161.貴椿千歳、戦闘を開始する(女子編)
それらは突然現れた。
広大な自然公園を囲むようにして、異形の存在が降臨する。
血に塗れた銀色の鎧を纏いし者「竜狩りの銀騎士バルゲルト」。
鮫の頭骨を頭に被った異界の魔漁師「海人ガヴェル」。
翼を持つ妖婦「ハーピー」。
それら三種類のメジャーな召喚獣が、気配だけでも五十を超える数で現れ、明らかに公園……いや、公園にいる者たちに向かって行進を開始した。
「この数は……」
放った緑の蛇で広域を認識している蛇ノ目が、眉間に深いしわを刻んだ。
いきなり緊張感が生まれたのは、そう、数だ。
召喚獣たちは、魔女の力量や資質依存なので、どの程度の驚異となるかはわからない。まあメジャーどころ三種類なので、何をするかはおおよそ察しはつく。
問題は、基本的に召喚獣は、一度に一体しか呼べないということ。
――率直に言うなら、これを仕掛けてきた連中は、少なくとも魔女50名を超える何らかの組織だと考えられる、ということだ。
しかも同時に現れたからな。
召喚獣の更に外側に、正体不明の魔女たちが包囲しているのだろうか。
「なかなか刺激的ね」
日々野先輩の口調には余裕があるが、表情は至極真面目である。そう、単純に数が負けているという事実に不安を感じたのだろう。
「これくらいなら問題あるまい」
乱刃はよくわかってないようだ。
本当に問題なのはこのあと、って感じなんだが。
この召喚獣たちは様子見だろう。
このあと、五十を超える魔女たちが直接仕掛けてくるのが本命だと思われるのだが……まあ、確かに、今この包囲網をどうにかしないと本命も何もないからな。
「とりあえず――」
どこかで爆発音が聞こえたのを合図に、いたるところから猛々しいというか、雄々しいというか……まあなんだ、とても気合が入った女子の声が上がり始めた。「うおー」とか「キェェェー」とか。「死ねい外道!」とか。「お肌の敵め! くたばれ!」とか。……恐ろしい。
現状確認もそこそこに、好戦的な連中がさっさと始めてしまったらしい。
……ま、現状確認というか、状況の把握は公園の外に配置された魔女たちがやってくれるだろう。敵の魔女を探したりもな。
俺たちに課せられたのは自衛と、仲間を守ることだ。
それ以上のことはちゃんと別働隊が請け負っているはずだ。むしろ変に首を突っ込んだら邪魔をすることにもなりかねない。
「俺たちも片っ端から片付けていきましょうか」
確かにこの状態は危機である驚異であるが、このくらいの危険は想定されていたことだ。
想定されていた以上、今更焦ることもない。
「そうね。とりあえず……どうしましょ?」
あ、日々野先輩、チーム戦みたいなの経験ないんだな。
「先輩、俺が軽く決めていいですか?」
今は話したり悩んだりしている時間があまりない。指針だけ俺が決めさせてもらおう。
「俺が敵の攻撃を受けたり止めたりします。乱刃は遊撃と攪乱で敵の気を引いてくれ。蛇ノ目は俺の傍にいて、俺の合図で攻撃回避なんかを魔法でやってほしい。で、日々野先輩が魔法で仕留めてください。強力なやつでドーンと」
召喚獣の強さは魔女の力に比例する。どれだけ強いかは当たってみないとわからない。
が、レベル7を超える日々野先輩の攻撃魔法があれば、ノーダメージってことは絶対ないだろうからな。
「一体ずつ確実に潰していきましょう。乱戦になりかけたら一時魔法で離脱を厳守です」
もう説得力が皆無な気がするが、掃討戦じゃなくて守備が目的だからな。……かなり派手目な花火が上がってるけど。
「えっと……じゃあそれで」
ぼちぼち俺たちに目をつけている召喚獣たちも近づいているので、こういう感じで動くことになった。
最初はぎこちなく、いきなり実戦に放り込まれたところで何をしていいのか……という感じだったが、日々野先輩と蛇ノ目はすぐに己のやるべきことを把握した。
俺が率先して前に出て、銀騎士の剣をシールドで止め。
わかっているのかいないのか、感覚や本能で動いているだけなのか、とにかく乱刃が絶妙なタイミングで銀騎士に攻撃を加えて離れて。
銀騎士が明らかに乱刃をターゲットに選んだ瞬間、日々野先輩が放った「巨大氷柱」が上空から降ってきた。
鋭利な先端を持つ「巨大氷柱」は銀騎士の頭に当たり、それから重量で押しつぶし、胴体を貫いて地面に縫い付けた。
