165.貴椿千歳が捕虜になって一週間が過ぎました(女子編)
「――お帰りなさい!」
「――マリーさんお疲れっす!」
廃ビル前にて、仲間らしき魔女たちが、帰還したマリー他三名を出迎えた。……まあ正確に言うと、出迎えられていたマリーたちにナルトと俺が合流したって形になるが。
……出迎えに出てきている魔女は、全部で九人か。
ビル内にも何人かいるみたいだが、はっきりはわからない。仮にはっきりわかっても、マリーたちのように一時的に留守しているってことも考えられるから、正確とは言いづらいな。
脱出に踏み切るためには、敵の数と地形の情報は必須。
今は大人しく情報収集に努める方がいいだろう。
「……あれ? そいつ誰?」
ウェイウェーイ! イエェー! ヒャッハーィ! ……なんて、確実にアルコールか「魔女水」でデキ上がっている女たちは、意味がわからないハイテンションで盛り上がっていた。気が付けばマリーたちもそれらしきボトルを持っていて、ガンガン飲んでいた。
しばし冷めた目で魔女たちを見ていると、盛り上がっていた魔女の一人が、ようやく所在無く立っている俺に気が付いた。
捕虜らしい扱いしてほしいとは思わないけど、放置は勘弁してほしい。まだ色々事情もわかってないのに。
「あ? あー……」
上機嫌で「魔女水」を煽っていたマリーは、光る青紫の瞳に一瞬の迷いを見せ――上機嫌に笑った。
「捕虜だ。こき使ってやんな」
「「へえー」」
うわ……何人かが確実に「これはいいおもちゃがやってきた」的な顔をしている。よっぱらいだし。
「――ただしあたしらは『実力主義』だ。そいつは魔女じゃなくて騎士だから、従わせたいならちゃんと勝って上下関係作りなね」
……実力主義? あ……こいつらまさか、アレか?
「じゃあさっそく私の下についてもらおうかな~」
しこたま飲んでいるのだろう、顔が真っ赤な酔っ払い魔女が、砂に足を取られてフラフラしながら俺の前へとやってきた。
「おらー。三回回ってエイミちゃん可愛いって言えやー。じゃないと燃やすぞー」
は、はあ。エイミちゃん……つまり自分を称えろと。
「――勝っていいのか?」
一応マリーに聞いてみると、ニヤニヤしながら頷くだけだった。
あとは特筆するようなことはない。
『翡翠』を二回ほど叩き込んで魔力を枯渇させ、戦闘不能にしてやっただけだから。
実力主義。
この言葉は、「魔女は常人より優れている」と同意義である。
つまりマリーたちは、いわゆる現体制、現政治に異を唱え反抗するグループ……簡単に言えばテロリストだ。
世界中に同じような思想を持った魔女がいて、そういうグループやチームがいる。
有名どころからマイナーまで、数え切れないほどある、らしい。
マリーたちは、その数え切れないほどある反政府組織の一つなんだと思う。
どんな活動をしているのか、どこまで実力行使しているのかはわからない。それこそ活動や程度の差なんて組織ごとに違っていてもおかしくないからな。
それに、実力行使や犯罪行為を行わなければ、あくまでも普通の魔女である。宗教と同じで思想の自由も認められている。
まあ、マリーたちはすでに色々法に触れてるから、思想だけではないのは確かだが。
……実力主義な。
もしそんな思想が現体制を叩き壊すようなことがあったら、魔女が世界を統べることになるのか。
「おい! 千歳! 今日こそおまえを地面に這いつくばらせてやる!」
実力主義を掲げるってことは、まあ、強者の理屈だよな。
強い奴に都合がいいルールだ。
それに現政治……外国もまたそれぞれだろうけど、日本はまだ魔女の認知度は低い。いいイメージを持っている人が少ないというか。
実際、魔女に不利や枷を付けるような法律がたくさんある。
それは魔女から言わせれば「無能が自分たちのルールを押し付けてくる」って感じだろう。自由に魔法を使いたいって奴もいるだろうしな。
「今日は三人だぞ、三人! 絶対エイミちゃんに土下座させてやるから!」
さてと。
「うお!? な、なんだよ! ほんとにやんのか!? 本当にやんのか!?」
俺が捕虜になって、早一週間が経っていた。
まだおぼろげだが、マリーたちの情報を収集しながら、俺は俺で勝手にやらせてもらっている。
だってやっていいって言うから。
基本やることないから。
だったらもう俺なんか釣りするしかないから!
