156.貴椿千歳、少しだけしくじる(女子編)
北乃宮・父との相談を終えて空き教室を出ると、そこにはもう生徒会と風紀委員の面々が集まっていた。総員ではない、五人ほどだ。あと少し離れたところに風間もいる。
生徒会副会長の日々野先輩と一年の蛇ノ目、風紀からは委員長代理の七重先輩と御鏡先輩と新名部長という面子だ。
なお、このメンバー唯一の男子である、総合騎士道部の部長でもある新名部長は、まだ学校を騒がせている性別転換の「呪い」を受けていないようだ。まあ魔女じゃないから、今日明日にも変化しそうだが。
「一刻を争う事態です」
女性と化している俺や北乃宮に注目が集まるも、誰かが何か言い出す前に空御門先輩が場を制した。
「風紀委員長代理、効率化を優先し命令系統を一本に絞ることを提案します」
「わかった。じゃあ指揮よろしく」
元々物臭な七重先輩だけに、渡りに船とばかりに提案を受け入れた――まあ誰からも異論が出ない辺り、実務的にもその方がいいのかもしれないが。
「まず招集の理由を。この度の性別転換現象は魔獣が悪さをしている可能性があり――」
空御門先輩は、「呪い」などのキーワードを伏せつつ上手に説明する。そんな先輩と俺を挟んだ脇で、北乃宮が風間と合流して何事か相談している。
先輩の説明は、今北乃宮・父から聞いた話を更に簡潔にしたものだ。改めて聞く必要はないだろう。
それより北乃宮の方が気になった。
「行くのか?」
まだ説明が済んでいないのに、北乃宮と風間は今すぐ行動を起こしそうだった。
広い範囲で捜索するみたいだから、無駄に密集して動くよりは二人一チームくらいの割り振りで手広く当たった方が効率も良さそうだ。
メンツ的に、俺は北乃宮たちとは別行動だろう。
特に、魔法が使えない俺や新名部長は、魔女と組まされるはずだ。
「そのつもりだ。俺たちは独自の調査をしながら別行動を取る。一チームくらいは定石以外から対応してもいいだろう。そこまでタイムロスもないだろうしな」
そうか。まあ北乃宮なら大丈夫なんだろう。父親あんなんだし。
「気をつけてな」
「ああ。何かあったらすぐ連絡する」
北乃宮たちを見送っていると、空御門先輩の説明も終わっていた。
「これより調査を開始します。私は生徒会室から指示を送るので、各々二人組で行動してください。組むメンバーは任せますが、できれば生徒会と風紀で組んでください。以上」
この場の解散を告げると、空御門先輩は身体ごとこちらを向いた。グラデーションがかった長い髪がさらさらと肩からこぼれた。
「貴椿君、個人的な質問があります」
ん?
「個人的、ですか?」
「はい。今日会った時からずっと気になっていました」
うなずく先輩はいつも通りの真顔で、とても真面目に見える。というか真面目にしか見えない。
故に、衝撃は大きかった。
「下着は女性用を? いったいどのような勝負下着でそんな短いスカートをお召しに?」
…………
一瞬何言われたかわからなくなったよ。
「先輩、勘弁してください」
「大事なことです。とても」
真顔で言うな。俺の下着がどう大事だというのか。田舎者はそういう真剣な顔とか信じやすいんだからやめろ。
「あ、やっぱり貴椿なのか? なんと変わり果てた姿に……」
数少ない男同士ということで、仲間意識を持たれていたのだろう新名部長が、なんとも複雑そうな顔をする。
ええわかりますよ。
事象自体もアレだし、生粋の女子じゃない上にシティボーイほど洗練されてもいないから、女としても微妙でしょうよ。いろんな意味で中途半端な存在でしょうよ。複雑な顔にもなるでしょうよ。
「それでパンツは?」
「しつこいです」
マジでやめてくれ。……つかこの人もそういうキャラなの?
「そうですか……ならいいです。変な気遣いをしてすみませんでした」
変な気遣い? 下着チェックなんて気遣いはいりません。
断固拒否した俺の態度に、特に気にした風もなく。
先輩は「では失礼します」と言い残して『瞬間移動』で消えた。……はあ、やれやれ。なんかすごく疲れた。
「――貴椿くん、私と行きましょう」
冷気とともに歩み寄ってきた白い人は……先日の検定でちょっと因縁があるようなないような、という感じになってしまった日々野先輩だった。
一年同士だし気楽でいいかなと、俺は蛇ノ目がよかったんだが……まあ仕方ないか。立場的に今ここで蛇ノ目がいいとか言いだしたら迷惑かけそうだ。
それに、日々野先輩とは話をした方がいいかもしれない。今後もしかしたら付き合いがある可能性もあるから、わだかまりがあるなら早めに解いておきたい。
あと、できれば、同じく色々因縁が生まれたかもしれない糸杉とは会いたくない。
「じゃあよろしくお願いします」
というわけで、俺は日々野先輩と行動を共にすることになった。
靴に履き替えて、外に出た。
それから日々野先輩の『瞬間移動』で、あまり見覚えのない……どこか寂しい街のどこかにやってきた。
閑静な住宅街って感じだな……
寂しいのは、人がまったく見えないからだ。
もしかしたら、俺には縁のない高級住宅街みたいなところなのかもしれない。よく見たらその辺の家の敷地とか大きいしな。
「貴椿くん」
キョロキョロしている俺に、「まずは」と日々野先輩は告げた。
「会長の名誉のために言っておくけれど、会長が貴椿くんの下着を気にしたのは、その『呪い』を解こうとしたからよ」
「えっ!?」
何それ!? ……あ、そうか!
俺がこの女体化を維持していたのは調査と様子見を兼ねていたからで、こうしてほぼ公式な調査が始まってしまった今では無用な維持だ。
調査が開始された時点から、この「呪い」は解いていいものになっていた。
空御門先輩が下着……つーかパンツを気にしたのは、パンツのモノによっては、あの場で男に戻したらまずそこになんらかの被害が出ると思ったからだ。
……あの人は「変な気遣い」と言っていたが、違う。
まったく変じゃない。
むしろ穿った見方をして間違った捉え方をしてしまった俺の気遣いの足りなさが原因だ。
素直に答えておけば、今頃は本来の自分に戻れていたのに……服なんて帰って着替えれば簡単に済む問題なのに……!
「ちなみに日々野先輩は……?」
「解けないわね。そもそも知識にはあったけど『呪い』の実物を見るのは初めてだから」
興味深い現象よね、と彼女はまじまじと俺を見る。
「――ま、次会った時にでも頼めばいいわ。会長がただのパンツ好きのヘンタイみたいに思われるのが癪だから私が言ったけど、根に持つ人じゃないから。
それより調査を開始しましょ」
小さなしくじりを冒したりつつ、俺たちはあてもなく移動する。




