162.貴椿千歳、黒幕と遭遇する(女子編)
「――ストップだ」
片っ端から召喚獣を狩りまくっている俺たちの目の前に、北乃宮と風間が「瞬間移動」で跳んできた。
「ペースが早い」
何事かと動きが止まった俺たちに、一言そう告げる。
ペースが早い、というと、召喚獣を狩るペースのことだな。
「やっぱ様子見込みか?」
北乃宮・父からの指示は「防御しろ」だからな。
撃退目的ではなく、むしろ時間を掛けて第二波を待っている、と考えられる。
ならば、相手の次の手の準備が完了する前に召喚獣たちを全て片付けてしまったら、追撃の手を意図せず潰してしまい撤退される恐れがある。
犯人が姿を見せるまでは、現状維持したいのだろう。
「俺も詳しい作戦は聞いてないが、たぶんな。気づいているか? 主戦力が参戦してない。それが根拠だ」
ああ、生徒会長とか七重先輩とか華見月先輩とか、レベルが高い魔女のことだな。
そうだな、今のところ参戦している連中の中にはいない。レベル高い魔女は、同行している日々野先輩くらいしか見てない。
第二波に対する温存と、主戦力と総戦力を伏せておくためだろう。
この召喚獣たちは、俺たちの戦力や反応などを相手が調べるためのものだろうからな。
第二波は本命が来るって線が濃厚だ。魔女たちがな。
あまり戦闘が長引けば、それだけ外部勢の乱入の危険も増える。それは相手も望むところではないはず。
「わざとらしく引き伸ばせば敵にこちらの思惑が伝わるかもしれん。が、なんの収穫もなく撃退するのもまずい」
だからペースダウンか。
「蛇ノ目、残りは何匹くらいだ?」
こっちの魔女のぼうげん……声も聞こえるし、召喚獣の気配も感じるので、まだいるはずだ。
「4匹か5匹かな。戦況は悪くなさそうだよ。私たちが首を突っ込まなくても勝てると思う」
そうか。じゃあ様子見だな。
「怪我人の有無は?」
日々野先輩が問うと、北乃宮は予想していたかのように「そちらのチームには必要なかったので言ってませんでしたが」と、するっと即答する。
「危険になったら『別空間に逃げろ』と、俺たちから全員に通達しました。そういう指示があったので。怪我人は出ているとは思いますが、今のところ大怪我を負った者が出たという報告はありません」
……今本人も言った通り、俺たちに通達なかったな。まあ確かに危なげなくやってたけど。蛇ノ目のナビと日々野先輩の力が大きいから、かなり楽だった。
「それじゃ、私たちはこのまま待機した方がいいのね?」
「はい。仮に交戦する場合でも長引かせてください」
これで日々野組たる俺たちの方針はわかったが、
「なあ北乃宮、敵の魔女の続報はないのか?」
俺はそっちも気になる。
ここまで大掛かりなことをしでかす魔女の集団がいるんだぞ? 気にならないわけがない。
何より、これからここに来るかもしれないんだからな。
「わからない。少なくとも俺が知る限りは」
北乃宮の答えはすげないものだったが、それでわかったこともある。
「近くにいない、か……?」
「貴椿、それは駒が考えることじゃない。司令塔が考えることだ」
……まあ、そうだな。
事ここまでの人数が実際に動いているのだ、下手な憶測を言えば現場で混乱が起こりかねない。最悪命に関わるからな。
「すでに別働隊が動いている。君はここに集中してくれ。間違っても死ぬなよ」
女子の姿でも北乃宮は北乃宮である。それなりに友を案じてくれているようだ。俺は素直に「わかった」と返した。
だが、すでに漏らしてしまった言葉は戻らないのだ。
「近くにいないってどういう意味?」
北乃宮と風間が去ってすぐ、日々野先輩に聞かれてしまった。
「まあ……簡単な話ですよ」
むしろ日々野先輩や蛇ノ目なら、普通に考えているんじゃなかろうか。
「……? なんだ?」
乱刃はわかってなさそうだが、こいつのことはいいか。わかってなくても大丈夫だろう。
「敵魔女は召喚獣をどこで呼び出したのか、って話です」
この公園周辺は、見張りが立てられている。
つまり「現地……この場で召喚魔法を使用したなら術者がすぐに判明する」という環境が整っている。
だが、北乃宮のさっきの返答から考えれば、「術者はまだ判明していない」ことになる。
ならば、答えは簡単だ。
「召喚獣は別の場所で呼び出され、ここに送り込まれた。そう考えるのが自然でしょう」
きっと『送り込んだ魔法』の痕跡なんかは見つかるはずだ。
常人には何もわからないが、捜査や探査が得意な魔女なら探し出せるかもしれないし、追跡もできる可能性がある。
それに、ここの状況を見ている犯人側の人間は必ずいるだろうしな。そいつが見つかれば早いんだが。
「そう……やはり犯人はここにはいないのね」
だからこそ戦闘状態を維持するわけだ。
「犯人を引きずり出すための待機ですから」
ここまで大掛かりなことをやった以上、なんの成果もなく撤退……って線も薄いだろうしな。これだけの人が投入され北乃宮・父が出張るような大きな案件である以上、簡単に引くとも思えない。。
俺が犯人ならどうするだろう?
