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Witch World  作者: 南野海風
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18.貴椿千歳、懐かれる




 気になってドアを開けると、乱刃がいた。


「……奇遇だな」

「いや、ずっといただろ。咳払いとかしてただろ」

「そろそろ夕飯時ではなかろうか。時間の流れとは早いものだな。うん」

「そうだな。俺もそろそろ飯にする」

「うむ。それがいい。それがいいぞ。うむ」

「…………」

「…………」

「じゃあ、また明日」

「待て」

「なんだ」

「い……一緒にいた方がよかろう。ほら、あれだ、その、契約もあるし。罰もあるし」

「…………」

「…………」

「俺の名前は?」

「アラハバキ?」

「俺は神か!? ……確かに語感ちょっと似てるけど!」

「お、男なら女の言いたいことくらい察しろ!」

「おまえこそいいかげん人の名前憶えろよ……管理人さんも呼んでこい。おまえの分も作るから」





「――っていうのが、土日の夜に」

「完全に餌付けに成功したな」


 ……そうか。やっぱりそうなのか。認めたくなかったが、そういうことになってしまうのか。


 月曜日、二時間目の休み時間。

 俺と北乃宮は、男の聖域たるトイレにて、女子の介入を許さないからこそできる忌憚ないボーイズトークで情報交換していた。


「野生の乱刃の餌付けに成功か。なかなかやるな、転校生」


 ちなみに、男子トイレ常連の二年生・綾辺あやべ影虎かげとら先輩もいる。


「野生の乱刃ってなんですか」


 まあ、そう言われてちょっと納得できる気もしないでもないが。


 都会の男子二人は洗面台の前に並び立ち、髪型チェックに余念がない。

 オシャレだな、都会っ子は。

 そして俺はそれを見ているだけだが。


 だって田舎から都会に出てきたからって、今まで気にもしていなかった髪型を気にするなんて、なんか急に色気づいたみたいで恥ずかしいし……


「で、話してみた感じどうなの?」

「どう、とは?」

「俺……つーか学校の連中のほとんどは、乱刃戒をただの魔女の敵くらいにしか思ってない。でも実際はどうなんだ? 噂で聞く限りではもうめちゃくちゃだからな。やれ魔女を殴り殺すのが趣味だとか、学校中の魔女を締め上げたいと言っていた、とか。九王院を乗っ取るつもりだ、とか。どれが真実なんだかわかりゃしねえ」


 本当にめちゃくちゃだな。

 だいたい九王院を乗っ取るとか……あの学園長にはきっと誰も勝てないぞ。きっと九王院学園全魔女でも勝てないぞ。


「普通……とも言い難いですけど、そこまで問題児って感じはないですよ。目つきの悪いただの小さな女の子、くらいの認識です」


 あと極貧生活かもしれないとか、口下手とか、感情表現が下手とか、辛いものは絶対ダメとか、人の名前憶えないとか、色々あるけど。

 結局、俺にとってはそんな感じだ。先週を経て、ようやく嫌いではなくなったかもしれない、くらいである。


 ――第一、俺は金曜日の樹先輩のおかげで、女子に対する恐怖心と不信感が確実に増したし。


 最初は、乱刃と一緒に罰とか冗談じゃないと思ったが、今ではむしろ幸運だったんじゃなかろうか、とさえ思えるのだ。

 あの樹先輩と一緒にいることに比べたら、乱刃と一緒にいることなんて、なんの問題と不安がある。


 もし、共に罰を受けたのがあの樹先輩だったら……いや、クラスのヤバそうな女子だったとしたら……そう考えると恐ろしい想像が止まらない。

 一緒にいる大義名分があれば、今頃はもう、手遅れの何かが起こっていたのではないだろうか。


 既成事実とか、字面だけで恐ろしい、そういうアレが。


「実際そんなものかもしれませんね。教室では問題行動も問題発言もありませんから」


 自慢のヘルメット頭を入念にいじりながら、北乃宮は俺の言葉を肯定した。


 今俺と乱刃は、例の風紀との約束で、クラスメイトたちに守ってもらっている状態である。

 北乃宮をはじめ、俺に女子のボディガードが付いているのと同時に、乱刃にもクラスメイトがガードに張り付いている。

 魔女の敵と言われている乱刃戒に、魔女のボディガードがつく。


 どうなるかと思えば、向こうは向こうで揉めることなく、上手くやっているのだ。

 きっと、それが答えなんだろう。

 乱刃は変ではあるが、人格に問題があるとは俺は思っていない。……樹先輩に比べたら可愛いとさえ思えるくらいだからな。あの人はヤバイ。


 ちなみに、俺と乱刃は校外では一緒にいるが、学校では一緒にいることはおろか、女子ガードたちが近づけさせないようにしている節がある。

 恐らくそれが「端から端までフラグをへし折る」というアレなのだろう。


「そうかー。じゃあ気になるのは、乱刃が九王院に来た理由だな」


 あ、それがあったか。だから北乃宮は先週「乱刃戒には近づくな」と俺に忠告したんだ。


 乱刃の目的。

 魔女ではないし、騎士志望でもない。

 そんなただの女子が、なぜ魔女育成に力を入れている九王院学園にやってきたのか。


 確かにちょっと気になるな。俺みたいに知り合いが学園長にコネがあったとかか? 人間どこでどう人間関係があるかわからないものだからな。


「どういう奴なのかわかれば、魔女たちの敵視も落ち着くとは思うんだけどな。俺には関係ないけど、同じクラスのおまえらには関係するだろうし」


 「あの乱刃戒と同じクラスの」っていう括りで見られるからだろう。それが具体的にはどういうことなのかはわからないが、少なくともプラスで働くとは思えない。マイナス要因だろう。

