155.貴椿千歳、調査隊メンバーに入れられる(女子編)
これからの簡単な打ち合わせをして、北乃宮・父と彩京さんは立ち上がった。
「では仕事に掛かろうか。彩京さん、話した通り時間との勝負になる。詳しくは後で説明するが、今日明日で解決できないと箝口令は適用できなくなるだろう。上にそう伝えて、使えそうな人員は即時惜しまず投入してくれ」
「わかりました、30分で準備を整えます」
まず彩京さんが慌ただしく『瞬間移動』で消えた。
「九王、空き教室を貸せ。そして生徒会のメンバーを集めろ」
「空き教室は、今隣に用意したわ。人手が必要なら風紀委員も動かせるわよ?」
「おまえが使えると思った者なら誰でも呼べ。いくらいても足りないくらいだ」
と、北乃宮・父は天下の高位魔女に向かって怯むことなく指示を飛ばすと、学園長室の出入口ドアへと向かう。
「匠、それと隣の君も付いてきなさい。場所を移して概要の説明と調査を開始する」
「わかりました。――行こう、貴椿」
どうやら俺の意志や意見なんて誰も聞いてくれないようだ。まあ、断る理由もないから構わないか。何より自分のためだしな。
さっきまではなかったはずの「隣のドア」を開け、隣の教室へやってきた。
作りや床だけは教室だが、備品は何もないし、なんの用途で使用されているのか何もわからない部屋だ。まるで突然の来客に急遽用意したような……というか、まあそういうことなんだろうとは思うが。空間をいじって急遽用意したのだろう。
ただ、机と椅子だけは用意してあった。ロの字に固めて、いかにも会議に使うような感じだ。
「適当に座ってくれ。時間が惜しいから早速始める――空見の孫よ、生徒会を含めた生徒の指揮は君に一任する。」
「承知しました」
俺たちについて来ていた生徒会長・空御門先輩が、気負い無さそうに頷く。……どうやら俺だけシティ派らしからぬ同様と緊張を漲らせているようだ。ちなみに七重先輩はきていない。
奥に座った北乃宮・父の向かいに並んで座り、本当に早速始まった。
「知った顔ばかりだが、一応自己紹介しておく。私は北乃宮岳生、北の封神を納める者の一人。そこにいる北乃宮匠の父親だ」
北乃宮岳生。
恐らく年齢は四十前後だと思うけど、はっきりしない。純和風の格好のせいで年嵩が増して見えるものの、強い精力と眼力が伴った面構えは三十前後にも見えた。若くも見えるし、でもこの貫禄で若いとも思えないが……とにかく威圧感がすごい。
黒々とした髪はやや長く、ひっつめて後頭部で結わえている。鋭い目付きはどんな些細なことでも見逃さないとばかりにギラギラしている。そこまで身体は大きくないが、それこそ余分な筋肉さえ削ぎ落としたような必要な筋肉のみで構成された肉体をしている、気がする。
印象だけ取れば、北乃宮とはまったく似ていない。息子の方はあまりギラついた精力的なタイプじゃないからな。やはりお母さん似なのだろう。
「私の後ろにいるのは、私の護衛兼付き人だ。名は千という。魔女だ。まああまり気にしなくていい」
さっき北乃宮・父と彩京さんの後ろにいた、ラフな格好の女性は千というそうだ。……そう言えば移動しているところも一緒に来た時も見ていない。本当にいつの間にかそこにいた。
特徴らしい特徴が、ない。歳も二十前後だと思うが、それより上とも下とも思える。中肉中背で、特徴のないショートカットの黒髪黒目。普通のスニーカー。
唯一気になったのは、革製のウエストポーチの存在だ。それでも違和感があるわけでもない。
なんだろう。本当によくわからない女性だ。北乃宮・父の印象と存在感が強いだけに、余計に希薄な存在に思える。
……強いて言うなら、風間にちょっと似てるかな。あの特徴のなさは。あと反応のなさも。
「今回は九王院カリナの要請で、問題を解決しにやって来た。君たちには私の手伝いをしてもらう、ということになる」
やっぱり俺たちの意見も拒否権も認めてくれないようだ。いや、本当にいいんだけどな。
「細かい説明は省く。要点は二つだ。
一、原因は魔獣である可能性が高い。それも『木のように成長するタイプ』が関与していることが予想される。
二、その原因である魔獣に近づけば近づくほど受ける影響が増すこと。よって近づくことは避けなさい。
以上の点から、君たちのやるべきことは一つ」
