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Witch World  作者: 南野海風
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25.貴椿千歳、オーダーを受け付ける





「連日の出頭ご苦労。しかも今日は女連れで」


 犬耳の風紀副委員長の出頭命令に従い、俺と乱刃は昨日に続き、今日も風紀委員室を訪れていた。女連れで。


「1年4組のクラス委員長として、ちゃんと事情を知っておきたいと思いまして」


 クラスを代表して、委員長・花雅里が付き添ってきたのだ。


 今日の1年4組は、昨日の一件で持ちきりだった。

 やれガードが甘かっただの黒いトカゲの使い魔を持つ魔女を調べろだのクレープデートは許せないだの、俺も乱刃も何回同じ説明をしたか知れない。


 ……あと「乱刃だけ放課後クレープデートをしたのは他意があるのか? ストレートに言うなら好きだからデートしたのか? 好きじゃないのか? 本当か? 本当なら私たちとも同じことできるよね? 乱刃が特別じゃないなら私たちともできないなんて言わないよね?」と……

 なんかすごい勢いでクラスの女子たちにまくし立てられ、流れで何人か一緒にクレープ食べる約束をしてしまったことが、今もなんか無性に気になっている。


 気をしっかり持たないと、流されて流されて引き返せないところまで連れて行かれて、想像するのも恐ろしいとんでもないことになりそうな気がする。

 気を、しっかり、持たないと……!


 そんな今日も慌ただしい一日が終わり、放課後は約束通り風紀委員室へやってきた。

 広々とした今日の風紀委員室は、強制退場を食らった七重先輩と黒髪メガネの御鏡先輩、そして副委員長である犬耳の人の三人が控えていた。

 他の人は外回りだろうか。それとも俺たちへの罰が通達されるからはずしているだけだろうか。


「部外者は退室願いたい」


 犬耳の人が、付き添いの花雅里に難色を示すが、七重先輩の「まあいいじゃん」という一言で軽く流された。


「クラスメイトがクラスメイトを心配して一緒に来たってだけなら、別に問題ないよ」

「……」


 犬耳の人は、七重先輩を睨むように見て……結局何も言わなかった。

 別に擁護する気はないが、犬耳の人の言うことも、もっともだとは思うんだけど。


「よし、じゃあ、昨日の話の続きをしようか」


 今度はどんな罰が下るのやら。

 正直、停学とかは勘弁してほしいんだが……


 



「えー、話をまとめると、使い魔に襲われたから自己防衛手段として契約を破った、と。間違いない?」


 俺と乱刃は、一様に頷いた。


「悪いねー」


 七重先輩は苦笑した。


「私は無罪でいいと思うんだけどさー。そこの犬耳が絶対ダメっていうからさー」

「犬耳と呼ばないでください。私は華見月かみつきです」

「うん、そう、カミちゃんがダメって言うから」

「……」


 うわー……七重先輩、副委員長すげー睨んでますよ……


「でも本当に無罪でいいと思うんだよ。逆に訊きたいくらいだ。小学生に怪我させてまで守るべき契約だったのか、ってさ。私はむしろ契約を守って小学生が怪我したり、貴椿くんと乱刃ちゃんが怪我したりするよりよっぽどよかったと思ってる」


 ねえ御鏡ちゃん、と横に控える御鏡先輩に話を振る。


「そうですね。今回の件に限りですが。部外者に怪我をさせるのも問題ですが、何より当事者にも被害が出なかったことは、この上ない僥倖と言えるでしょう」


 御鏡先輩は指折り、評価する点を述べる。


 まず、校外で起こったこと。

 怪我人が出ていたら、そして器物損壊などの被害が大きかったら、下手すれば警察沙汰になっていた。


 次に、怪我人が出なかったこと。

 これも警察関係のことになるが、正当な理由なく人に害を与えた使い魔は、魔女とともに法律上で裁きを受けることになる。

 大抵の場合は主である魔女のみ罰を受けることになるが、内容によっては使い魔契約の破棄という非常に重い罰が下されるケースもありうる。

 襲われた俺たち側からすればなんとも言い難いところではあるが、風紀委員側――ひいては学園側としては、単純に警察沙汰は嫌なのだろうと思う。


 一言で言うなら、被害者も加害者も出なかった。それが一番よかったと。そういうことだ。


「反論する気はありません。しかしそれでは示しが付きません」


 副委員長は毅然とした態度で意見した。


「契約の破棄は、九王院学園では例外なく重い罰が下されています。停学は確定、退学処分だって珍しくはない。契約を軽く考えられては今後の風紀活動に支障が出ます」


 言っていることはもっともだと思う。

 俺と乱刃は、罰を受ける覚悟をして禁を破ったのだ。今更言い逃れしようとは思っていないし、罰の軽減を求めたりする気もない。


「そもそも、この二人が今ここにいるのは、代理のせいではありませんか?」

「ん? つーと?」

「前の違反でちゃんと罰を与えていれば、こうして彼らが再犯することもなかったのでは?」


 お、おお……なんというごもっともな反論だ……


 俺と乱刃が交わした契約内容自体、なんというか、かなり面白がっているようなものだった。

 七重先輩がどうしてそんな契約内容を考えたのかを俺は知っているが、知らない人からすると、……それも副委員長くらい真面目そうな人だと、ふざけているとしか思えないはずだ。だって遊んでいるとしか思えないような内容だし。