 乱刃自体は悪い奴ではないと思うんだけどな。

 ただ目的がわからないのは確かに気になる。


「じゃあ、それとなく聞いてみます」

「そうしろ……と言いたいところなんだが、風紀の約束が終わるまでは触れない方がいいかもな」

「え? なぜ?」

「乱刃の目的が、本当に魔女狩りだったらどうする?」


 ……そうか。そういう可能性もなくはないのか。

 接してみた感じ、ない可能性の方が高そうではあるが、なくはない。正直、乱刃が何を考えているのかがわかるほど、俺は奴を知らないし。


「乱刃がケンカできない、おまえも抗魔法アンチマジックを使えない、そんな状態で今その事実を暴いたら、おまえら本当に学校中の魔女を敵に回しちまうぞ?」


 「現状維持でいい時は、やぶなんかつつくなよ」と言いながら、綾辺先輩はトイレを出て――


「――遅い!」

「――うわっ、待ち伏せ? 何してんだよ……」

「――好きでやってるわけじゃないわよ! あ、あんたなんかに用はないけど、伝言を預かったんだから仕方ないでしょ! 迷惑なんだからね!」


 廊下から聞こえたそんな会話は、綾辺先輩が出ていきドアが閉じると聞こえなくなった。


「……あれは綾辺先輩はモテてるって思っていいのか?」

「綾辺先輩はモテるぞ。だからここの常連なんだ」


 そうか……本当にここが安息の地なんだな。


「あんまり羨ましいと思えないな」

「ああ。つらそうだな」

「正直、島にいた頃は女子にモテたいって思ってた。九王院に来る直前までちょっとでいいからモテたいとも思ってた。……でも今は全然モテたいって思えなくなったよ」

「ならば君は正常だな」


 綾辺先輩……がんばれ!


「ところで貴椿、今は君の出待ちもいるんじゃないか?」

「え? ……あ、そうか」


 例の風紀の罰が終わるまでは、クラスメイトの魔女が俺を守ってくれる予定だ。

 この聖域まで送ってもらったし、たぶん今も廊下で待っているはずだ。


 ……俺もがんばろう。

 気をしっかり持って、雰囲気と押しに流されないように……!





「――遅いよ。そろそろ踏み込もうかと思ってたよ」

「――……」


 北乃宮の言う通り、やはり俺の出待ちもいた。

 ……というか、いるよな。ここまで送ってきたし。 

 この時間の俺のボディガードは、うさぎともえ和流せせらぎ是音ぜおんというクラスメイト二人である。もちろん魔女だ。


 兎は小柄でおしゃべり好きな、俺が想像していた女子像にかなり近い、本当に普通の女子である。

 まあ、魔女を普通と定義するのも、少々抵抗はあるが。

 彼女は動物と話すことができるらしく、使い魔を探す魔女に動物を紹介したり仲介したりしているそうだ。俺には普通にペットを勧められたが、あいにく学生寮のような場所に住んでいるので生き物は飼えない。


 和流は、それこそ川のせせらぎを思わせるような、瞳が印象的な静かで綺麗な女子だ。

 なんというか……品がいいっていうのか? その辺の女子とは一線を画した落ち着いた態度などは、ちょっと管理人さんに似ているかもしれない。

 彼女はほとんど口を開かない。声を聞いたこともない。基本的に意思の疎通は、首を振ったりなどのジェスチャーやボディランゲージ、あと語りかけてくるような瞳でこなす。

 なんでも和流の家系は代々魔女で、幼少時には言葉が勝手に魔法になる特殊な性質が遺伝しているそうだ。子供の頃に暴発して以来、親に厳しくおしゃべりを禁じられたらしい。今はコントロールできるそうだが、もう無口が性格になっているのだろう。


「ごめん」


 とまあ、俺もようやくクラスメイトの顔や名前、それと簡単なプロフィールを憶えたわけだ。まあ一クラスごとの人数も多くないので、そんなに難しいことではなかった。


「早く戻ろ」


 と、兎は俺の腕を……むう、こ、これは、俗に言う恋人技の一つ、アームクラッチではないか!? (注・腕を組んでいるだけです)


「……」


 しれっと反対の腕を、和流が……モテてるな俺! 俺今すげーモテてるな!


 さっきは「羨ましくない」とか「モテたくない」とか生意気なことを言ってしまったが……

 こうして直に、モロに、女子の肌というか、重みや体温を感じると、やっぱりモテるのもいいなーと思うと同時に周囲の視線の痛いこと痛いこと。もはや殺気がこもっているんじゃないかと思えるくらい冷たい視線が集まる集まる。


 本能が危機を知らせてくれている。

 本能が震え、生命の危機に対して脂汗が出てくる。

 しかしそれでも、左右の魔女たちは気にした様子もなく、「早く行こう」とグイグイ俺を引っ張る。


 ……女子ってこういうところも怖いよね。

 なんでこれで平然としていられるのか。この状況で平然としていられる女子怖い。


「いや、でも、まだ北乃宮が」


 トイレに残っている。来た時は一緒だったんだから、帰りも一緒でいいじゃないか。もう少し待てばいいじゃないか。


「いいのいいの。どうせあのヘルメットみたいな髪型でも気にしてるんでしょ。あれ始めると長いから」


 あ、やっぱ女子も北乃宮の頭ってヘルメットみたいって思ってたんだ! 





 そして俺は女子の押しに流されるまま、唯一の仲間を置いて教室へ戻るのだった。


 ……気をしっかり持たないと……!










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