でも、うるさい奴が来たので、もう切り上げよう。
俺は立ち上がり、海面を漂う浮きを手繰り釣竿に巻いて固定する。そこそこの釣果が入ったバケツを片手に、ケンカ売ってきたのに腰が引けてビクビクしている顔馴染み……彼女ら流に言うと「俺の下の奴ら」を横目に、さっさと廃ビルへと帰還する。
魔女は魔女ゆえの悩みがある。
それが、彼女たちが俺に怯える理由だ。
仕掛けてくるたびに魔力を根こそぎ奪ってやったから……魔法という便利な力が使えなくなるというデメリットが、もはや恐怖を感じるほど避けたいことらしい。
魔女ゆえの魔法依存ってやつだ。
俺らで言えば、電気が使えなくなるくらい不便で怖いことなのかもしれない。それなら俺も怖いし。
「――あ、千歳さんチース!」
「――また釣りっすか!? 釣れました!?」
「――ヒュー! 釣れてるじゃないすかーヤダー!
実力主義ってのは、甘くないよな。
小さいながらも実力主義が掲げられたこのコミュニティで、捕虜であるはずの俺が、下に魔女を従えてしまっているという現状がここにある。
何人かにはケンカ吹っかけられて返り討ちにしている。
さっきのエイミって奴もそうだ。
……ここの連中は陽気な奴が多いせいか、上下関係があってもあんまり気にしてないんじゃなかろうか。
もっと毎日ピリピリしてて、隙あらば下克上を狙いあうグループであっても、おかしくない思想だと思うんだが。
なんというか……俺は立場上、確実に捕虜のはずなんだけどなぁ。俺を上にしてどうする。俺の下についてどうする。
「ご飯」
そしてあの時の四人の、小さい魔女――カシンと呼ばれるいつもフードをかぶっている少女は、俺の釣ってくる魚を早々に食料として確保している。
勝負はしてないが、一応カシンの方が俺より上である。
だって俺、捕虜だし。
少なくとも俺からケンカ吹っかけるのはアレだからな。さすがに。捕虜の領分を越えちゃうからな。すでに越えてるけど。釣りとかしてるけど。
「塩焼きと刺身、どっちがいい?」
アジとアカハタが釣れた。どっちも刺身でも焼いてもうまい。
「…………迷う」
ここには料理をする者がおらず、食料は毎日カップメンだったり、どこかで弁当などを調達してくるらしい。
……食生活ってのは年食ってから影響が出るんだ。
若い魔女ばかりだし、今そんな食生活していたら絶対に身体によくないと思うが……でもさすがに俺が気にするのもアレだからな。俺捕虜だし。
調達してきてもらった炊飯器はすでにセットしてあるし、米や塩や砂糖や味噌や、ありふれた食材も(上の立場なので)頼んで買ってきてもらっている。冷蔵庫はすでにあったものを使わせていただいている。包丁とか凶器になりそうなものはさすがに無理かなーと思ったが普通に用意してくれた。
まだまだ足りないものも多いので簡単に、ではあるが、一応ここでもギリギリ自炊しているのだ。……捕虜なんだけどな。俺。
「どっちも作るからどっちも食うか?」
「…! それでいい」
あ、そうですか。……一瞬「気づかなかった!」って言いたげな険しい顔したので俺もちょっと驚いた。
「アサリのお味噌汁は?」
「アサリがない」
「アサリのお味噌汁がいい」
「だからアサリがないって」
俺が捕虜になって一週間。
生活環境は大きく変わったが、生活自体はあまり変わりないような気がしないでもない。
……救助とか来ないかなーと思いつつ、しかし妙に安定しつつある今の自分が複雑である。
まだ女子のままだし。
北乃宮や乱刃たちは、今頃どうしてるんだろう。
――そんなことを考えながら、俺は魚をさばくのだった。