 俺だったら何も言い返せないような言葉に、しかし七重先輩は平然としていた。


「カミちゃんが委員長になったらそーすればいいじゃん。私は代理として自分の仕事をするだけ」

「……」

「私に文句があるなら、私に全権預けた代表に言いなよ。つーかリコール運動でもすれば? 私はいつでも代理職返上して構わないし」


 静かな、とても静かな睨み合いが始まり。


 その末に――


「私は暇じゃないんだが」


 空気が読めないのか、それとも読んだ上で言ったのか、ついに乱刃が無遠慮に口を開いた。


「内輪揉めなら部外者のいないところでやれ」


 もっともな意見だとは思うが、俺は乱刃が結構時間を持て余していることを知っている。今は特に。拳を使えないので、空いた時間は修行くらいしかしていないはずだ。


 まあ、俺は空気を読んで、言わないけどね!





「乱刃ちゃんの言う通りだね。話を進めよう。……つってももう話すことないか」


 手っ取り早く罰を下して解散、でもよかったのだろうが。

 しかし、丁寧に一から経緯や風紀委員長代理としての考えを聞かせてもらった今、ようやく疑問も反論もない俺たちへの裁きが下される。


「昨日、風紀の連中と話し合ったんだよ。さっきカミちゃんが言った通り、何かしらの罰は与えないと示しがつかない。けど君らの判断と行動が間違っている、という声は上がらなかった。つまり、満場一致で今回も情状酌量の余地はある、ということで意見はまとまった。むしろ小学生巻き込んでたら私は軽蔑したね。


 以上の見解から、乱刃戒に一週間の風紀委員室の掃除を命じちゃいまーす」


 ……え?

 えらく軽いノリで言われ、命じられちゃった乱刃もぽかーんとしていた。


 つか……え?


「以上、解散! あ、乱刃ちゃんは今日からよろしくね」


 いやいや。


「あの、俺は?」


 俺の名前が出なかったのはどういうことだ。


「契約要項忘れたの? 先に破った方が重い罰だよ?」


 え、つまり……え?


「俺は無罪ですか?」

「うん。情状酌量の余地があるから。――あ、言い忘れてた。前の契約はそのまま続投だからね。君はまだ抗魔法アンチマジック禁止だし、乱刃ちゃんは戦っちゃダメ」


 七重先輩はいつも通り軽いノリなので、本気なのかどうかさえ怪しいのだが……

 しかし御鏡先輩や副委員長が何も言わないので、これが本当に相談の上に決定したことなのだろう。


「――次はないぞ」


 喜ぶべきなのかなんなのか、どう捉えていいのかわからないままの俺に、副委員長はビシッと鞭のような一言を発した。


「次に違反したら、何があろうと、どんな事情があろうと、停学以上を食らわせる。九王院の風紀委員を舐めるなよ」


 別に、最初から舐めた憶えないですけど。


 ただ……確かに、結果的に二度も校則違反してしまった以上、次はかなり重いんだろうなーとは、さすがに思う。


 だって七重先輩も、何も言わないから。





「貴椿くん」


 委員長が呼び、そろそろ帰ろうと目で訴えてくる。

 そうだ、もう用事は済んだ。


 俺は無罪で、乱刃は罰を食らった。


 そうだったな……俺が先に契約を破ったんだよな。あの時はそこまで考えていなかったが……


「乱刃、ごめん」


 謝罪の言葉は自然に出た。

 こいつに罰を与えたのは、明らかに俺だ。俺のせいだ。


 だが乱刃は、特に気にした様子もなかった。


「別にいい。おまえの判断は間違っていなかった――いや、一つだけ言わせろ」


 乱刃の目が鋭く光り、

 口元をキッと結び、

 非常に凛々しい顔で俺を見上げ。





「今日の夕飯はハンバーグだ! それ以外認めない!」





 それはそれはきっぱりと言い切った。


 ……人間、負い目があると断れないもんだよな。


「でかいの焼いてやる。これでチャラだからな」


 まあ、俺としても、少しばかり気が楽だが。














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