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Witch World  作者: 南野海風
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22.貴椿千歳と乱刃戒、襲撃を受ける





 クレープを食べた余韻に浸っている乱刃と、久しぶりに陽の光を浴びたような気がする俺。

 しばらく無言のままベンチに座っていて――


「――何にする?」

「――バナナに決まってるじゃん。バナナ超好きなんだけど。超バナナ超好きなんだけど。あんたも超バナナにすればいいよ」

「――うわ、うざっ」

「――何その理解を超えたバナナ推し。そんなキャラだったっけ?」


 例のクレープ屋台に、九王院ではない女子の……確か近隣の中学校の制服の一段がキャッキャ言いながら群がった声が聞こえ、お互い我に返った。


「そろそろ帰るか」

「うむ」


 急いで帰ったところで特にやることもないのだが、誰かに遭遇して絡まれても困るので、とっとと引き上げることにする。


「おい男、ちょっと待て」

「貴椿だ。どうした」


 荷物を持って立ち上がった俺を、まだベンチに座っている乱刃が止める。

 振り返ると、奴は非常に凛々しい顔でワゴンを見ていた。


「……バナナのクレープがおすすめらしいが、どうする?」

「帰る」


 食べ足りないのかなんなのか知らないが、俺はこいつに貢ぐ気はない。だいたいすでに一個と半分与えている。


「私は金がないのだ!」


 え、このタイミングで思いっきりカミングアウトするの!?


「金がないならバイトしろよ」


 俺だって決して多くはない仕送りでやっていかなきゃならないんだ。炊飯器とか日常生活に必要な少々値が張る家電も買わないといけないし、そんなに余裕はない。


「……フン。もういい」


 乱刃は若干すねた表情で渋々立ち上がる。子供か! ……いや、まあ、まだ子供か。俺も乱刃も。

 歩き出す俺の真後ろで、乱刃が恨めしそうにブツブツ呟く。


「おまえはいつも買ってくれない。肉も。クレープも。橘の弁当にはいつも肉が入っているのに。おまえは時々しか肉を出さない」

「よそはよそ。うちはうち。だいたいおまえうちの子じゃないし」


 乱刃さんの子だろうが。貴椿の子じゃないだろうが。

 つかなんだよこの構図。俺が子供のおねだりを聞き入れなかった親みたいじゃないか。


「……仕方ない。狩りに行くか」


 えっ。


 思わず振り返るほどの、魔女はびこる現代社会においてさえ違和感の塊のような発言に振り返り――


「っ!」


 急に突進してきた乱刃の体当たりを食らい、二人絡み合うように地面に転がった。


「な……なんだよ急に!」


 一瞬のうちに起こった出来事で、何が起こったのかさえわからない。

 さっきスーパーで買ったものが散らばったのを見て、ようやく何があったのかを理解し、声を上げる。


 が――それは愚問というものだった。






 倒れ込んでいる俺を庇うように、堂々と立っている乱刃の小さな背中がそこにあって。


 更にその向こうに、黒い鱗の巨大なトカゲがいたから。





 人を丸呑みにできそうなほどの、巨大なトカゲである。頭からしっぽの先まで測れば5メートルは超えるだろう。

 そいつは爛々と赤く輝く爬虫類のあの目で、無感情に俺たちを見ている。

 身体が丸まっているのは、進行方向から停止し、頭だけ背後を(・・・)向いているから(・・・・・・・)


 俺が振り返るのと、乱刃が俺に体当たりした直後に、俺たちがいた場所を駆け抜けたからだ。


 何をする気だったのかは知らないが、あんな巨大な生き物が体当たりなんて仕掛けてきたら、倒れるくらいじゃ済まない。骨の二、三本は確実に折られるだろう。


 ――使い魔だ。

 誰のものかはわからないが、あの感じを見れば、明らかに俺たちに敵意がある。


 というか……たぶん乱刃に。俺は恨まれるほどのことは何もしてないし。


「魔女の仕返しか?」

「恐らくな」


 ちろちろと真っ赤な舌を出す黒いトカゲと、巨大なアレに比べたら頼りなさすぎる小さな乱刃。

 対比だけ見れば、捕食者とエサってくらい圧倒的で、勝負の体にさえ見えないのに。


 なのに不思議と、乱刃が負けるという想像ができない。


「面白いではないか。蜥蜴とやりあったことはさすがにないからな」


 え?


 俺が何か言う前に、乱刃はすでにそこにいなかった。

 大地を強く踏み締めた音だけ残し、乱刃は巨大トカゲに突進していた。速い。異常なくらいに。


 だがそんなことはいいのだ。


「約束忘れたのか!? 殴ったら(俺が)罰だぞ!」


 俺の声が乱刃に届いた時は、結構ギリギリだった。


 殴り掛かる寸前。

 トカゲとの距離を一気に詰めた乱刃が、今まさに拳を振るおうという体勢で、で不自然に、そして強引に止まり。


  ガッ!


 止まった乱刃とは反対に、動きを止めていたトカゲが動いた。

 グォンと空を薙ぐ振り抜かれたトカゲの尾が、乱刃の身体を跳ね飛ばした。

 鞭のように……と言いたいところだが、大きさも重さも鞭なんて生易しいものじゃない。あの重量と太さだ、あれはもう金属バットで力の限り殴られたようなものだ。


「乱刃!」


 直撃を受け、呆気なく宙を待った乱刃は――しかし地面を転がりながらすぐに立ち上がった。……え? 防御に成功したのか!? あのタイミングで!?

 そして乱刃は、何事もなかったかのようにこちらへ走ってきた。


「おい男、逃げるぞ!」

「え!?」


 乱刃はトカゲを警戒しながら、真っ先に落ちている野菜だのなんだのを拾い集める。


「戦えないことをすっかり忘れていた! 今は逃げるしかない!」


 あ、やっぱ忘れてたんだ。





 じっと獲物の動きを観察しているトカゲから目を逸らさず、俺たちは高速で荷物をまとめて迅速に公園から飛び出した。


 一縷の希望は、追ってこないことだったが。


 そんな希望は、あっけなくぶっ壊された。


「追ってくるぞ!」


 這いよる黒い影は、俺たちが公園を飛び出すと、同じところからヌッと現れた。そして道路を走る俺たちを追いかけてくる。

 さすが爬虫類、あの巨体で走っても静かなもので、足音一つさせない。


「私が殿を務める! おまえは私を先導しろ!」

「先導ってどこに!?」

「知らん! おまえが考えろ!」


 マジかよ!? ……まあ行くところなんて一つしかないけどな!


 行き先は、俺たちの家。九王荘だ。

 管理人さんならきっとなんとかしてくれる!










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