28.貴椿千歳、心当たりがなかった
「知っているとは思うが、一応紹介する。風間一。同じクラスの魔女だ」
うん、知ってる。
「話したことはまだなかったと思う」
風間一。
きっちり切り揃えた前髪と後ろ髪が特徴的なボブカット……というより、古風におかっぱ頭と言った方が近い気がする髪型の、同じクラスの女子だ。
特に背が高いわけでも低いわけでもなく、細すぎるわけでも太すぎるわけでもなく。
他に特徴らしい特徴がないので、名前くらいしか知らない。こうして面と向かうのも初めてだったはずだ。
まあ……「面と向かう」と言うと、それは今もできてないような気はするが。
「えっと……俺のこと嫌いなの?」
同じクラスなので知ってはいるが、改めて紹介された風間は、北乃宮の背中に隠れてチラッと顔半分だけ覗かせて俺を見ているという状態である。
な? 厳密には顔を合わせているとは言い難いだろ?
「いや、ただの人見知りだ。あとあがり症」
「貴椿、ちょっと話がある」
昼休み、1年4組唯一の俺の味方である北乃宮匠が、学食を出たところで俺を聖域へと誘った。
奴は今日も豪華な重箱弁当を持参していて、その半分以上をケダモノたちに奪われながらも、やはり平然としていた。
今日も安定の大物っぷりだと言わざるを得ない。
人事なのに、本人より俺の方が気にしているのだから、しょうもない話である。
今日も理不尽に昼食を取れなかった北乃宮と、食堂で昼を済ませて。
なぜだかスタスタ先に行ってしまった北乃宮を追いかける形で、俺もボディガードの委員長・花雅里と兎とともに、男の聖域――男子トイレへと移動する。
別に一緒に行ってもよかったんじゃないか、と思いながら。
だが、北乃宮が先に行った理由は、すぐに判明する。
本来、男子トイレにいないはずの女子が、ここにいた。
それが風間だった。
北乃宮が先に行った理由は、彼女を聖域に連れて入るためだ。
きっと、俺のボディガードに付いているクラスの女子にバレないよう、内密に話をする場所としてここを選んだのだろう。
「俺もいいの? はずそうか?」
聖域の常連・二年生の綾辺影虎先輩は今日も漏れなく居た。……まあ居るのは知ってたけど。トイレの外で待っている綾辺先輩の出待ちの女子の顔くらいは、さすがに俺も憶えたから。
「いえ。先輩の意見も聞きたいので。暇なら居てください」
そして、北乃宮は簡単に風間の紹介をした。
「幼馴染なんだ。さっきも言った通り極度の人見知りとあがり症で、……昔からこんな感じだ」
なるほど。
北乃宮の後ろに隠れているというそれが、昔からの彼女のポジションだったわけだ。
「――ん?」
クイクイと北乃宮の袖を引っ張り、風間は北乃宮に耳打ちする。
「クラスに無言系キャラが二人もいるとうざいとか思われてるんじゃないか、と気にしている」
風間の目は、俺を見ていた。うざいと思ってるのか、どうなんだ、と。
……いや、別に……
「キャラとか考えたことないんだけど」
言われて気づいたくらいだ。
そうだな、無言なキャラほかにもいたよな。和流是音な。
あいつの無口っぷりはすごいもんな。言葉は必要ないと言わんばかりに語りかけてくる瞳がすごいもんな。
かぶってると言えばかぶってるんだろうけど、でもあいつは無口なだけで、意外と積極的だからな。
キャラ的には似てるかもしれないが、中身は全然似てないからな。
「何言ってんだ。女はちょっと無言なくらいでちょうどいいだろ」
さすが綾辺先輩、言うことが違う。
……これがこの過酷な九王院で一年間を生き抜いた二年生の同胞か。悲しいくらいに傷だらけの戦士の背中をしてやがる。
「俺はさすがに極端すぎるとは思いますが……まあ話を進めようか。先に触れておくが、このことは委員長は知っている」
ん?
「委員長は知っている? どういう意味だ?」
「一から話そう。実は――」
実は、俺と乱刃のボディガードの件は、委員長が指揮を執っている。
まあそれくらいのことは俺も知っていたが、俺の知らないところでも、委員長が細々動いていたらしい。
今回俺が呼ばれたのは、あの一件についてだ。
「風間が、トカゲを使い魔にしている魔女を特定した」
そう言えば、女子たちが調べるとかなんとか騒いでいたっけ。
本当に調べたのか……女子は、なんか、すごいな。
この情報は、クラスの連中に知られたら大騒ぎになる。
そう判断した委員長は、北乃宮経由でまず俺に話すことを提案した。
俺がどうしたいかで、今後の出方を考えたい、と。
復讐するならそのように指揮を執るし、何もしないならこの情報はなかったものとする、と。
ちなみに、もう一人の当事者である乱刃にも話は通っておらず、乱刃に言ったら知った瞬間殴り込みに行くんじゃないかと危惧してのことらしい。たぶんしないと思うけどな。
……復讐か……
「復讐なんて考えてもいなかったよ」
そもそも探そうとさえ思っていなかったから。
たぶん、被害が最小限に済んだからだ。怪我人でも出ていたら俺も違うことを考えたかもしれないが……
「そうか。綾辺先輩はどう思います?」
ちなみに綾辺先輩には、ここで会うたびに近況報告しているので、俺の置かれている事情はわかっている。言わば男子ネットワークである。
「復讐するしないは自由でいいと思うが、何もしないってのは問題あるだろうな」
綾辺先輩は洗面台の鏡に向かい、髪型をチェックする。安定の都会の男子っぷりだ。
「使い魔に襲われたって件、下手すりゃ関係ない人も巻き込んでるよな? もしまた襲われて、今度は怪我人が出たらどうする? やっちまってからじゃ遅いんだ」
やっちまってからじゃ遅い、か……確かにその通りだ。
「復讐しろ、とは言わない。だが釘は刺しておけ。俺たちは犯人を知っている――相手にそう思わせるだけで抑止力になる。今大事なのは再犯防止だぜ」
おおー。
思わず拍手したいくらい説得力のある言葉だった。さすが綾辺先輩! 一年間苦労した人の言葉は重いな!
「俺もそれがいいと思います。貴椿、そうした方がいい」
「ああ。そうするよ」
俺たちはもう、違反したら次はないからな。
風紀の副委員長が言っていた「予防」を、できる範囲でしておこうと思う。
「で、ここからが問題なんだ。風間」
たぶん北乃宮も、トカゲの使い魔を持つ魔女のことは、まだ知らなかったんだろう。
風間が耳打ちすることを、北乃宮が伝達する。
なんか……昔の殿様か、ってくらい非常に面倒臭いことになっているが、……まあ、とりあえず、辛抱強く待ってみよう。
風間の話を聞くに連れ、北乃宮の表情が若干厳しいものになった。
「本当か?」と確認する辺り、結構衝撃の事実だったりするのかもしれない。
「そのトカゲの使い魔を持つっていう魔女なんだが……驚くなよ?」
そう前置きし、北乃宮はついに、その名を口にした。
「魔女の名前は、亜希原だ」
……え? 誰?
「亜希原かよ!? マジか!?」
綾辺先輩がすごく驚いているが……え? 誰?
「あいつやべーだろ……いや、だが、そう考えると辻褄は合う……のか?」
え? 誰?
「そうですね。学校では仕掛けられない、だから校外でやった。その説明はつきますね」
いや、だからさ。
「それは誰だ」
当事者の俺だけ置いて、二人だけで盛り上がらないでほしいんだが。