50を超える召喚獣をぶつけ、様子を見る。
しかし50も呼んだ召喚獣は早々と壊滅。
そして今、短時間でほぼ掃討され戦闘も終わりつつあるという現状。
目的がわからないから具体的には考えられないが、そうだな、俺ならもっと正確にこっちの動きや戦力を見たいと思うな。
明らかにまだ顔を出していない主戦力などを、自ら動く前に把握したい。
そうしないと次の手も打ちづらいだろ。
……俺なら、もう一度つついて様子見をする。
さて、向こうはどう出るか――って当たったみたいだ。
いや……違う。
まさか本命来たか!? 様子見じゃなく犯人が直接来たか!?
「――まずい! 全員退避だ!」
突如遠くに生まれた強い瘴気は、俺の記憶にある。もちろん俺じゃなくても魔女なら……いや、魔女の方がより強く感じているだろう。
あれはまずい。
犯人と思しき魔女の気配がいくつかと、銀騎士や海人ガヴェルとは桁が違う危険な召喚獣の気配が発生した。魔女の方はわからないが、知っている召喚獣の方が今は問題だ。
「あ、貴椿君! どこへ!?」
「足止めします! 日々野先輩と蛇ノ目は全員を退避させてください! 今すぐ無理やりにでも! それであとで迎えに来てください!」
足を止めずはき捨てるように言い駆ける。説明はあとだ、今は一秒でも早く敵と遭遇し足を止めさせねば! 誰かを襲い始める前に!
今日の様子を見るに、魔女たちは召喚獣との戦いに慣れていない。
こんな状態では戦力になるならない以前に、あいつらの餌食にしかならない。
誰かが襲われれば混乱が広がり、元々烏合の衆であるこっちは絶対にバラバラになる。被害が拡大してしまう。
俺は奴らとは遭遇し、戦ったこともある。まだ慣れている。勝つことは無理でも足止めくらいはできる! ……と思う。
日々野先輩と蛇ノ目がどれだけ迅速に総員退避させてくれるかが鍵だ。それまでの間でいい、ほんの少しの時間稼ぎくらいでいいから――ってマジか!
「乱刃! おまえも下がれ!」
気が付けば真横を静かに並走していた乱刃は、平然と答えた。感覚の鋭いこいつが、この魔女数名とこれまでの召喚獣とは桁違いのプレッシャーを、まるで感じていないはずがないのに。
「そういうわけにもいかん。ほれ」
走りながらどこかかなたを指差す。……そこには、俺たちと同じ方向へ闇夜を走る小さい何かがいた。しかも俺たちより早い。
「兄弟子が出張るようだ。ならば弟弟子として見届けなくてはな」
あれ麒麟先輩かよ!
