29.貴椿千歳、遅ればせながら驚く
「なんで知らないんだよ。おまえは知ってないとおかしいだろ」
いやいや。
「知りませんよ。……その亜希原って、俺の知ってる人なんですか?」
綾辺先輩に非難げな視線を向けられても、知らないものは知らないんだからしょうがない。
いや、その前に。
知ってて当然みたいに言われるってことは、俺も会ったことはある……のか?
北乃宮のもったいぶった言い方も、俺が知ってて当然と思っていたからじゃないのか?
……え? 誰だ? 本当に心当たりがないんだが。
「転校生」
「はい」
「おまえ、そんなんじゃこの学校で生きていけねえぞ」
…………
ちょっと自覚あることを、ズバリ指摘されてしまった。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「ん? ――関わった魔女のことくらいは知っておかないと無用なトラブルに巻き込まれるかもしれない、と風間が忠告している。俺も同意見だ。君はもう少し注意力を養って、周囲の状況を見た方がいい」
そ、そうか……うん、わかった、気をつける。
「本当に気をつける。……で、その亜希原って、誰だ?」
不当に責められた感が心のどこかにあったのは、それこそ俺の注意不足だったのだと思う。
だって、確かに俺は、それを知っていておかしくない状況にいたからだ。
「――あいつらか!」
遅ればせながら、俺も驚かせていただきました。
――亜希原タルト。
二年生、黒魔術科。
九王院学園なら珍しくないが、世間的にはちょっと珍しいレベル6という高い素質を持った魔女。
薬草学の素養が認められ、土壌の錬金術……えーと……主に農作業や新種の草花、野菜の研究をしているそうだ。
今は魔力を回復する秘薬の研究に没頭していて、黒魔術科に入ったのは、頻繁に魔力を使用する魔女がたくさんいるから、らしい。つまりモルモット目当てってことだ。……黒魔術科専攻なだけはある思考だと思う。
そんなパーソナルデータを聞いても、正直ピンと来なかった。
どこかですれ違っているのだろうか?
九王町に来て、植物関係の魔法を見たのは、俺の真下の部屋の樹先輩くらいのものだし…………どうでもいいけどあの切り株テーブルどうにかして欲しいんだけどな。
亜希原タルトの説明の後、北乃宮は重要にして重大な、最後のパズルのピースを当てはめた。
「乱刃とケンカした二年生三人組。その一人だよ」
俺はようやく、二人に遅れて驚き、そして全ての事情を察した。
俺が結界を破壊して乱刃のケンカを止めた一件の、ケンカ相手の一人。
あの一件は、今も契約による戒めとして、俺と乱刃にまとわりついている。と同時に、あの三人もなんかの罰を受けた……と聞いている。
あのことは、決して終わってなんていないのだ。
というかむしろ、今の状況の俺たちにちょっかいを出す可能性のある相手として、彼女らの報復を真っ先に思いつくべきだった……のかもしれない。
……そうだな。
確かに、俺は知ってておかしくないよな。校則違反してまでケンカを止めるなんて関わり方をしたんだ、
簡単な個人情報くらい仕入れておいても良かったんだ。それこそ風紀の副委員長の言う「予防」の一助にもなったはずだ。
誰かが教えてくれるのを待っているだけじゃ、確かに流されっぱなしでしかない。
この環境で一年間を過ごしてきた歴戦の勇士・綾辺先輩や、北乃宮、風間の言う通り、もう少しだけ周囲に目を向けて、注意していた方がいいだろう。
まだまだ慣れないことばかりだが、いつまでも世間知らずの田舎者やってていい学校じゃないからな。
たとえ怖かろうと、もうちょっとだけ勇気を出して、ケダモノどもと向き合ってみよう。
「綾辺先輩、助言ありがとうございます。北乃宮もありがとう。俺、もう少しちゃんと、この学校と向き合うよ」
戸惑って流されるだけの生活は、そろそろ卒業だ。
今後は、もっとちゃんと考えて行動しよう。
そうじゃないといろんな意味で生き残れないからな! 本当に!
「おう、そうしろ。後輩が魔女に蹂躙されるの見るのは寝覚めが悪いからよ」
綾辺先輩はやはり髪をいじりながら、さらっと危険なことを言った。
なんつー縁起でもないたとえを……いや、マジか。マジのやつか。信じたくないけどマジの忠告かそれ。……気をつけねば……!
「というか、もう少し周囲に心を開いてもいいとは思うが。君はずっとクラスメイトを怖がっているから」
さすがに北乃宮にはわかるか。……だって本当に怖いし。女子の目が。
「風間もありがとう。わざわざ調べてくれて」
じーっと北乃宮の影から俺を見ていた風間は、視線を向けるとひゅっと顔を引っ込めた。野生の小動物みたいだ。草食系の。肉食じゃない方の。
……さて。
「じゃあ、会いに行かないとな。亜希原タルトに」
ここからは、委員長・花雅里が考えお膳立てした作戦をなぞるなのではなく、俺が自分で考えて行動しようと思う。
もちろん、俺や乱刃のためにここまでがんばってくれた委員長やクラスメイトたちをないがしろにする気はない。
だが、せめて、どういう方向に行きたいかくらいは、自分で決めないとな。
「――というわけなんですが」
放課後、乱刃と誘った委員長を連れて、今日も風紀委員室を訪れ。
「話はわかった」
ちょうど室内に一人いた御鏡先輩に、委員長への報告や返答も兼ねて、一緒に亜希原タルトのことを話した。ちなみに乱刃は我関せずで掃除中である。
「しかし状況証拠では罰は与えられないが。自白にまで追い込むのか?」
「いえ、いいんです。犯人はわかっている、と釘を刺せればそれで。どうかな委員長?」
「いいと思いますよ。察するに、その席に風紀委員の誰かを同行させたいのですね?」
そう、そういうことだ。
正直、御鏡先輩に相談できてちょうどよかった。七重先輩は……たぶん御鏡先輩に「よろしく」とか話を投げそうだから一緒だし、副委員長は圧が強すぎるので話が予想外の方向へ行きそうでちょっと遠慮したい。
「……それにしても、亜希原さんか」
御鏡先輩は目を伏せ、メガネを押し上げる。
「彼女たちへの罰は、まだ終わっていない。日常生活に支障が出るので魔法の封印一週間は完了したが、二週間のクラブ活動禁止は残っている。
つまりあなたたちと同じような立場で、言わば執行猶予がついているようなもの」
だからこそ、だ。
「今度学校で問題を起こせば、停学は免れない。でも校外でのことならバレなければ罰はない」
そう考えた亜希原タルトは、やれば絶対にすぐ風紀委員が飛んでくるだろう九王院学園ではなく、外での報復に出た……と考えると、辻褄が合ってしまう。
「使い魔が同じ、襲う動機もある、学校外でしかできない……となると、犯人の線は濃厚ですね」
「そうだな。しかし亜希原さんは……」
ん?
「……御鏡先輩? 何か問題が?」
「問題、というか……亜希原さんの性格上、それをするかと疑問が」
性格上……?
「すまないが、あまり親しくないから適当なことは言えない。あとは自分の目と耳で確認して欲しい」
と、御鏡先輩は携帯電話を出した。
「今すぐ呼び出す。ここで会うといい」




