160.貴椿千歳、改めて恐ろしいと思う(女子編)
「集ったか」
麒麟先輩の伝言が伝わったか否か、隔離した空間にいた北乃宮・父が、一緒に中にいたのだろう連中と街灯の下に出てきた。
さっき電話で起こしてくれた北乃宮と幼馴染という風間。
空御門先輩や七重先輩などの、調査に関わっていた生徒会と風紀委員と。
それと、知らない顔が何人もいる。
蒼桜花学園の生徒もいれば、よくわからない私服の魔女もいる。
スーツ姿の人たちはたぶん警察関係の人だろう。
男の率が低いせいか、風紀委員であり騎士道部部長である新名先輩と、俺と同じように呼ばれたのだろうチラリズム綾部先輩の二人に注がれる視線がすさまじい。
まあ本人たちは主に学校生活で慣れているのか、大して気にしていないようだが。
今だけは性別的な理由で注目を集める側にいない俺だが、当事者ではなく第三者目線で見ると、なかなか恐ろしいな……そうか。周囲からはこういう感じで男は見られているのか。恐ろしい。
全部で二十人を超える大所帯だ。
高レベル魔女もちらほらいるだけに、かなり壮観である。蛇ノ目の言う通り「参加者が豪華すぎる」というのも頷ける。
騎士は何人くらいいるんだろう? 俺も呼ばれるくらいだから、魔女の方が多いのは間違いないと思うが。
ちなみに、不機嫌だった猫は本当に帰ってしまったようだ。
もしかしたら今頃俺の部屋で寝ているかもしれない。ぜひ自分の家に帰って欲しいものだが。
……あと、少し離れたところに、こちらを伺うような気配がある。魔力も感じるので、ここにいる以外の協力者も何人かいるみたいだ。
「これからの流れを伝えおく」
――そんな魔女たちに、北乃宮・父は言う。一人年齢層が高い男性にも非常に熱い視線が向けられる。恐ろしい。
「まず、問題の魔獣は発見した。調査も済ませたし規模も調べてある。問題ない。これより私が処理しよう。
それを踏まえた上で、これから私が言うことをよく聞いて欲しい」
北乃宮・父は、暗がりでも伝わるほど鋭く重いプレッシャーを掛けつつ口を開く。
「諸君らを集めたのは、今回の魔獣騒動に『作為的な何か』の可能性を感じたからだ。
作為的な何か。
――率直に言うと、誰かが魔獣騒動を故意に引き起こした可能性のことだ」
魔女たちがかすかにざわめく。わかっている人も多そうだが、何も考えてなかった人も少なくないのかもしれない。
「相手が誰か。何者か。目的は。
推測をするのは構わんが、相手の目的如何では、諸君らはこれから何者かに襲撃される恐れがある。
諸君らに課せられた仕事は、自衛だ。
己と、余裕があれば己の隣にいる者を、全力で守りなさい。
私はそれができる者を選び、呼んだつもりだ。
今回は警察の許可が下りているので、この公園内に限り使用魔法の制限がない。全力で守ること。攻めることは考えなくていい。そのほかのことも手は打ってある」
守ることに全力で、か。
つまり情報収集だな。
北乃宮・父の口ぶりからして、何者かの襲撃が予想される。
もし襲撃が来たら打って出ず守りを固めろ。
――戦闘を長引かせることで、襲撃者の情報を少しでも集める。どんな魔法を使うか、どんな攻め方をするのか、それこそ単独か複数かどこぞの組織的犯行か否か……といった情報をな。
ここでの捕獲は考えていない……か?