「大丈夫みたいですね」
必死に立ち上がろうとする哀れな銀騎士に「翡翠」を叩き込み、供給される魔力を絶って異界にお帰り願った。残ったのは凍った地面と氷柱だけだ。
あとは蛇ノ目が俺のサポートに徹してくれたら、チームとしての動きは悪くないだろう。即席チームにしては完成度が高いと思う。
「なるほど、こういうことね……」
「私もなんとなくわかった」
銀騎士の隙を見て攻撃をした日々野先輩と、一連の動きを見ていた蛇ノ目が、役割を理解したようだ。
あとは、戦うのみである。
銀騎士、海人ガヴェルは同じように対処できる。
一度やるべきことを知った俺たち即席チームは、かなりのスピードで召喚獣たちを消して回った。
単独相手なら邂逅して10秒で倒せるのだから、大した速さである。
問題は、ちょいちょい気まぐれにちょっかいを出してくる鬱陶しい「ハーピー」だが、それこそ無用の心配だった。
日々野先輩が少し本気を出して空を冷やせば、奴らは凍えて飛べなくなる。たぶん俺らが考えるより温度が激しく下がっているのだと思う。それこそ瞬間冷凍くらいに。
いやあ、すごいスペックだな。
敵に回すと先日の検定みたいになるのに、味方だと頼もしいことこの上ない。
落としたハーピーを「翡翠」で消し、どんどん討伐していく。
「――あれ!? なんか簡単に殺ってね!?」
ずんずん倒して回っているだけに、よそで相手していた魔女の相手まで横取りしてしまったようだ。散々魔法を叩き込んで所々コゲた銀騎士を倒してしまった。
今まで相手をしていた蒼桜花の魔女三人が、非難げ……でもなく、ただ驚いたような顔をして俺たちを見ていた。
そうなんだよな。まともにやると結構苦戦するんだよな。
召喚獣には魔法が効きづらい。
見た目派手な爆発でも、そのままダメージが通らないのだ。
理由としては、魔力が肉体を構成しているような存在だからか、抗魔力……抗魔法とは違い、魔力そのものに抵抗力を持つと言われているからだ。
だから魔法の威力が10だとしても、実際与えているのは5とか6とかになる。
しかも相手は動くしな。動かない的ではない。
攻撃魔法を放たれれば防御もするし、避けもする。
身軽な海人ガヴェルやハーピーには当てづらいだろうし、銀騎士は単純に硬いし。戦闘慣れしていない魔女には結構な強敵だろう。召喚獣としてメジャーなだけに、個々の能力も悪くないしな。
「すみません。邪魔しましたか?」
日々野先輩が魔女たちに言えば、「いや」と返事が帰ってきた。
「なんだかんだ命懸けだから、結構怖くてさ。どんだけ本気の攻撃魔法ブチ込んでも死なないし。正直助かったわ」
どうやら実戦慣れしてないようだ。
魔女の方ができることの幅が圧倒的に多い。数々の魔法という選択肢もたくさんある。
だから必要以上に腰が引けると平常心を失って危ないんだが……でも、こればっかりはいきなりどうにかなるもんじゃないからな。
「日々野先輩、どうしましょう?」
チームとして機能し始めてから、無造作にうろうろしている召喚獣たちを蛇ノ目のナビの下率先して潰し、ここに至った。
どうもこれ以上となると、応戦している連中に割り込むことになりそうだ。そういうの嫌う魔女も多いからな……婆ちゃんがそういうタイプだったし。
「――行きましょう」
だが日々野先輩は、GOサインを出した。魔女の心理は俺より詳しいだろうに。
まあ、英断だと俺は思うが。
「可能性は低いかもしれないけれど、今ここで誰かが死ぬ可能性がある。私はその可能性を潰したい。多少の恨み言なら私が受け止めるから」
異論なんてあるわけがない。
「じゃあそれで。蛇ノ目、そういうことらしい」
広く戦況を見ている蛇ノ目は頷く。
「じゃあ続きを始めましょうか」
残りはどれくらいだろうな。二十体は消したと思うが……
「――やるなら早くやるぞ」
見えない何か――どこでもない闇の奥に何かを見ている乱刃が、ぽつりと言った。
「第二波が来るかもしれんぞ。憂いは絶った方がいい」
…………
こいつすげーな。
状況とかまったくわかってないはずなのに、なんでわかるんだろうな。
そうだな、魔女50人の第二波が来る前に、少しでも戦況を有利にしておかないとな。




