163.貴椿千歳、再び見捨てられる(女子編)
さて。
野生児どもは勝手に戦いを始めてしまったし、俺はこっちの対応をしないとな。
四人の魔女をつぶさに観察する。
何分夜なので、顔まではちゃんと見えない。これじゃ昼間どこかで再会しても気づかないかもしれないな……
まず、輝く青紫の瞳の魔女。
身長も体格も普通……160あるかないかという標準体型で、瞳以外の特徴がない。私服も別に奇抜という感じもないし……恐らく同年代くらいで、四人の中ではリーダーだろう。
次に、170を超えている大柄な魔女。
すねまでまくった上下黒ジャージ……夜コンビニ前にいる女子っぽいな。
あとは目深にフードをかぶった小さな魔女と、もう一人はリーダー格と大柄の中間くらいの魔女。格好も普通だと思う。スカートはいたりして。今風のトレンドをうまいこと取り入れている。
格好だけで言えば、俺の方がよっぽどアレだな。
いくら女子の身体とは言え女子の格好までする必要が……いや、今は置いておこう。考えるだけで心が沈むし……
「おまえら誰だ? 何が目的だ?」
今俺がするべきことは時間稼ぎだ。
そしてできることなら情報収集もしたい。
いったい彼女らは何者なのか?
目的はなんだ?
ここまで大きな事件を起こした理由は?
この辺は考えたってわからない。本人たちから聞き出すのが一番早い。
それに、こうして直接出てきた以上、出てきた理由もそれなりにあるだろうしな。
「おい」
青紫の瞳の魔女が、右手を上げてちょいちょいと振った。
すると――む!
急に視界から消えた大柄な女が、『瞬間移動』で面前に現れた。
拳を振り上げて。
この動向は予想してなかったが、このくらいの速度なら反応できる。
野生児どもじゃないが、構えちゃいないけど俺だってとっくに臨戦態勢だ。
「――遅い!」
そう、魔女の攻撃としては遅い。スローだ。奇襲を掛けるなら背後を取るくらいしてほしい。
恐らく肉体強化したのだろう、ボッと空を打つ速度で振り下ろされる右拳を紙一重で外側に避け、中和領域を展開して腕を極め、組み敷く。
「は……はあ!?」
大柄な魔女にとっては、先の攻撃は早業だったのかもしれない。
が、それと同じくらいの速度で地面に倒され腕を固められ、気が付けば拘束されていた現実に、戸惑った声を漏らした。
わかるぞ。俺もこんな速度でこんなことできるようになるなんて自分でも思わなかったから。これもばあちゃんのしごきの賜物だ。
「もう一度聞く。おまえら何者だ? 答えなかったらこいつの腕折るぞ」
脅しである。本当に折ったことなんてないし、折っていいと言われても折れない。怖い。
「てめ、ふざけ、んな……!」
大柄な魔女が肉体強化込みで身体に力を込めるが、中和領域を展開しているので効果は現れない。……この女、騎士と戦いなれてないな。そういうのさえわからないのか。
「やめろ。無理に力を入れると自分で壊すぞ」
ぐりっと関節やっちゃうぞ。はずれちゃうぞ。
「――はぁ~あ。何やってんのミサっち?」
と、青紫の瞳の魔女が、気が抜けそうな溜息を漏らして、こっちに歩いてくる。
……やばい。
緊張で肌がピリピリする。
あくまでも俺の勘だが、この魔女、かなり強い。
「離してくんない? あたしの仲間」
俺の展開する中和領域に躊躇なく踏み込み、1メートルほどの距離で立ち止まり、静かに、なんの威圧もなく、普通に言う。
だが、総毛立つほどの危機感を感じる。
……断ったら、殺されるかもしれない。
だが、あえて言おう。
「同じ質問を何度もさせるな。おまえ誰だよ?」
胸の鼓動さえ聞こえなくなるほどの重い沈黙を経て――勝負は付いていた。
速いとか遅いとかの領域ではない。
気が付けば、青紫の瞳の魔女は1メートルの距離を詰めていて、俺の喉に冷たい刃を突きつけていた。
恐怖より何より、この不可解な現象の方に動揺した。
今、何が起こった?
そして何が起こっている?
『瞬間移動』よりも、電気よりも、速い移動……? 俺が認識できない行動だと?