まあ、その辺は警察の仕事かな。
「各自、時計を確認しなさい。これより五分後に魔獣の討伐を行う。事態が動くのであればそれが契機となるだろう」
今この状況で、犯人がここを伺っている可能性は、実は低いと思う。
野生動物並みに鋭い点拳伝承者の麒麟先輩や乱刃が気付かないから、というのが理由だが、それは犯人は知らないかもしれないから除外するとして。
警察の人がここ現場から離れたところから見張っているから、だ。
犯人が、何らかの目的を持って行動を起こしたなら、当然警察の介入も予想するだろう。それくらい結構な事件だからな。
一般人にも被害が及ぶ、無差別な犯行だ。
実害は低いかもしれないが、一般人に一方的に攻撃魔法を仕掛けたようなものである。一般人の俺としても許しがたい暴挙である。被害も受けてるし。
警察の介入を考えれば、当然「現場に近寄れば見つかるリスクが発生する」わけだ。
警察にだって魔女はいる。
遠視系の魔法で様子を見ていたとしても、その魔法を探知される可能性はかなり高い。何せそれ専門の魔女が投入されるだろうからな。探知が得意な魔女がな。
だから、犯人はここを伺っている可能性は低いのだ。……と、俺は思う。
だったら犯人はどうするのか、と言われれば、「魔獣が消えたこと」は察知することができるようになっている、のではないか。
北乃宮・父の言葉を信じるなら、そうだと思う。
……こうして考えると、確かに襲撃の可能性は、あるんだな。
「魔獣が消えた」瞬間、確実に「魔獣を消した何者か」が現場にいることになる。
そして犯人は「それだけはわかる」ようになっていると仮定するなら。
犯人の狙いは魔獣狩りを行う何者かの身柄、あるいは命とか……そういうのが狙いなら、今この状況は犯人の思い通りに進んでいるわけだ。
そして北乃宮・父は、それがわかった上で、この布陣を敷いた、と。
……うーん……俺にはこれ以上はわからん。
あとで北乃宮に聞いてみよう。あのシティボーイなら俺より突っ込んだこと考えてるだろうからな。
何人か「質問が……」とかなんとか声が上がったが、必要なことは告げたとばかりに北乃宮・父はお付きの千さんと一緒に消えてしまった――隔離空間へ行ったのだろう。
「色々考えることはあると思うけれど、今はこれからのことに集中して」
警察参加の代表らしき彩京さんが、いささか不満げな魔女たちをなだめる。
「今この状況でも面倒なことになっているのに、これ以上大人の面倒事に巻き込みたくないっていう気持ちもあるのよ。だから多くは説明できないし、あえてしていないの。
それでもまだ納得いかないなら、この件が済んだら個人的に私を訪ねてきて。
頭が痛くなるほど説明してあげるから」
なんだか彩京さんの笑顔が異様な迫力を放っている。
まるで「こんな面倒事に自分から首を突っ込みたいなんて何考えてるの? なんなら私と変わってよ」とでも言い出しそうだ。
なんつーか、日頃のストレスが見え隠れしている感じの……いや、俺の考え過ぎかもしれないが。
だが異様な雰囲気の彩京さんに押されたのか、不満を抱いた魔女は口をつぐんだ。とりあえず話はこれで終わったようだ。
「では各自、好きなように散ってください。怖い人や不安がある人は、私や警察チームの傍に来て。騎士はできるだけ密集しないように」
そんなアバウトな指示を飛ばされ、俺たちは適当に離れていく。……新名先輩と綾部先輩は光の速さでかっさらわれていった。……恐ろしい。
――で、適当に歩き出して公園に入った俺の傍には、乱刃と日々野先輩と蛇ノ目がいた。
「ひんやりしてていいな」
そう。乱刃の言う通りだ。
昼の調査ではあえて言わなかったことだが、夏場に日々野先輩はとても過ごしやすいのだ。気温的な意味で。
たとえ夜でも真夏だからな。日中に比べれば随分マシだが、ちょっと動くだけで汗ばむのだ。
こんな時、ひんやりしている日々野先輩がいると助かる。温度的な意味で。
「よく言われるわ。私も魔力を押さえ込まなくていいから,、意外と夏は楽なのよね。冬場は疎まれるけど」
まあ、冬場はなぁ……寒いからな。
「それより蛇ノ目さん、もう『放った』の?」
「ああ、そうですね。そろそろいいですね」
と、蛇ノ目は地面……いや、綺麗に揃えられた芝生を掴み、ブチブチと引きちぎった。
「「あっ」」
それを――蛇ノ目の得意とする魔法を知らない、俺と乱刃の驚く声が重なった。
「そういえば言ってなかったね。うちは昔から蛇の目……『蛇眼』の家系なの」
俺たちに見せるように手を差し出し、引きちぎった草だったものを見せる。
指、手のひら、手首まで、そこには草の代わりに全長20センチほどの細長い緑の蛇が数十匹ほど絡みつき、ぬるぬるとうごめいていた。
変化系と仮初の命を吹き込む混合魔法。
こういう『一時的に物質を生命に変える魔法』ってのは相当難しいと聞いたことがある。一体でも難しいのに、こんなにもまとめて変化させられるとは……やはり遺伝系の魔法特性って特殊だよな。
そして、薄暗い中で俺たちを見る蛇ノ目の瞳も、少しばかりいつもと違って魔力を帯びているように見える。
それこそ蛇の目のようだ。
よくは見えないけど。
「すごいな」
俺は素直にそう思った。たぶんこんな芸当、婆ちゃんでも無理だ。
「この色は毒がありそうだな……」
乱刃は俺と違う視点で語っているのは間違いない。……こいつ、物事を食えるか食えないか基準で考えてないか?
「毒はないよ。というか、蛇を自由に操れるわけじゃないからね。ある程度の指向性と習性は与えられるけど、攻撃用ではないから」
などと言っている間に、緑の蛇は蛇ノ目の手から離れ、公園に拡散していった。
「これで私は、蛇の目を通してこの公園の全域で起こることを認識できるようになった。あんまり魔力がないから、できることをしないとね」
苦笑する蛇ノ目だが、そもそも簡単な魔法さえ使えない俺には羨ましくもあるわけで。
それにしても男前だなぁ……
北乃宮・父が言っていた「五分後」はすぐにやってきた。
そして予想通り、異変もすぐに起こった。




