157.貴椿千歳、思ったより騒ぎになっていたことを知る(女子編)
「気づいているとは思うけれど、貴椿くんと話すことがあるわ」
でしょうねぇ……だから今一緒に調査しているんでしょうね。
「先日の騎士道検定のこと、申し訳なかった」
でしょうねぇ。そのことですよね。
「言い訳するつもりはない。ただ、やった理由がないの。単純に引き際が見極められなかっただけで、他意はないわ」
あるよね、「ここでやめとけばよかった」ってタイミングを逃すこと。
俺は魚釣りでよく経験したよ。
あの時焦らず力まずリールを巻かなければ大物が釣れたのに、って。糸が切れなかったのにって。あ、久しぶりに釣りしたいな。島に帰ったら行こう。
「検定については気にしなくていいですよ。本当に」
むしろ俺は、こうして気を遣われる理由の方がわからない。
あそこまで実戦形式に近づけておいて、魔女の力量だのなんだのに理不尽や不満を感じる方がおかしい。
元々そうなんだから。
元々理不尽な力関係なんだから、それを前提にし認めた上で、鍛えその差を埋めるのが騎士の力。そしてそれを計るのが検定である。
検定だからと「できるだけ魔女と騎士見習いの差を埋めておく」というやり方が間違っている……いや、そこまでは求めてないか。さすがに。
実戦はもっと理不尽だ。
出会う魔女のレベルは無制限だし、相手が使う魔法にも制限は付かない。
実戦形式の試験だと言うなら、その辺もシビアにしないとまずいと思うんだけどな。
だって検定にパスしたら、プロになるってことだから。生半可な実力じゃプロ騎士としてやっていけないだろう。
それどころか、腕の未熟さは命にも関わってくる。
それが騎士と魔女の戦いだからな。
「気にするわよ」
しかし日々野先輩は首を横に振る。
「だって貴椿くん、実力的に判定Dは貰えていたはずなのよ」
えーと……検定試験の結果のことだな。
年齢制限ありの、いわゆる未成年の部の騎士検定の結果は、最初に受けた認定ランクから何度も受けて結果を出すごとに上がり、Aに近くなっていくそうだ。
何が基準で評価されているかは公表されておらず、好成績を残しても判定ランクが上がらないこともしばしばあるようだ。
今回の最優秀賞を経て、北乃宮がこの度めでたく判定Bを貰ったそうだ。
俺は……なんの通達もないから、計測不能――つまり判定ランクなし、かな。そういうのもあるらしい。そして最低がFだ。
「鍛えてくれた北乃宮には申し訳ない結果ですけど、仕方ないです。俺の判断ミスでしくじっただけですから」
あと麒麟先輩もな。せっかく鍛えてくれたのに判定ランクなしはないよなぁ。
でも仕方ないだろう。
あの時はあれが最善だと思ったから日々野先輩とやりあった。そして負けた。それだけのことだ。
……あ、ちょっと待てよ。
「日々野先輩、俺って判定Dだったんですか?」
「そうらしいわ。あの試験の後、上にいるお偉いさんに怒られてね。それも直接」
え、直で?
「そんなに大問題だったんですか?」
「ええ。元々レベル7の私が、率先して参加していい試験じゃなかったのよ。実力差がありすぎるから」
まあ、だろうな。
ノールールであればプロの騎士であっても、魔女がレベル3、4、5でツライと言われるのに、レベル7ともなればな……いろんな規制が付いても見習い騎士には荷が重すぎる。
「でも、『こんな圧倒的な力を持つ魔女もいる』という喧伝をするために指名されたのよ。率直に言うと『力を見せつけるだけで見習い騎士の相手はあまりするな』と言われたわけ」
喧伝……ああ、なるほどな。
巨大なビルを氷漬けにする、なんてことをやったのも、その要望があったからか。
力を見せつけろ、か。
確かに見せつけられたわけだ。力の差を。あの氷漬けのビルとかすごかったもんな……少なくとも俺は力の差を感じた。というか感じざるを得ない。
「で、私の分はそれで終わったんだけどね」
ん? まだ続きが?
「他にも問題が浮上したのよね。
短時間だけど、私や魔女を単独で押さえ込んだ騎士見習いがいたこと。
その騎士見習いの戦績は、悪くはないけど判定ランクは上げられない結果だったこと。
それで議論が真っ二つよ。
『抗魔法』の実力を見れば判定Dはあげていい、でも他の見習いと同じように公正に判断するなら判定Fに満たない。
ここから先はよく知らないけど、噂によると、プロの騎士や魔女にも判断を仰いだりしたらしいわ。
でも結局、判定ランクは得られない方向で決まったみたいね」
ふうん……
「あと、あの場にいた全員が問題になったみたいね」
「あの場にいた?」
「貴椿くんが庇った騎士見習いたちよ」
あ、あいつらか。
「彼らは、矢面に立って時間を稼いでくれた貴椿くんを『見捨てる』選択をした。貴椿くんは待っていたのに、彼らは撤退を選んだ。それは騎士としていかがなものかと議題に上がったそうよ」
それも間違っちゃいないと思うけどな。危なかったら逃げる、当たり前のことだ。
日々野先輩は深く深く溜息をついた。
「やっぱり私、やりすぎたわ。ごめんなさい」
……うーん。
俺は別にいいけど、あの場にいた騎士見習いには影響が出ているかもしれないな。
「色々大変なんですね」
「他人事みたいに言うのね……」
仕方ないだろう。俺にはどうすることもできないんだから。
それに何より、俺の選択じゃないんだから。
そんな話をしながら住宅街を周り、時折り空御門先輩から連絡が入る。
現在位置を伝えると「どこそこへ行ってくれ」と指示があり、俺たちは言われるまま先輩のナビで調査範囲を移動した。
しかし、夕方まで散々歩き回っても、問題の魔獣は発見できなかった。
「前情報がアバウトなのよね……」
どの程度まで近づかないと感知できないのか、どの程度の大きさの魔獣を探しているのか。
確かにその辺のことがもう少しわかっていれば、もう少しやりようがある気はする。日々野先輩の「瞬間移動」を駆使して通常ありえないような速度で見て回っているが、それでもそれっぽい気配は感じない。
空御門先輩のナビも、いかにも魔獣がいそうな場所を指定してくれるのだが、残念ながらいるのは毛玉くらいだ。
時間で言えば放課後もだいぶ回った頃、俺たちは学校に戻るようにと指示を受けた。
「本日はお疲れ様でした。夜間は警察機関が動くので安心して休んでください。しかし調査結果如何では明日も出動となります。以上」
校門前でそんな簡素な説明を受け解散となった。
誰かが回収したのだろう自分の鞄を持って、その場から帰宅する。
「なんだか街中が騒がしいな」
夕飯時、見た目にはさっぱりわからないが性別転換してしまった乱刃が、俺のからあげをじっと見詰めながらそんなことを漏らしたのが、なんとなく印象に残った。
……そういえばこいつらがいたな。
常人より魔女より感覚が鋭い奴らが。