その原因の魔獣がどこにいるかを特定せよ、ってことか。で、見つけたら北乃宮・父が退治してくれると。捜索から入るなら、確かに人手は多い方が有効だろう。
「質問があります」
空御門先輩が口を開く。
「特定方法と探索範囲は?」
魔獣狩りと言えば、頼もしい探知機もあるからな。使えれば便利だろうが……たぶん無理だろうな。
「特定方法はない。今のところは『近づいて感じる』のが唯一の手段だ。というのも『呪い』が微弱すぎて発信源がわからないのだ。今君の隣に異変を身に受けた者がいるが、何か感じるか? それが答えだ」
ちなみに空御門先輩は、真ん中の北乃宮を挟んで俺の二つ隣にいる。
「ここまでの話でわかると思うが、探索範囲も広い。強いて特定するなら、問題の魔獣から半径1キロから2キロだと推測される。
なお、先に触れた通り『気のように成長するタイプ』だ。時間が経つにつれ拡散される『呪い』の有効範囲は広がっていくものだと思ってくれ。
まあ、成長すればそれだけ魔獣の力が増す。よって場所は特定しやすくはなる。最悪のケースだけは防げるのは不幸中の幸いだな」
そうか。見つからなくて最終的には放置、というケースには陥らないと。そういうことか。
「だがそうなれば……今日明日中に解決しなければ、『呪い』という存在が公表される恐れがある。
魔女とそれ以外の人の差が顕著で、まだ相互理解の追いついていない時期だ。魔女法の今後もあるし、国としては魔女の評判が確実に落ちる『呪い』という存在を世間に知られるのは避けたいようだ。だから警察も協力する方針を固めている。
先ほど匠は触れなかったが、この学校外でも被害者は発生している。大方、学校内のみに調査対象を絞っていたのだろう?」
「悪戯に調査範囲を広げていい案件ではありませんでしたから。あくまでも俺が現時点でできる範囲のことをしていたまでです」
「フン。……まあ前調査としては悪くない判断だ。毒にも薬にもならんがな」
「それは結果論です。俺は事件の本質を知らなかった」
「口だけは達者だな」
楽しそう……かどうかはわからんが、どこかピリついた親子の会話を聞き流しつつ、俺は考える。
――性転換の原因は魔獣だが、それが『一部の魔女にもできること』ということは知られたくないって話である。
確かに、このまま被害者が増え続けたら、どこからどんな噂が飛び出すかわかったものじゃない。
更に言うなら、この混乱に乗じて魔女派や反魔女派がイタズラに首を突っ込んできたら、もっと大変な騒ぎになるだろう。政治のことはよくわからない俺でも、それくらいはわかるぞ。
「では、我々がやることは、とにかくこの街を歩き回ることでいいんですね?」
「それでいい。怪しい場所、妙な力を感じる場所を見つけたら、絶対に近寄らずに私に知らせるように。無駄足を踏ませても構わん。どんな些細な違和感でも報告してくれ」
――こうして、とにかく俺たちがやるべきことの通達は行われた。
「あ、こんな機会にアレですが、初めまして。匠君のクラスメイトの貴椿と言います。匠君には都会のあれやこれやを教えてもらって、すごくお世話になっています」
北乃宮・父から携帯番号の書かれた名刺を貰い、「さあ行け」とばかりに解散を告げられた直後。
俺はようやく、友達の親に挨拶することができた。
……空気読めてるよな? さすがにこのまま、何も言わずに解散しちゃまずいよな。
「知っている」
北乃宮・父は、威圧感たっぷりに答えた。
「あの桜好子蒼の孫で、先日の騎士道検定では異例の活躍を見せた、息子の友人。……君は今、君が思う以上にこの界隈では有名だ」
う、うん、やっぱ婆ちゃんのことは知ってたか。検定のことだけはよくわからないが、とにかく知られていたようだ。
そりゃ値踏みするように見たりもするかもな。
父親として、大切な跡取り息子の友達として相応しいか見定めたいだろ。北乃宮の家ってすごそうだし。弁当はすでにすごいし。伊勢海老だし。
「あの女の身内ということが非常に引っかかるが……そこは君に言っても仕方ないか」
北乃宮・父は手を組み、厳しい顔を少しだけ緩めた。
「まあ、仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
多少顔が緩んでも、まだ威圧感すごいな。やっぱ北乃宮家はすごい家なのかもしれない。
「もういいだろ。行くぞ、貴椿」
こうして俺たちは探索に走り出した。




