするにも、早めに動くことをオススメするわ。相手の事情によっては、このまま鳴りをひそめる可能性がある。『絶対に襲わなければならない理由』がなければ、一度襲って失敗して、わざわざ警戒されている相手を再び襲う理由もない。――こういうの、忘れた頃に再発されるのが一番面倒臭いのよね」


 お、おお……


「亜希原先輩、頭いいっすね……」


 見た目は今時のかわいい女子なのに。ワンランク上のケダモノなのに。


「……フン。たとえ卵でも、錬金術師はバカにはつとまらないのよ」


 と、亜希原先輩は澄ました顔でそっぽ向いた。


「私もそれくらいは考えてますが」


 委員長は対抗しなくていいです。色々考えてるの知ってるから。


「通り魔的に襲われたのであれば、襲撃はもうないかもしれない。……ただ、住んでいる寮の近く、近所で襲われていますからね。なんとか探し出して制裁あるいは牽制はしておきたいところです。そうじゃないと今後安心して過ごせない」


 わかる。


「見かけたゴキブリが部屋の物陰に逃げ込んでいつ出てくるかビクビクしながら過ごす眠れないあの夜の感覚だな?」

「「やめろ」」


 亜希原先輩と委員長は、声を揃えて、しかも非難げな視線まで揃えて言い放った。……すいません。


「もう一つ可能性がある」


 カップアイスを食べきった乱刃が、名残惜しそうに木のスプーンを咥えながらこっちを見ていた。


「蜥蜴の狙いはやはり私で、男はついで(・・・)で、あるいはなんとなく(・・・・・)襲われたという可能性だ」


 つ、ついで? なんとなく?


「御鏡が言っていた通りだ。私を攻撃するために男を狙った。肉体的なものではなく精神的な攻撃を行った。なぜなら、私を襲っても勝てる見込みがないと最初から知っているから」


 …………


「最初から知っている、ですか」


 それだ。俺もそこが気になった。


「九王院の生徒なら知ってるかもね。乱刃さんが強いことくらいは」


 乱刃とケンカしただけあって、そこは亜希原先輩も認めるところらしい。

 ――ちなみに先輩は人数合わせの手頃な戦力として頼まれただけで、乱刃に対する個人的な恨みはないそうだ。「そもそも攻撃系の魔法は苦手だから。あと誰が強いとかどうでもいいし」と言っていた。


「じゃあ、やっぱり乱刃さんへの復讐が狙いってこと?」

「そっちの方が可能性は高かろう。この男が誰に恨みを買うというのだ。アイス買ってくれたし」


 それはおまえ個人のアイス分だけのプラス評価だと思うが。


「たとえば、九王院の生徒から校外の何者かに情報が伝わり、その情報を聞いた上で犯人が動いた……というケースもありえますね」


 情報のリーク……というと、つまりアレか。


「今乱刃がケンカできないって契約」

「それです」


 なるほど。となるとあれか。


「期間中に犯人は再び仕掛けてくる可能性が高い。俺が狙いでも、今は俺も抗魔法アンチマジックを禁じられてるし」





 どれもこれも確信がないまま、可能性だけで話が詰まっていく。


 これがいいのかどうかは別として、しかしこのままの状態では日常生活に支障が出ることは確かだ。忘れた頃にまた襲われるのは、やっぱり嫌だし。


 ……ならばあとは決めるだけか。





「囮、やるよ」


 このままじゃ、物陰に隠れて出てこないゴキブリに怯えるだけの眠れないあの夜になっちまうからな。


 決着をつけよう。






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