……危険に突っ込むところとか、あの人ならなんかすぐ納得できるけど……でも、そういうのやめてくれないかなぁ……心配でたまらな、……ああ、いや。
麒麟先輩なら普通になんとかしそうだな。俺より余裕で強いし。
そして俺たちは奴らの前に立った。
なんとか行動を開始する前に接触することができた。……よくわからんが、敵はなんか仲間同士で揉めてたみたいに見えた。まあ真相はわからないが。
「あれ? お出迎え? 感激じゃん」
四名の魔女――その中心にいる人物。俺たちとそう変わらない年齢の、魔女。暗がりにあってほのかに光り輝く青紫の瞳が印象的だ。
恐らくあいつがリーダー格。へらへら笑っている。……ヤバイな。見た目だけの判断でもレベル7以上か。
だが、今問題なのは、そっちじゃない。
「やっぱり『赤ずきん』か……それに『白熊』まで……」
レベル7以上含む魔女四名だけでもきついのに、一緒にいる召喚獣二匹が危険極まりない。
「魔界料理人フェイク」――通称赤ずきん。
赤いフード付のコートを目深にかぶった、見た目は小柄な女性。乱刃くらい小さく細い。しかしフードの中身は何もない。透明人間が入っていると思えば早い。
こいつは「増える」のだ。見えないが腕なり足なりが増える。なんなら本体が「増える」こともある。
赤錆だらけの包丁をいくつも取り出すことから「料理人」と名づけられたらしいが、本当に料理人なのかどうかはわからない。
それと白熊「グラビパイク」。
……まあこいつは本当に白熊そのものの見た目だ。大きさもこの世界のと同じくらいだと思う。顔立ちも。普通に可愛いと思う。見た目だけは。リアル熊より熊らしく可愛いかもしれない。
ただ、気性は荒い。そもそも異界の生物だからな。
他の召喚獣より反骨精神が強いのか、魔女の力量以外で従う相手を選んでいる節がある。ばあちゃんでも完全に使役できないって言ってたからな。
あの白熊の恐ろしいところは、重力を操作することだ。主に自重を増やして攻撃を仕掛けてくる。もちろん相手に仕掛けることもある。全身を覆う毛皮も厚く硬いので、生半可な攻撃は通らない。あと召喚獣だけに頭がいい。見た目はそうでもただの野生動物じゃないからな。
赤ずきんはテクニカルでトリッキーで戦いづらく、白熊は本当に単純に強い。
一匹ならまだしも二匹となると、俺には厳しいな……時間稼ぎさえ満足にできるとは思えない。
だがやるしかない。今は引くという選択はできないから。
「戒」
この厳しい局面、顔に出ないよう頭を抱えていると、一人ずつじっくりと品定めするかのように見ていた麒麟先輩が口を開いた。
「先に選べ。どれがいい?」
まるで好みのクレープ……を選ぶ時はもっとテンション高いか。まるで好みの花の蜜を選ぶかのように、脳みそまで筋肉になっている少女たちは勝手な相談を勝手に進める。
「どうせ麒麟は熊がいいのだろう? アレが一番強そうだからな。……仕方ない。私は赤いので我慢する。アレも面白そうだ」
「ほう。そうかそうか。貴様もようやく兄弟子に気を遣えるようになったか」
いやいや待て待て!
「一対一で戦う気か!?」
正気じゃないぞ! 騎士でもない常人があのレベルの召喚獣と戦うなんて、自殺行為でしかない! もはや冗談の粋だ!
「残りの雑魚どもは千歳、貴様にやる。好きに可愛がってやるがいい」
いやいや! 「残りの雑魚ども」って魔女四人でしょ!? レベル7以上がいるのに……あれ!? あ、別にこれいいのか!? 乱刃と麒麟先輩は戦うのが目的みたいだが、俺はあくまでも時間稼ぎが目当てだから!
「そもそもだ」
と、麒麟先輩は棘のような視線をチラリと向けてくる。
「あの程度にどうやって負ければよいのだ? 負け方を教えてほしいものだ」
…………
一般常識や俺の中の杓子定規では絶対に避けるべき状況なのに、正直、どう考えても麒麟先輩と乱刃が負ける結末が想像できなかった。
というか、だ。
「……うーん……」
人の心配してる場合じゃないようだ。
麒麟先輩と乱刃が相手と定めたからか、それともこちらの丸聞こえの相談を聞いて向こうの魔女たちが気を遣ってくれたのか。
二人はそれぞれの召喚獣を連れて、俺を中心にして左右に離れていく。
そう、中心に俺を残して。
今回の騒動を起こした魔女四人を真正面にした、俺を残して。
奴らもじっと俺を見てるし。
……まあ俺の場合、魔女四人よりあの召喚獣たちの相手の方がきついのは確かだが……
……日々野先輩! 蛇ノ目! 早くヘルプ来て!