「――悪いねぇ。あたし、他人の言うこと聞くのダイッキライ☆」
死ぬ。
間近で笑う魔女の顔を見て、俺は直感した。
「おや」
直感を感じるや否や、俺は青紫の瞳の魔女から離れていた。大柄な魔女を解放して。
――攻撃ならかわせるわけか。この通り。
不可解なのは武器をつきつけられた時だ。あれは認識できない。だから回避できない。
「いい動きするねぇ。ミサっち抑えるだけのことはあるわ」
冷や汗が止まらない。この魔女は危険だ。
「くそ……油断した」
「いやぁ、油断じゃないねぇ。実力だねぇ」
「うっせえマリー! このあたしが負けうわあー」
なんか何を思ったのか大柄な魔女が立ち上がってまた殴りかかってきたからまた組み敷いてみた。なんだこの簡単なお仕事は。
「……あれぇ? あたし今おまえ助けたはずだけどなぁ? なんでまたやられてんのかなぁ?」
敵ながら、それに関してだけは、まったく同意見である。
「んー……よし、話が進まないからミサっちはもうそのままでいればいいよ」
「えー助けろよー」
「やだよ。一回目は同情するけど、二回目はおまえがアホだからだもん。しっかり土と草を噛み締めて敗北の味を味わってくださいよ」
敵ながら、それに関してもまったく同意見だ。
――まあ、それよりだ。
「マリーっていうのか?」
「そうだねぇ。今はそう名乗ってるねぇ」
本名じゃないのか。
まあそうだな。
今現在この時点で完全に犯罪者だもんな、こいつら。公共の場で許可なく召喚獣を呼び出したのもアウトだし、人まで襲わせてるからな。
「あんた下っ端でしょ? 話になんないから上の人呼んでくんない?」
そうか……なんか要求があるのか。それが目的か。
「……ちょっと待ってろ」
どうしようかと迷ったが、そもそもこれ以上時間を引き延ばす方が現実的ではない。
それに俺の目的を考えれば、ここで相手の要求に従うのは渡りに船とも言える。俺の目的は、突き詰めれば被害者を減らすこと、だからな。
こうして交渉にまでこぎつけられた時点で、俺の目的はある意味では達していると言えるだろう。
この戦闘の指揮を執るのは俺じゃないので、マリーの要求を聞き入れるかどうかを決めるのは俺じゃない。北乃宮・父が決めることだ。
ならば、本人同士で話してもらった方がいい。
そして、この一本の電話から、俺の夏が始まるのだ。
「――は? え? マジで言ってんの?」
携帯で北乃宮に連絡を取り、向こうの電話を北乃宮・父に代わってもらって、マリーと電話で何事かを交渉する。
最初こそ普通に話をしていたようだが、次第にマリーの表情が厳しくなっていく。
「あほーまぬけー」
「やめろっ。鼻を狙うなっ」
いつの間にか近くにいた小さい魔女が、その辺で拾った棒で、俺が組み敷いている大柄な魔女をつついているというゆるいこちらの空気と反比例するかのように。
嫌でも緊張感が高まるマリーと北乃宮・父の話し合いは、会話を聞かずとも難航しているようで。
「――このクソ親父! だったらお望み通りしてやるよ!」
どうやら交渉は決裂したようだ。
「おい!」
乱暴に携帯を投げ返しながら、怒りに満ちた表情で、マリーは衝撃の言葉を発した。ちなみに携帯で片手でちゃんと受け取った。
「おまえ見捨てられたぞ」
……は?
「え? なんのことだ?」
会話の内容はわからなかった。
俺が拘束している魔女が棒でつつかれたりしているが、俺はまだ臨戦態勢を解除していない。警戒も緩めていない。
この状況では、聞き耳まで立てる余裕はなかったから。
「おまえの身柄を盾に、あのクソ親父をこの場に引きずり出そうとした。あとはわかるよな?」
……あ、はい。そのクソ親父は俺を見捨てたと。
「おまえのこと好きにしろってよ。殺すかさらうっつったら自由にしていいって」
……えー……
つまり、アレか。
騎士検定で見捨てられたアレと同じことが、こんなに短いスパンで再び起こってしまったと。
そういうことか。
…………
このまま待っていても助けはこない。
そもそも俺は時間稼ぎが目的でここにいる。
勝つ見込みがあるからここにいるわけじゃない。
見捨てられたという言葉通り、俺の救助は来ないだろう。
そしてここで一対四で戦っても、まず勝てないだろう。
もし活路があるとすれば、例の野生児たちの横槍が必要だが……どうにも召喚獣との戦闘に夢中で、こちらの様子なんて察知していない。
それに、中間くらいの魔女だけは油断なく周囲や召喚獣たちの様子を見ているので、横槍が入る前に妨害される可能性が高い。
……手詰まり、だな。どう考えても。
「で、おまえどうしたい? こうなっちゃったらあたしらも引けない。殺すか捕虜にするか、どっちかだわ」
玉砕覚悟で戦って死ぬか、どこぞへと連れて行かれるか、か。なかなかシビアな二択である。
……どっちも嫌ではあるが、今は命を張って戦う場面ではないことは確かだ。無駄死にしたいわけもなし、勝ち目がなさすぎる勝負に賭ける気にもならないし。
そもそもさっきの「認識できない行動」の謎がわからないと、本気で無駄死にしそうだ。
じゃあ……まあ、答えは一つだな。
こうして女子となり夏休みを間近に控えていた俺は、犯罪集団の捕虜となったのだった。




